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「聞けたよ」私は答えてから「おはよう」とあいさつした。

 ユエホワは、とくに何も言わなかった。

「あいさつできないの」私はむっとしてそう言った。

「さっきしたじゃん」ユエホワは悪びれもせずそう答えた。「ばあちゃんちの屋根の上で」

「えっ」私は箒で飛びながらびっくりした。

 じゃあさっきのは、空耳じゃなかったんだ――

「んで、何て言ってた?」ユエホワはかまわず質問をつづけた。「妖精のやつ」

「やつって」私は眉をひそめた。「ハピアンフェルだよ」

「どうでもいいよ名前なんて」ユエホワは水平飛行しながら、ぷいっとそっぽを向いた。

 私は口をとがらせた。「くわしい話なら、直接聞けばいいじゃん。朝ごはんもあったのに、なんでさっき入って来なかったの? おばあちゃんちに」きき返す。

「会いたくねえんだよ」ユエホワはいやそうな顔をした。「あのちっちぇーやつに」

「ハピアンフェル」私はもういちど名前を教えた。「――まあ、そうかも知れないけど、でも妖精たちはアポピス類にあやつられてるって、ユエホワも知ってるんでしょ?」

「まあな」緑髪は空中でくるりと体勢を変え、あおむけになって両手を頭のうしろで組んで水平飛行をつづけた。「けど、なんでまた俺をさらおうとしたのかが、はっきりしねえんだよな」

「――」私は飛びながら、少し考えた。「あれだからじゃない?」

「何」ユエホワはあおむけのまま、顔だけ私に向けてきいた。

「赤い目をしてるから」ハピアンフェルの受け売りだ。

「それだけなわけないだろ」ユエホワはまたぷいっと上を向いた。

「あのあれ」私は、あんまり言いたくもなかったけれど、ハピアンフェルが聞いたということを口にした。「ムートゥー類の、セイエイかなんか、だからとか」

 ユエホワが何も言わずにいるので、私はちらりと横目で隣を見やった。

「あいつら」やがて、ごく小さな声で、ひとりごとのようにユエホワはつぶやいた。「まさか……な」

「なに?」こんどは私が顔だけユエホワに向けてきいた。

「いや」けれどユエホワは小さく首を横にふっただけで、それ以上はなにも言わなかった。

 私たちは無言で、町の方へ向かって飛びつづけた。

 飛びながら私は、あのマント人間たちといっしょくたにして巨大化キャビッチをぶち当てたことを、あやまらないといけないのか、あやまるべきか、知らんふりしておこうかと、心の中でものすごくいったり来たり、迷っていた。

「きのう」その時ユエホワが、ものすごく小さな声で、ものすごく早口で言った。「ありがとな。助けてくれて」

「えっ」私はびっくりして緑髪鬼魔の方を見た。

 でも、そういえば、そうだ。

 あのとき、たしかにキャビッチをぶち当ててはしまったけれど、そもそも私はこの鬼魔をあのマント人間たちから助け出すために、それを投げたのだ。

 そうだったのだ。

「うん」私はうなずいたけど、ユエホワがそのまま、何も言い返してこないので、なんだかもじもじしてしまった。「あ、キャビッチぶつけてごめん」なのでつい、ものすごく小さな声で、ものすごく早口であやまってしまった。

「――」ユエホワは横目でちらりと私を見た。

 私もちらりと横目で見返した。

「前から思ってたんだけど」ユエホワが言う。

「うん」私はうなずく。

「お前のリューイの呪文ってさ」ユエホワはくるりと体勢を変え前を向いて、遠くの方をながめながら言った。「ほんとキャビッチ、ばかでかくなり過ぎ」

「え?」私は一瞬、なにを言われたのかよくわからず、目をまるくして鬼魔の横顔をしげしげとながめた。

「普通、リューイの呪文ででかくさせられるのはさ」ユエホワが言いながら右腕を前にのばし、手のひらを上向きにひらいた。「この手の上にのせられる程度の大きさのもので、まあ……四、五十センチ。よっぽど魔力が強いやつでも一メートルいくかいかないかぐらいのもんだぞ」

