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 ばさばさばさ

 とつぜん、鳥の翼のはばたく音が聞こえ、私たちはそちらを見た。
 すると。
「まあ」最初に声をあげたのは、祖母だった。「なんて美しいの」
 私たちが見たのは、一羽の鳥――小柄な、ふくろうだった。
 けれどそれは今まで見たこともない、色合いをしていた。
 頭から尾にかけて、緑から黄色、そして金色とグラデーションのように変わってゆき、翼と嘴もベージュがかった金色、そして目が赤かった。
 そのふくろうは屋根の上に降り立ってすぐ、人の形に変わった。
 でもそれが誰なのか、ばさばさいう音を聞いた瞬間からわかっていた。
「ふうー、やっと出てこれた」ユエホワが大きく息をついて言う。
「まあ、ユエホワ」祖母はこの上もなくしあわせそうに微笑み首をふる。「本当に、なんて美しいのあなたは」
「へえー」母も興味のある顔で言った。「本当の姿があれなのね。たしかに、きれいだわ。でも人間に見つかったらきっと捕まっちゃうわね」
「うん」ユエホワは苦笑した。「今も親父さんにつかまってた」
「まあ」祖母と母もいっしょに苦笑した。「ごめんなさい」
 私は、とくになにも言わずにいた。
 まあたしかに、色合い的にいえばきれいっちゃきれいだけど。
 別に、感動したりほめちぎったりするほどのことでもないし。
「で、何の話してたの?」ムートゥー類は子どものようにきょろきょろと皆の顔を見わたしてきいた。「平和に話し合うべきとかってちょっと聞こえたけど」
「この地母神界がどうして生まれたのか、いきさつを聞いてたところなのよ」母が説明する。「うちの母がクドゥールグを倒したおかげで、鬼魔界にクーデターの動きが出はじめたとかって」うふふ、となぜかおもしろそうに笑う。
「ああ……」ユエホワは逆に、なぜか悪いことをしたのがばれたときのように肩をすくめ、気まずそうにごまかし笑いをした。「あとさき考えないやつが多いから」
「それでアポピス類はあなたをさらっていこうとしたのね、ユエホワ」祖母が眉をひそめて言う。「鬼魔王に対抗する勢力となるために」
「うん」ユエホワはため息をつき「たく、自分勝手なやつらだよなあ」ぶつぶつ文句を言った。
「でもユエホワだってさ」私は前に一度だけ(そして二度目はぜったいにない)行った鬼魔界で見た光景を頭の片すみで思い出しながらいった。「別に鬼魔界の王様を尊敬してるとか、心からしたがってるとかいうわけじゃないんでしょ?」
「なにいってんだよそんなことねえよ」ユエホワはルーロのように早口で私の言葉をヒテイした。「俺は陛下を尊敬してちゃんとまじめに仕えてるよ」
「えー」私は眉をしかめた。「うそばっかり」
「本当だって。クーデターなんてさらさら起こす気ないし」
「平和主義なのね」母が言う。
「保守主義なのか」ギュンテが言う。
「いや、日和見主義だろ」フュロワが言う。
 ふふふふ、と風のような音がした。
 私たち全員がその方を見ると、なんとラギリスが、とても楽しそうに笑っていたのだ。
 私たちは一瞬びっくりしたあまり言葉をうしなったけれど、ラギリスはまたふふふふ、と笑って、そのあと「…………」と言った。
「え?」私と母と祖母とユエホワが首を前につき出した。
「ユエホワには感謝してるって」フュロワが伝えてくれたあと「えっ、なんで?」とびっくりしてラギリスにきいた。
「俺がきくとこだろそこ」ユエホワが口をとがらせる。
「…………」ラギリスは説明した。フュロワが伝えてくれたところによると「目の赤くないアポピス類の子たちと仲良くしてくれているから」だそうだ。
「まあ、すばらしいわ」祖母はまたしても感動に首をふる。「ユエホワは誰とでも仲良くできるのね」
「いやあ、あはは」緑髪は照れたように笑う。
 そうだろうか。
 私の顔はたぶん、すごくうたがい深い表情をうかべていたと思う。
 ぜったい、なにか情報を引き出すとか、利用するとか、そういう目的でくりくりくっついているだけだと思う。
 でも私はだまっていた。
 そう。
 怒られるもん。
 ふんだ。
「…………」ラギリスはさらになにか言い、フュロワが伝えてくれたところによると「なのでこれからも、なにもアポピス類とともに地母神界で暮らしてくれとはいわないから、どうか地母神界と鬼魔界の間で平和と友好確立の手助けをしてほしい」のだそうだ。
「ああ……まあ」ユエホワは慎重に考えながら答えた。「俺は鬼魔界の者だから、鬼魔界の平和を保つってことで、そりゃまあ、手伝いはするよ」
 ふふふふ、とラギリスがまた声もなく笑い、そしてなんと、すい、と前に出てユエホワの金色の爪の手を両手でにぎった。
「すばらしいわ」祖母はまたそう言った。「私たちが、この平和条約締結の証人というわけね」
「ちょっと大げさじゃない?」母が笑う。
「俺らもたしかに聞きとどけたからな」ギュンテが目を細める。「裏切ったりしたらどうなるかは覚悟しとけよ」
「しねえよ人聞きの悪い」ユエホワは気まずそうな顔で言った。
「お」フュロワが足もとを見おろして言う。「裁きの祈祷も、終わったみたいだな。お疲れさんラギリス、コツはつかめたか」
 問いかけにラギリスはうなずき「…………」と答えた。
「そうそう、そんな感じ」フュロワもうなずいたけれど、どういったコツなのかはまったくわからなかった。まあ人間には聞いてもわからないことだろう。

