負社員

葵むらさき

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第41話 嗚呼この状況で社用携帯で発信する事は赦されるのでしょうか神様

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「スサノオっすか」結城が天津を見た後、岩天井を振り仰ぐ。
「塞ぐだと」時中が岩壁を左右に見回す。
「できるのでしょうか」本原が首を傾げ疑う。
 その直後、暗闇が訪れた。
「うわっ」結城が叫び、
「塞いだのか」時中が呟き、
「できましたね」本原が溜息混じりに囁いた。
 は、と天津が溜息をつき「何のつもりだ」と苦言を呈する。
 スサノオは答えない。
「くっそー、もう一回やろう」結城は先ほど突き刺したローターを岩壁から引き抜いた。
「できるのか」時中が闇に慣れた目で先ほど穿った穴を見る。
「念のために叩いてみましょうか」本原がハンマーを持ち上げる。

 こつこつこつこつこつ

 先ほど異質の音を放った部位は、普通に叩かれる音しか発してこなかった。
「岩の目を他に移したんですね」天津がふう、と溜息をつく。「性質の悪い」
「なんで奴はこんな事するんすかね」結城は口を尖らせて言った。「意味わかんねえ」
「まともな神経の持ち主ではないのだろうな」時中が考えを述べた後ちらりと結城を見た。
「嫌がらせでしょうか」本原は岩壁に向けてハンマーを構えたまま首だけ振り向いた。
「またイチから、目え探し直しっすか」結城は若干力の抜けた声で天津に確認した。
「そして見つけた端からまた塞がれるのか。冗談じゃないぞ」時中が怒りの声で続けた。
「永久に岩を叩き続けなければならないのでしょうか」本原が危惧する。
「いえ」天津は首を振った。「今度は最初から、結界を張っておきますので大丈夫です」
 新人三人は頷き、再び岩の目捜索の作業にとりかかった。

「野郎」伊勢は片手で頬杖を突きながら、低く唸った。「ほんと何のつもりだか」
「ほんと意味わかんないよね」大山が頭の後ろに手を組み呆れた顔で言う。
「結界の高さの設定は如何しますか」石上が確認する。「五メートルぐらいまでで宜しいですかね」
「ああ」鹿島が頷く。「あまり広げ過ぎて効力が弱まってもいけないしな」
「まあ、相手が“スサノオ”となると、慎重にいく必要がありますからね」大山は表情を引き締める。
「取り敢えず」伊勢が俯き溜息をつく。「何してきやがるかわからんて意味で、危険すからね」

「新日本の皆さん、上がって来ないですね」相葉専務が壁時計を見上げながら言う。
「――」磯田社長は頬杖を突き横目で同じく時計を見上げた。
 午後二時を回ったところだ。磯田建機の地上にいる社員たちは皆、とうに昼休憩を終えて午後の稼動に入っていた。
「特に連絡とかも、ないですね」城岡部長もスーツの胸ポケットから社用携帯を取り出し着信履歴を確認して言う。「事故、とかではないんでしょうけども」
「うん」相葉専務は窓の外――地下へ降りるエレベータの扉を見遣る。「特段異常がある様子でも、ないしねえ」
「連絡してみなさいよ」磯田社長がやっと口を開いた。「天津さんに」
「あ」城岡部長は、眸を揺らした。
 契約時、緊急の場合以外は、社から天津への連絡は控えて欲しいという、新日本地質調査からの要望があったのだ。それを破るほどの、事態といえるのか。
「もしかしたら、電話をする余裕もない程大変な目に遭ってるのかも知れないでしょ」
「あ」城岡部長は繰り返し、「は、はい」と携帯を握り締め立ち上がって事務所の外へ出た。
 階段を下りながら、そして下りてからも、本当にかけていいものかどうか城岡部長はまだ迷っていた。

「二時過ぎ、か」天津の方も気にしてはいた。「相葉さんたちが心配するはずだよな」彼には地上の契約先社員たちの様子も把握できているのだ。
「二時過ぎですね」時中が自分の腕時計を見る。「このまま作業を続けるべきなんですか」
「あーそういや昼飯食ってないよねえ」結城が胃の辺りを撫でる。「腹減ったなあ」
「上に上がるのですか」本原が訊く。「スサノオさまのことは置いておいて」
「――」天津は周囲を見回し「そうですね。上がりましょう」と指示した。

