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「ツィックル」瞬時に私がさけんだのは、そのことばだった。

 さけびながら窓枠に足をのせ、外へ飛び出す。

 はっ、と、息をのむ声がした。

 だれの姿も見えないけれどたぶん、その見えない人(かどうかわからないけど)が、息をのんだのだろう。

 でも私はこれっぽっちも不安になったり怖くなったりしていなかった。

 なぜなら、私のツィックル箒がちゃんと“目ざめ”て、私が窓から落ちるその下にまですばやく飛んできてくれて、私をじょうずに受け止めてくれるとわかっていたからだ。

 そしてもちろん、その通りになった。

「キャビッチ」私はつぎにそうさけんだ。

 箒はぐるっとカーブして、母が世話をしているうちのキャビッチ畑の方へ飛んだ。

 速度を落とすことなく飛びながら、私は腕を下に向けのばして畑の土の上からキャビッチを四個ほどひろい上げた。

「上へ」さけぶ。

 箒はぐんっと上昇する。

 止まっちゃだめだ、と私は思っていた。

 森でユエホワと父に、魔法が使えなくなったり体が動かなくなったりする魔力がかけられた時のことが、頭の中にあったからだ。

 あの魔力にねらいをつけられないよう、あちこち飛び回っていた方がいい。

 けれど見えない相手に、どうやって攻撃する?

 やはり、母がいったようにエアリイを使うか?

 いやその前にやっぱり、必死で会得したあれを、発動しておくべきだ。

「マハドゥーラファドゥークァスキルヌゥヤ」私は家のまわりをくるくると飛びまわりながら、手に持つキャビッチに向け呪文を唱えた。

 しゅるん、とキャビッチが消える。

 よし。

 次はエアリイだ。

 だけど相手はどこにいるんだろう?

 とりあえず、投げてみるか?

 だけど今手の中には三個しかキャビッチがない。

 むだ使いするわけには、いかない。

 じゃあ。

 私は、自分の部屋の窓の前で箒を止めた。

 さあ。

 どこにいる?

 なんか、かけてきてみろ。

 私は止まったまま、右や左に目を向けた。

「あっ、いた」屋根の上からとつぜんそんな声が聞こえてきた。

「え」私は上を見上げた。

「くそ、すばしっこいちび助だ」つづけて別の声も上から聞こえてきた。「ちょろちょろ飛び回りやがって」

 姿はあいかわらず見えない。

 けど、私は見えない相手たちに向かって(つまり、屋根に向かって)どなった。

「ちび助ってなによ、失礼ね」

「ユエホワはどこだ」最初に聞いたのと同じ声が、私の正面から聞こえた。

「えっ」私はあわてて顔を正面にもどしたけれど、やっぱりなにも見えない。

 まずいな。

 敵が移動したのも、ぜんぜんわからない。

 これじゃ、キャビッチの“投げ技”では、たちうちできない。

 こういう時には鬼魔を召喚する“融合”とかが(たぶん)いいんだろうけど……私の融合陣はクローゼットの奥にしまってあるのだ、いつも投げることしか頭にないから。いまさら後悔しても遅いけど。

「効かないぞ」また声が聞こえた。「跳ね返される」

「なに」別の声が驚く。「報告通りだ」

「なぜこいつにだけ魔力が効かない」

 私の目の前で、見えない敵たちがあせりながら話し合う。

 マハドゥだ。

 やっぱり最初に唱えておいて、よかった。

 よし。

「エアリイ、セプト、ザウル」私は唱えた。

 ぱん、とキャビッチが小さな球に分かれる。と同時に、投げた。

 ぼこぼこぼこっといくつかの球が敵に当たる音がして、しかも当たった場所でキャビッチは消滅した。おかげで見えない敵が今どこにいるのかだいたいわかったのだ。

 私はすぐに次のキャビッチを持ち上げた。「エアリイ」叫ぶ。

 そのとき、私の頭の中に『同時がけ』という言葉が雷のようにひらめいた。

 マハドゥとリューイを同時がけできれば申し分ないわね。

 祖母が言った言葉だ。

 でもどうやるのか知らない。

 けど私は、とりあえず試そうと一瞬できめた。

「セプトザウリューイモーウィヒュージイ」できるだけ早口で唱える。

 ばん。

 大きな、なにかが爆発か破裂かするような音がして、その衝撃で私は箒に乗ったまま地面の方へはねとばされた。

「きゃあーっ」叫ぶ。が、ツィックル箒がすばやくくるりと上向きに体勢をなおしてくれる。「うわっ」私はもういちど、叫んだ。

 キャビッチがでっかくなって、しかもいっぱい、窓の外にうかんでいたのだ。

 投げなければ。

 でも。

 どうやって!?

