魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女

葵むらさき

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「パパはさ」私はわりと大急ぎめで話を変えた。「このマハドゥって魔法、何歳のときに使えるようになったの?」父にきく。

「それがさ」父は、まるでその質問をされることを心待ちにしていたかのように顔をぱっとかがやかせ、人さし指を立ててウインクした。「ちょうど、ユエ」けれどそこまで言ったとき父は、はっと大きく息をのんで自分の口を手でおさえたのだ。

「え?」私はびっくりして目を丸くした。

「ええとね、十――九歳の時だったかな」父は急いで、ごまかすように早口で答え、それからなぜかハハハハ、とやけに明るく笑った。

「へえー」私はうなずいた。「おばあちゃんがクドゥールグとたたかったのと同じ年のときなんだ」

「そうそう」父はうれしそうに目を細めてうなずいた。「よく知ってるね」

「こないだ聞いたもん、ユエ」そこまで言ったとき私は、はっと大きく息をのんで自分の口をおさえた。

 となりで聞いていたヨンベや、まわりでがんばって呪文をとなえている他の生徒たちには、私たち家族のあいだで大きく息をのんで自分の口をおさえるのが流行っているのかと思わせたかもしれない。

 

 夕方までに、どうにか全員――生徒も先生も――が、マハドゥまたはエアリイを使えるようになり、みんなすっかり疲れはててそのまま家に帰ることになった。

「じゃあ、また明日ね、ポピー」

「うん、また明日ね、ヨンベ」

 手を振ってヨンベと校庭で別れたあと、私は父と母と三人で、家に向かうつもりでいた。

 けれど父は、ふう、と息をついてから、

「じゃあ……フリージア、今朝言ったとおり、ぼくはこれから旅に出るよ」

と、告げたのだった。

「わかったわ、マーシュ」母は少しさびしそうな顔になったけれどうなずいて、父を抱きしめた。「気をつけて行って来てね」

「うん」父もぎゅっと母を抱きしめた。「今度の旅は、そう長くはならないと思うよ。すぐに帰るつもりだ」

 私も父のその言葉を聞きながら、大きく頷いた。

 ほんと、鬼魔界なんて、さっと行ってささっと帰って来るべきところだ。

 どうか父も、あの鬼魔界の黒味がかった気持ち悪い風景と、つねにただよっていたくさい臭いとが、一瞬でいやになりますように。

「でもあなた」母がぱっと父から顔をはなして言った。「毎回出かける前にはそう言うけど、いちどたりともすぐに帰って来たことなんてないわ」

「あ」父は言葉をうしなった。

「大丈夫だよ、ママ」私は父の約束をホショウした。「今度はきっと、あっという間に帰って来るよ」

「あら、どうして?」母が、父の背中に手を回したまま私を見てきいた。

「え、えっと」私も言葉をうしなった。

「あ、目的がね、今回ははっきりしてるんだ、その」父は何の意味があるのか空を指差してくるくると回しながら説明した。「ある、図書館にさ、妖精についてくわしく書かれてある本が保存されているらしいんだよ。それを読みに行って来るだけだから」

「まあ、そうなの」母はかんたんに信じた。

 私と父は同時に、ほっと安心した。

「それで」父は咳ばらいをして続けた。「君は夕飯の支度とか、これからいろいろ忙しいだろうから、ポピーに駅まで箒で送ってもらえると助かるんだけど……いいかな?」そんなことを私でなく母にきくのは、やっぱり今回の妖精のことがあるからだろう。

「ああ、そうね」母は少し考えた。「ポピーも、マハドゥをおぼえたんだしね。わかったわ」にこっと笑う。「気をつけてね、ポピーも、あなたも」

「ありがとう」父はもういちどほっと安心したようすで笑った。

「キャビッチ」母はとつぜん声を張り上げた。「リールムールクール、フー」

 目をまるくして口をすぼめる私のもとに、十個ほどのキャビッチがただちに飛んで来た。

 学校の、畑からだ。

「あ」私は両手と両腕の中に、落ちてくるキャビッチたちを受けとめながら、言葉をうしなってこっちを見ている先生たちの方をちらりと見て、すぐに目をふせた。

「なにはともあれ、キャビッチがあれば安心だわ」母は、先生たちの視線に気づきもせず言った。「たくさん持っていきなさい」

「あ」私は目をきょろきょろさせたけれど「うん」と最終的には、うなずいた。

 ごめんなさい……でも、今は特別だもんね。

 

          ◇◆◇

 

「駅に行くの?」私はキューナン通りの上空に飛び上がってから父にきいた。

「いや」父は声を小さくして答えた。「その振りをして、森の方へ回ってくれるかな」

「森……あ、そうか」私は、父とユエホワが話していた内容を思い出した。

 つまり、ユエホワが鬼魔界からニイ類だかラクナドン類だかを連れてきて、父がその背中に乗って鬼魔界まで行く、という話だ。

 私はキューナン通りから駅の上空を通り過ぎて、祖母の家のある森へと向かった。

 町はすっかり遠くなり、祖母の家も通り過ぎて、いちども来たことのない森の奥深くまで、飛んでいく。

 夕暮れ時のうす暗い空の下で、おおきな樹木たちがしずかにたたずんでいる。

 その木の枝の上ではおそらく、サル型鬼魔のモケ類やボンキー類たち、あとリス型鬼魔のキュオリイ類が夕ごはんをもとめてとびまわっているんだろう。

 木の下では、シカ型鬼魔のスウォード類たちが走っているはずだ。

 もしかしたら、クマ型鬼魔のダガー類ものしのし歩いているかも――なるほど、こんな森の奥なら、ラクナドン類を連れてきても人間たちには見つからないだろう。

「ユエホワはどこにいるの?」私はスピードを少し落として、きいた。

「うん、この辺でいいよ。目印にラクナドン類のしっぽを木の梢からのぞかせとくって、言ってたんだけどね」父は答えながら、まわりをみわたす。

「しっぽを?」私は眉をひそめた。ラクナドン類のしっぽって、木の梢の上に出せるぐらいまで、長いの? そう思いながらも、とりあえずさらにスピードを落として大きく旋回飛行にうつった。

 すると。

「あ、あそこだ」父がそう言って腕を上げ指さした先に、巨大トカゲのしっぽのようなものが、木々の梢のあいだから空に向かって飛び出しているのが見えた。

 そのしっぽは伸びたりちぢんだり、左右にゆれたりくるくる回ったりしていて、なんだか気味が悪かったけれど、そこに向かって飛んでゆくしかなかった。

 そばに近づいてみると、そのしっぽは本当に巨大なもので、しっぽだけで私の身長の三倍ぐらいはゆうにありそうだった――ずっと動き回っているので、ちゃんと測ったわけではないけれど。

「この下におりてみよう」父がそう言い、私は箒に命じて、しっぽにぶつからない距離をとりながら、梢の間から暗い森の中へ下がっていった。

 しっぽの持ち主はなんと、大きな一本の樹木の、梢近くのほそい枝の上にちょこんと乗っかっていて、そのおおきな全身を――私の部屋に入れるかどうかというほどの大きさだ――ちぢこまらせて、ぶるぶるとふるえていた。

「うわ」私は目をまるくした。

「おお」父はため息まじりに感動の声をあげた。「ラクナドンだ……おお」

「おっせえよ」とつぜん、ユエホワの文句を言う声がどこからか聞こえた。「なにやってたんだよ」

 きょろきょろとあたりを見回すと、ラクナドン類のいる木のななめ向こう側の木の枝の上に、緑髪のムートゥー類は片ひざを立ててだるそうにすわっていた。
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