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「地母神界、というのだそうよ」祖母は、肩越しに私たちをふり向いて話した。「アポピス類たちがつくろうとしているのは、国ではなく、菜園界や泡粒界、それに鬼魔界とならぶ、世界そのものだと」

「ええっ」

「世界?」

「なんといいますことでございましょう」

「すげえな」私たちはびっくりして叫んだ。

「そう、そしてその世界に、ユエホワを連れて行きたいと、そういっていたわ」

「俺を――」ユエホワが眉をひそめてつぶやいた。

「ええ」祖母はうなずいた。「同じ赤き目を持つ者として、と」

 全員が、黙った。

 私はそっと、アポピス類の魔法大生の三人の方を見た。

 三人とも、足元を見おろしてこおりついたようにたちすくんでいた。

 

 翌朝、私と鬼魔たちは祖母に別れをつげて丸太の家を出た。

 今日、学校は休みだ。天気もいい。

 アポピス類の三人は、いっしょにすんでいるこの町での彼らの家に帰るといい、ユエホワはどうするか、歩きながら考えるといった。

 私は祖母から、よくよくユエホワを守るように、と言いつけられて、家に帰ることにしたのだった。

 キャビッチ畑の近くを通り過ぎるとき、皆は言葉もなく顔を横にむけて畑のようすを見ながら歩いた。

 畑はとくに変わりなく、朝の太陽の光をあびて、キャビッチもほかの野菜もおだやかにそこに存在していた。

「ふしぎな感じだな」最初に言葉を口にしたのは、ケイマンだった。「信じられないような……夢を見てたような感じだ」

「さいでございますね、本当に」サイリュウも歩きながらうなずく。「月夜の光が見せた、幻の世界でございましたかのような」

「キャビッチを投げるスピードが尋常じゃねえ」ユエホワが歩きながらうつむき首をふる。「あんなの、太刀打ちできるはずがない」

「ああ。あんなスロー今まで見たこともないし話に聞いたこともない」ルーロも早口で呟いた。

 私はだまって歩いていたけれど、頭の中ではゆうべの、夢でも幻でもない現実の祖母のキャビッチスローを思い出していた――とはいっても。

 あれは、キャビッチスロー、だったのだろうか?

 だって祖母は、キャビッチそのものには指一本触れることもなかったのだ。

 最初の一撃めだけは、直接持っていたものを投げたようだけど、私はそれを見ていなかった。

 それを見ていたのはユエホワだけだ。

 でも、そのユエホワも「見えなかった」と言っていた。

 そのスローは、私に教えるときとはまったく違うやり方のものなんだ。

 まあそれはそうだろう。

 見えなかったら、投げ方を教えてることにならないもんね。

 今まで私が見ていた祖母のキャビッチスローは、いったい祖母の本当の力の何分の一――いや、何十分の一、もしかしたら何百分の一、なんだろうか。

「それもだけど……『地母神界』てのがさ」ケイマンは歩きながら腕組みをした。「なんなんだよ」

「アポピス類だけが棲む世界、ってことなのか」ルーロが眉をひそめる。「いったいどうやってつくったんだ、そんな世界」

「さいでございますね」サイリュウもうなずく。「国、ではなく世界、でございますですからね」

「俺思うんだけど」ユエホワが、考えながら歩き、その考えを口にした。「一から世界をつくるなんて無理だよ絶対。だから、もしかしたら他の、今すでに存在してる世界のどこかに、やつら一族ですみついてるとかじゃないのかな」

「シンリャクってやつ?」私は歩きながらユエホワにきいた。

「その可能性もあるし、もしかしたらだれもすんでない、無人の世界を見つけたのかも知れないしな」ユエホワは引きつづき考えながら歩き、その考えを答えた。

「無人の世界なんてあるの?」私は歩きながら目をまるくした。

「どこかにはあるらしいって話は、きいたことあるぞ」ユエホワはあいかわらず考えながら歩き、答えた。

「さいでございますね」サイリュウが歩きながらうなずく。「たしかにきいたことはこざいますです」

「なるほど、だれもすんでない世界なら、地母神界とか好きな名前つけたってかまわないだろうからな」ケイマンも歩きながらうなずく。

「子供がおもちゃ見つけたようなもんだよな」ルーロがせせら笑いながら毒づく。

「妖精たちも、いっしょに行ってるのかな、その世界に」私はつぶやいた。

 他の皆は少しの間だまってしまったが、やがてユエホワが「そうだろうな」と答えた。「地母神界で、やつらに“飼われて”るんだろう」

「助けに、いくの?」私はきいた。

 だれも、答えなかった。

 私も、答えられなかった。

 助けにいくって、誰が?

 ユエホワが?

 魔法大生が?

 祖母が?

 ハピアンフェルが?

 それとも――いや。……。……。……。

「お前が?」ユエホワがきき返した。

 私は、答えなかった。

「おお」

「さすがでございますです」

「勇敢なヒーローだ」アポピス類たちがはやしたてた。

 私は、いっさい何もいわなかった。

 さっさと帰ろう。

 きっと母も父も、祖母からのツィックル便を受け取って私の帰りを待っているだろう。

 こんなところでもたもたしている場合じゃない。

 私は歩く足をはやめた。

「けどそうなると、こっちも軍勢をととのえて攻め込む必要があるよな」性悪鬼魔の声がななめうしろから聞こえてきたけど、私はふりむかなかった。

「そうだよな」

「でございますけれども、どなたにお願いをいたせばよろしいのでしょうか」

「あの呪いの祭司にでも頼むか」

「呪いの祭司? って、ルドルフ祭司さまのこと?」私は思わず足を止めてふりむいた。

 四人の鬼魔たちは、横一列にならんでいっせいにうなずき、にやりと笑った。
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