「逃げろ」

「くそっ」

 敵どもの声はあっという間に遠く離れていった。

「ま、待てーっ」私は叫んで、とりあえずいちばん近くに浮かんでいる巨大化キャビッチ――たしかにユエホワの言ったとおり、直系一メートルぐらいにはなっている――を両手で押し出すように、肩に力を入れて投げつけた。

 それは当たらず、どこまでも飛んでゆき、はるか彼方でしゅるん、と消えた。

 敵にぶつからないから魔法のエネルギーがすべて飛行につかわれたのだ。

 私はつぎつぎに、浮かんでいる巨大化キャビッチたちを同じヨウリョウで投げたけれど、ぜんぶ同じようにはるか彼方まで飛ぶだけで消えてしまった。

 ぜんぶで、十一個あった。

 すべてを投げ終えたあと、私はぜいぜいと肩で息をしていた。

 でも敵にはぜんぜんダメージを与えられなかった。

 これって、超効率悪くないか?

 ぜいぜいと肩で息をしながら、汗をたらしながら、私は眉をしかめそう思った。

 

          ◇◆◇

 

「ポピー」私を呼ぶ声がした。「起きなさい」

 誰だろう……ママ? いや……なんか違う。

「起きなさーい」

 パパ? ……うーん。

「お、き、な、さいって」

 おばあちゃん? でもない……

「おい起きろ。朝だぞ」

 あ?

 私は目をあけた。

 長い緑色の髪が見えた。

「うえ?」びっくりしながらがばっと起きる。

 いつの間に鬼魔界に来てたんだっけ?

 最初にそんなとんちんかんなことを思ってしまったのは、辺りが薄暗くなっていたからだろう。そこは私の部屋で、窓の外は日が暮れていて、どういうわけかユエホワがそばに立っていた。

「朝じゃないじゃん」私は鬼魔に向かって言った。

「だって俺はうそっぱちしか言えませんから」ユエホワは両腕で顔と胸を守りながら返事した。「お前起こしてこいってお前の母ちゃんに言われたんだよ」

「ママに?」私の頭の中には大きないもむしがいて、のったりのったりと、私の脳みその上をとてもゆっくりはいずっていた。「なんで?」

「さらわれてきたんだよ俺」ユエホワは腕組みして眉をひそめた。「お前の母ちゃんと、父ちゃんに。今日はここで寝るしかねえ」

 私は五秒ぐらいじっとユエホワを見て、「ここに? あたしの部屋に?」ときいた。

「地下にきまってんだろ」ユエホワはうんざりした顔で肩をすくめた。「それともお前が地下で寝て、そのベッド俺に貸してくれるか?」

「いやよ」私ははっきりと目ざめてキョヒした。「えっ、おばあちゃんちに行かなかったの? ママとパパ、ユエホワのこと見つけられたの? あっそうだ、さっき見えないやつらがここに来たんだよ。ユエホワはどこだっていってたからきっとまたさらおうとしたんだと思う」目ざめたとたんいもむしは小鳥に変わり、言葉がつぎからつぎへと口から出た。

「待て待て待て」ユエホワが私の顔の前に手のひらをひろげる。「ちょっと待て。ここに来た? やつらが? それ本当か?」

「うん」私はうなずいた。

「で、お前」ユエホワはそう言って、サイドテーブルに目をやった。そこには、母の畑から取ってきたまま使わずに残ったキャビッチが一個、置いてある。「追い払ったのか」

「んー」私は、そう言っていいのかどうかちょっと迷ったが「うん」とうなずいた。

「まじか」ユエホワが真剣な顔で私を見る。「すげえな」

「でもやっつけられなかった」私は口をとがらせた。「姿が見えなくて」

「あー」ユエホワは少し上を見た。「それな、ちょっと俺に考えがあるから、下で話すよ。飯行こうぜ」頭を斜め下に向けて言う。

イラスト:うみきんぎょ https://skima.jp/profile?id=46148 @NgyoUmiki
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