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その日はいつものように、キャビッチについてや鬼魔について勉強をしたり、校庭に出てキャビッチ投げの練習をしたり、実験室で融合の試験をしたりして時間が過ぎていった。
投げ技練習の時間にはやはりまた、エアリイやマハドゥの修練が行われた。
みんなもう、だいぶその新しい技術に慣れてきていて、いつ妖精が襲ってきてもだいじょうぶだね、なんてことを話していた。
――まあ、本当のところは妖精が、じゃなくて、その妖精をあやつっているアポピス類が襲ってきても、ということなんだけど。
そういえば私は祖母の家を出る前に、父と祖母から
「アポピス類については、遭遇したこともふくめて、いまはまだ学校で話したりしないように」
と言いつけられたのだった。
「皆が不安になったり、パニックになったりしてはいけないから、大人に任せるように」
と。
私は理解し、うなずいた。
でもクラスの子たちが
「妖精って、かわいいイメージだったけど、ぜんぜんちがってたね」
「そうそう。こわいよね」
「妖精って、最低」
なんてことを話しているのを聞くと、つい「ちがうんだよ」と言ってしまいそうになった。
大人に任せるとはいうけれど、ちゃんと大人は、妖精が悪いんじゃないってこと、みんなにわかるようにしてくれるのかなあ……
ふと、そんな心配までしてしまうのだった。
「ポピー」放課後になって、帰る支度をしていたときに私はマーガレット校長先生に呼び止められた。「大変申し訳ないのだけれど、帰る前に少しだけ、お時間をいただけるかしら」
教室にいた生徒全員が、私とマーガレット校長先生を交互に見て、目をまるくしていた。
私ももちろん、心臓がどきどき高鳴りはじめるのを感じながら、でもあくまでレイセイに「はい」とうなずき、かばんを持って校長先生のあとについて行きはじめた。
「ポピー」ヨンベがうしろから呼ぶ。
私は振り向いて、にっこりと笑い「うん。だいじょうぶ」と答えた。
「うん」ヨンベも、心配そうな顔ではあったけれどうなずいてくれた。「また明日ね」
「また明日ね」他の子たちもつづけて言ってくれる。
「うん。また明日ね」私はみんなに手を振り、小走りでマーガレット校長先生について行った。
だいじょうぶだよ。
たぶん、私が知っていることを、話してくれとかなんとか言われるだけだ。
別に、いまから一人で鬼魔界へ行ってきなさいなんて言われるようなことは、ぜったいないから。
もし言われたとしたら、すぐに父と母と祖母に、ツィックル便を送ればいい。
いや。
そんなことは、ぜったいにないんだから。
私は小走りについて行きながら、首をふったりうなずいたり、我ながらいそがしかった。
マーガレット校長先生が入って行ったのは、職員室だった。
先生たちが全員と、先生以外の人――私の知らない大人たちがそこに集まっていた。
ぜんぶで、二十人ぐらいいたと思う。
私の心臓は、ますますどきどきと高鳴った。
ここで、話をしなきゃいけないんだろうか?
妖精について?
鬼魔について?
だけど、父も祖母も、話すなって言ってたし……
「知りません」で押し通せばいいのか?
「皆さん、お待たせしました」マーガレット校長先生は声を張り上げた。「こちらがポピーです。今回、妖精につきまとわれるという経験をした生徒、そして皆さんご存知のとおり、ガーベラの孫であり、フリージアの子です」
ああ、とかおお、とか声が上がり、みんな私に微笑みかけてくれた。
私も微笑み、ぺこりとおじぎをした。「こんにちは」
「ポピー、このたびは怖い思いをしたのですね」一人の女性が首を振りながら言った。
「姿の見えない妖精につきまとわれるとは、さぞや困惑したことでしょう」
「ええ、まったくとんでもないことです」
「こんなことは一刻も早くなくさせないと」
「本当に」
「恐ろしい」
大人たちはつづいて口々に言いはじめた。
私は言葉をはさまずに、ただ聞いていた。
「ポピー」マーガレット校長先生が、あらためて私を呼んだ。
ほかの大人たちは、いっせいに口をとざし、しずかになった。
「はい」私は頭の中までどきどきしはじめながら、返事をした。
「じつは今日あなたにお願いしたいのは、もしも他の生徒たちが実際に、あなたの両親の教えてくださった新しく強力な二つの魔法を使う場面に遭遇してしまった場合、心をどのような状態に置くべきなのかを、まずは私たち教師と、ここにいらっしゃる生徒の保護者代表委員会の皆さんに、教えてほしいのです」
「――え」私は、頭の中を大急ぎで整理しなければならなかった。「心、を……?」
「そう」マーガレット校長先生は深くうなずいた。「あなたほどの勇気、恐ろしい敵に襲われてしまったときでもその恐怖に勇敢に立ち向かえる心の持ち方を、ぜひ私たちに教えてください」
大人たち全員が、深くうなずく。
「あ……」私は目をきょろきょろさせた。
これは、アポピス類についての話ではない。
そもそも、妖精についての話でも、ない。