 ごごごごぅ

 腸がせり上がるような不快な響きが、どこからか小さく聞こえてきた。それはすぐに音量を増した。

 ごごごごご

「何だ何だ」結城が叫ぶ。
「また何か来るのか」時中が戦慄する。
「怖い」本原が自分の肩を抱く。
「大丈夫です」天津が本原を庇うように両腕を広げその目の前に立つ。「我々が護ります」
 音の正体は、すぐに視界に入ってきた。岩だ。
 高さが何メートルあるのか――少なくとも十メートルは下らないと見える。三人が、これまで一度も見たことのない程巨大な一枚岩が、洞窟の奥の方から迫り来ていた。転がるのではない。その岩は、洞窟の奥の方から、地を滑ってこちらへ向かって来るのだ。
「おわあっ」結城がフルボリュームで叫ぶ声さえもいまや岩の地滑り音にかき消された。
「岩か」時中は幻想ではないのか確かめるように眉をしかめ眼を細めた。
「怖い」本原は目の前の天津のシャツを両手で強く掴んだ。
「皆さん、そのまま動かないで」天津は落ち着いた声で告げた。「結界の中にいれば問題はありません」
「まじっすか」結城は迫り来る岩と天津を交互に見た。「でもあの岩、この通路幅めいっぱい塞いでますけど」
「信用していいんですか」時中は眉をしかめたまま岩だけを凝視していた。「あなた方の神力というのを」
「神さま」本原は天津のシャツを掴んだままその背だけを見ていた。「これは労災保険の対象になるのですか」
「は」天津は一瞬肯定しそうになったがすぐに「いや、我々が護りますからそもそも災害にはならないですよ、大丈夫」と言い直した。
「スサノオバーサス神か」結城は結界の中で特撮ヒーローの真似事のように両手を手刀に立てて構えた。「来いっ、スサノオ! 返り討ちにしてやる!」
「――」時中は眉をしかめたまま首を横に振った。
「スサノオさまも神さまなのではないでしょうか」本原は天津の背後から片目だけを覗かせて質問した。

 ごごごご

 怒号のような大音響とともに岩は三人の眼前数メートルの所まで迫ると、突如夢幻のように姿を消した。
「あらっ」結城が叫び、
「消えた」時中が呟き、
「どこに行ってしまったのですか」本原が訊く。
「――」天津は答えず、怪訝な表情で辺りを見回した。「これは」

「消えた?」大山が怪訝な表情で訊く。
「どこ行った?」鹿島が怪訝な表情で訊く。
「何処へ」石上が怪訝な表情で訊く。
「上す」伊勢が叫ぶ。「城岡部長を護るす」

 城岡部長はいまだ社用携帯を持ったままエレベータのドア前を行ったり来たりしていた。かけるべきか、このまま待つべきか、逡巡していたのだ。

 ごつん

 その足の裏に突然、下から何かがぶつかった。
「え」下を見下ろす。
 何もない。両足を持ち上げて靴の裏を見てみるが、何ら異常は確認できなかった。
「ん?」もう一度、肩幅に開いた両足の間の地面を見下ろす。

 ぴしっ

 その、コンクリート貼りの大地に黒い亀裂が走った。声を挙げる暇もなく、亀裂は一瞬の内に数メートル先まで走ったかと思うと激しい振動が城岡部長の足下に起き、彼は尻餅を突いた。
「わあっ」叫んだ時には彼の座り込んだ大地が盛り上がり、コンクリートは裂けその下の土が溢れ出して来た。
 ――地震、じゃない!?
 城岡部長の頭脳は不思議なほど冷静にそんな事を思った。地震の揺れ方とは違う。異質だ。何かが、地下からせり上がって来たのだ。
 ――まさか新日本の人たち、これに――
 そう思った直後、城岡部長はせり上がって来た土に乗せられたままエレベータホールの天井が猛烈な勢いで眼前に迫るのを目の当りにした。
「わあ――ッ」
 激突死。その言葉が最後に頭の中を走り、そして城岡部長の意識は切れた。
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