「へえー」私は、金色の爪を持つムートゥー類の右手をながめながらうなずいた。

「それがお前のリューイときたら」ユエホワはひらいていた右手をぎゅっとにぎりしめた。「こーんなちっせえやつを、一メートル以上も巨大化させてんだろ」

「ああ」私は、自分がリューイを使うときのことをつらつらと思い出して納得した。「うん」うなずく。

「どんだけ欲が深いんだよ」ユエホワがため息まじりにコメントする。

「えっ」私はまた目をまるくした。「欲が深いと、キャビッチがでっかくなりすぎるの?」

「えーっ、そんなことも知らないで使ってたのかよ」ユエホワは片方の眉をしかめて私を見た。「基本だぞ」

「えーっ」私は何も知らずにいた自分をはずかしく思うあまり、すっ頓狂な声をあげてしまった。

「お、じゃあ俺はまた鬼魔界で情報集めしてくるから、んじゃな」ユエホワはそう言い、はるか上空に小さく影をあらわしたニイ類だかラクナドン類だかのほうへ向かって、すいーっと上昇していった。

「あ、うん」私はただそういって見送るしかなかった。

 けれど私の頭と心はすっかり、ユエホワから教えられた情報のことでいっぱいになっていた。

 欲が深い人間ほど、リューイの呪文をかけたときキャビッチが大きくなる――

 自分がそこまで欲の深い人間だったということは私にとって考えたこともなかったのだけれど、でも言われてみれば確かに、もっと強くなりたい、もっとキャビッチスローを鍛えたい、誰よりも強く、誰よりもはやく……と、そういう意味での欲はたしかに、人一倍強いのだろうと思う。

 だって強くなりたいもん。

 母のように。

 祖母のように。

 

          ◇◆◇

 

 学校につくと、みんな校庭できのう覚えたばかりの魔法をもういちどおさらいしていた。

 ある人はマハドゥ、ある人はエアリイ、ある人はその両方をかわりばんこに。

 私も、教室に荷物を置くとすぐにまた校庭に走り出て、ヨンベや他の子たちとともに、マハドゥの練習をしはじめた。

 そのために使うキャビッチは、先生たちがあらかじめ取りおいたものがかごに積まれて置いてあったので、そこから各自取り出して使っていた。

 きっかけは何であれ、新しい魔法をおぼえることは、私たち魔法学校の生徒にとっては、やっぱり一番のよろこびだし、気持ちが高まる。

 みんな、鐘の音が授業のはじまりを告げたとき、いっせいにあーあ、と残念そうな声をあげた。

 それでも私たちは、授業の合間にも新しい魔法のこと、自分で見つけた使い方のコツとか、本で読んだり魔法にくわしい大人に教えてもらった情報なんかを教えあって、たぶん入学してから今まででいちばん盛り上がり、充実した日を送っていた。

「エアリイって、どうやったらいっぱいに分かれるの?」

 私はたくさん、その質問を受けた。

 そしてもちろんそのたびに、いっしょうけんめい考えて、自分がどんなふうに、どんなことに注意しながら投げているのかを、できるだけくわしく話した。

 まあみんな、最終的には「やっぱり、ポピーは魔力が強いもんねえ」とため息をつくのだったけれど。

 でも、はたして本当にそうなんだろうか、と私は自分で考えつづけていた。

 魔力が強いといっても、たぶんそれは、私の母や祖母が強いキャビッチスロワーだということが知られているから、その娘の私も当然強いはずだ、と見られているにすぎないのではないかと、思う。

 私の本当の魔力がどれほどのものなのか、私にもあまりよくわからない。

「子どもにしては強い」という、ただそれだけなのかも知れないし……

 授業中にそんなことを考えているとき、ふと私は、ユエホワの言った『欲が深い人間ほどリューイでキャビッチがでかくなる』という言葉を思い出した。
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