ただ、何か怖いものに出くわしたとき、どのように闘えばいいのか――自分を守るために闘う気持ちに、どうしたら自分の心を持っていけるか、という話だ。
と、思う。
「それは」私は、話すことにした。「えーと」
大人たち全員が、また深くうなずく。
すごく真剣に、私の話を聞こうとしている。
私の頭は大急ぎで、何を話したらいいかを考え、まとめ、コウチクした。
「どんだけ欲が深いんだよ」
突然、ユエホワの声がよみがえる。
そうだ。
「えっと、みんな、今よりももっと、欲深くなればいいと思います」
私は言った。
「え?」大人たちはいっせいに、目をまるくした。「欲、深く?」
「はい」私は深くうなずいた。「欲が深い人間ほど、リューイを使ったときキャビッチがばかでかくなりますから」
しーん、としずまりかえった。
「きっとエアリイとかマハドゥとかにも、おなじことがいえると思います。欲が深い人間になれば、効果が強く」
どっ、と部屋中に、爆笑が起こった。
「えっ」私はびっくりして、右や左をきょろきょろ見回した。
大人たちはしばらくのあいだ、肩をふるわせたりお腹をかかえたり、上を向いたり下を向いたりして、心底おかしそうに笑いつづけた。
「何がおかしいんですか?」と聞きたかったけれど、私にはその言葉を言うことができなかった。
二回目、だ――
そんなことを思う。
緑色の長い髪を風になびかせながら、あのふくろう型鬼魔が背中を向けて、私のノウリでたたずんでいる。
その顔がふとこちらを振り向くと――
目を細めて、眉を持ち上げて、肩をひょいとすくめて、笑う。
「ポピー」下を向いて顔に手を当て肩をふるわせていたマーガレット校長先生が顔をあげ、手で涙をぬぐい、そして私の方をまっすぐ見た。「あなたは、魔力においてはすばらしい素質を持っているけれど、時々ぎょっとするような妙な考えを持ちますね」
「――」私は、ただだまって校長先生を見た。
「これからしばらくは、何か物を言う前に、もう一度胸に手を当てて、神さまに問いかけてみるようにするとよいでしょう」マーガレット校長先生はそう言うと胸の前で両手を合わせ、うなだれて瞳をとじた。
部屋の中にはまだ少しくすくすという笑い声がのこっていたけれど、私はその中で、今から自分がなにをすべきか、頭の中にコウチクしていった。
投げ技練習の時間にはやはりまた、エアリイやマハドゥの修練が行われた。
みんなもう、だいぶその新しい技術に慣れてきていて、いつ妖精が襲ってきてもだいじょうぶだね、なんてことを話していた。
――まあ、本当のところは妖精が、じゃなくて、その妖精をあやつっているアポピス類が襲ってきても、ということなんだけど。
そういえば私は祖母の家を出る前に、父と祖母から
「アポピス類については、遭遇したこともふくめて、いまはまだ学校で話したりしないように」
と言いつけられたのだった。
「皆が不安になったり、パニックになったりしてはいけないから、大人に任せるように」
と。
私は理解し、うなずいた。
でもクラスの子たちが
「妖精って、かわいいイメージだったけど、ぜんぜんちがってたね」
「そうそう。こわいよね」
「妖精って、最低」
なんてことを話しているのを聞くと、つい「ちがうんだよ」と言ってしまいそうになった。
大人に任せるとはいうけれど、ちゃんと大人は、妖精が悪いんじゃないってこと、みんなにわかるようにしてくれるのかなあ……
ふと、そんな心配までしてしまうのだった。
「ポピー」放課後になって、帰る支度をしていたときに私はマーガレット校長先生に呼び止められた。「大変申し訳ないのだけれど、帰る前に少しだけ、お時間をいただけるかしら」
教室にいた生徒全員が、私とマーガレット校長先生を交互に見て、目をまるくしていた。
私ももちろん、心臓がどきどき高鳴りはじめるのを感じながら、でもあくまでレイセイに「はい」とうなずき、かばんを持って校長先生のあとについて行きはじめた。
「ポピー」ヨンベがうしろから呼ぶ。
私は振り向いて、にっこりと笑い「うん。だいじょうぶ」と答えた。
「うん」ヨンベも、心配そうな顔ではあったけれどうなずいてくれた。「また明日ね」
「また明日ね」他の子たちもつづけて言ってくれる。
「うん。また明日ね」私はみんなに手を振り、小走りでマーガレット校長先生について行った。
だいじょうぶだよ。
たぶん、私が知っていることを、話してくれとかなんとか言われるだけだ。
別に、いまから一人で鬼魔界へ行ってきなさいなんて言われるようなことは、ぜったいないから。
もし言われたとしたら、すぐに父と母と祖母に、ツィックル便を送ればいい。
いや。
そんなことは、ぜったいにないんだから。
私は小走りについて行きながら、首をふったりうなずいたり、我ながらいそがしかった。
マーガレット校長先生が入って行ったのは、職員室だった。
先生たちが全員と、先生以外の人――私の知らない大人たちがそこに集まっていた。
ぜんぶで、二十人ぐらいいたと思う。
私の心臓は、ますますどきどきと高鳴った。
ここで、話をしなきゃいけないんだろうか?