 そうして私たち菜園界の人間は、帰ることになった。
 魔法大生の三人は、卒業までの間はアルバイトのような感じで地母神界の聖堂にときどきやってきては裁きの祈祷の練習をするらしい。
 妖精たちは、地母神界の中で暮らしていくものと、私たちといっしょに菜園界へ戻るものとに分かれていた。
 神さまは、菜園界と地母神界の間を行き来しやすくするために特別なトンネルのような道をつくって下さり、当分の間はそこを通るときには神さまが見守っていてくれるらしい。もういないと思うけど、万一悪さをしようとたくらむ者がその道を通ったらすぐにつかまって裁きの陣へ送られてしまうわけだ。
 それを聞いたとき私はわざと、ちらりとユエホワを見てやった。
 ユエホワはすぐに気づいたけどなにも言わずにそっぽを向いた。

     ◇◆◇

 菜園界はすっかり夜になっていた。
 世界壁を抜けて最初に感じたことは「ああ、にぎやかだなあ」というものだった。
 でも夜なんだから、考えてみればどちらかというと静かだと思うほうがふつうだと思うのだけれど……それだけ、今までいた地母神界がものすごく静かだったってことだ。
 夜の菜園界には、風の音のほか小さな虫の鳴く音や、木々の葉っぱがゆれる音、こすれる音、あとそこかしこの家の中から聞こえる話し声やなにかをかたづけている音、ドアのしまる音、お祈りの文句、歌――数えきれないぐらいいろんな音があふれている。
 ほっと、私は息をついた。
「安心するわね」母がそんな私を見て笑いながらいう。「早く家に帰りたいわ」
「うん」私も笑いながら答える。
「んじゃ、俺はこれで」ユエホワがかるく片手をあげて飛び立とうとした。
 が。
「ユエホワ」なんと父が呼びとめながら、緑髪鬼魔の足に抱きついてとめたのだ。「君、お願いだからどうかぜひ、今夜うちに泊まっていってくれたまえ」
「ええっ」ユエホワは度肝を抜かれたように裏声でさけびおののいた。「なんでだよ」
「君のあの、言葉につくしがたいほど美しい本来の姿をぜひ、スケッチさせてほしいんだ。たのむよ」
「いや、俺今日は鬼魔界に戻りたいから」
「そこをなんとか。それに今日はもう遅いし、疲れているだろう。うちでひと晩ゆっくり休んで明日の朝早くにたつといい。ねえぜひそうしたまえ、ユエホワ」
「いー」ムートゥー類は困ったような顔をした。
「そうね、それに森から聖堂へつれていく途中で、何人かの反乱分子のアポピス類が逃げだしたようだから」母がまじめな顔で言う。「このまま行くのは、危ないかもしれないわ」
「え」ユエホワは驚いた顔をして母を見た。
「うん、そうだね。そうしたほうがいいよ、うん」その間に父はぐいっと彼を地上にひっぱりおろしていた。
「そうね、ぜひそうなさいな」祖母までがすすめる。
「――わかった、けど」ユエホワはうつむく。「スケッチっていっても俺、眠りこけちゃうと思うけど」
「もちろんそれでかまわないとも」父がうれしそうににっこりとする。「君はぐっすり眠っていてくれたまえ。ぼくはひと晩かけて、あらゆる角度から君を写生させてもらうから」
「――」ユエホワはことばもなかった。
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