妖精について?
鬼魔について?
だけど、父も祖母も、話すなって言ってたし……
「知りません」で押し通せばいいのか?
「皆さん、お待たせしました」マーガレット校長先生は声を張り上げた。「こちらがポピーです。今回、妖精につきまとわれるという経験をした生徒、そして皆さんご存知のとおり、ガーベラの孫であり、フリージアの子です」
ああ、とかおお、とか声が上がり、みんな私に微笑みかけてくれた。
私も微笑み、ぺこりとおじぎをした。「こんにちは」
「ポピー、このたびは怖い思いをしたのですね」一人の女性が首を振りながら言った。
「姿の見えない妖精につきまとわれるとは、さぞや困惑したことでしょう」
「ええ、まったくとんでもないことです」
「こんなことは一刻も早くなくさせないと」
「本当に」
「恐ろしい」
大人たちはつづいて口々に言いはじめた。
私は言葉をはさまずに、ただ聞いていた。
「ポピー」マーガレット校長先生が、あらためて私を呼んだ。
ほかの大人たちは、いっせいに口をとざし、しずかになった。
「はい」私は頭の中までどきどきしはじめながら、返事をした。
「じつは今日あなたにお願いしたいのは、もしも他の生徒たちが実際に、あなたの両親の教えてくださった新しく強力な二つの魔法を使う場面に遭遇してしまった場合、心をどのような状態に置くべきなのかを、まずは私たち教師と、ここにいらっしゃる生徒の保護者代表委員会の皆さんに、教えてほしいのです」
「――え」私は、頭の中を大急ぎで整理しなければならなかった。「心、を……?」
「そう」マーガレット校長先生は深くうなずいた。「あなたほどの勇気、恐ろしい敵に襲われてしまったときでもその恐怖に勇敢に立ち向かえる心の持ち方を、ぜひ私たちに教えてください」
大人たち全員が、深くうなずく。
「あ……」私は目をきょろきょろさせた。
これは、アポピス類についての話ではない。
そもそも、妖精についての話でも、ない。
ただ、何か怖いものに出くわしたとき、どのように闘えばいいのか――自分を守るために闘う気持ちに、どうしたら自分の心を持っていけるか、という話だ。
と、思う。
「それは」私は、話すことにした。「えーと」
大人たち全員が、また深くうなずく。
すごく真剣に、私の話を聞こうとしている。
私の頭は大急ぎで、何を話したらいいかを考え、まとめ、コウチクした。
「どんだけ欲が深いんだよ」
突然、ユエホワの声がよみがえる。
そうだ。
「えっと、みんな、今よりももっと、欲深くなればいいと思います」
私は言った。
「え?」大人たちはいっせいに、目をまるくした。「欲、深く?」
「はい」私は深くうなずいた。「欲が深い人間ほど、リューイを使ったときキャビッチがばかでかくなりますから」
しーん、としずまりかえった。
「きっとエアリイとかマハドゥとかにも、おなじことがいえると思います。欲が深い人間になれば、効果が強く」
どっ、と部屋中に、爆笑が起こった。
「えっ」私はびっくりして、右や左をきょろきょろ見回した。
大人たちはしばらくのあいだ、肩をふるわせたりお腹をかかえたり、上を向いたり下を向いたりして、心底おかしそうに笑いつづけた。
「何がおかしいんですか?」と聞きたかったけれど、私にはその言葉を言うことができなかった。
二回目、だ――
そんなことを思う。
緑色の長い髪を風になびかせながら、あのふくろう型鬼魔が背中を向けて、私のノウリでたたずんでいる。
その顔がふとこちらを振り向くと――
目を細めて、眉を持ち上げて、肩をひょいとすくめて、笑う。
「ポピー」下を向いて顔に手を当て肩をふるわせていたマーガレット校長先生が顔をあげ、手で涙をぬぐい、そして私の方をまっすぐ見た。「あなたは、魔力においてはすばらしい素質を持っているけれど、時々ぎょっとするような妙な考えを持ちますね」
「――」私は、ただだまって校長先生を見た。
「これからしばらくは、何か物を言う前に、もう一度胸に手を当てて、神さまに問いかけてみるようにするとよいでしょう」マーガレット校長先生はそう言うと胸の前で両手を合わせ、うなだれて瞳をとじた。
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