魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女

葵むらさき

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「マハドゥ?」私は訊き返した。「何それ?」

「さっすが!」父が大きく叫んだので、私は少し肩をすくめた。「よく知ってるなあ! 物知りだね、君、えーと」

「ユエホワ」私が代わりに答えた。「ムートゥー類だよ」

 そしてちょうどその時私たちは丸太の家に到着し、テラスのテーブルの上には祖母のお手製のピザやサラダや冷たいスープなどがいっぱいに並んでいた。

「お帰り、マーシュ」

「ただ今、お母さん」父は私の時と同じように、キャビッチを手に持ったまま祖母を抱き締めようとした。

「あなたそれわざとやろうとしてるでしょ? そうはいかないわよ」でも祖母はすっ、と父に人差し指を向け、ぴん、と弾くように上に動かした。

 すると父の手の中にあった二つのキャビッチがふわっと空中に浮かび上がり、くるくるくるっと父の身体の周りを素早く回り出したのだ。

「うわ」「うわ」私とユエホワは同時に声を挙げた。

 父の服はみるみるきれいになっていった。

「あなたもね、ポピー」祖母がそういうとキャビッチは次に私の周りをおなじくくるくると回り出し、私の服も泥んこがきれいに落ちてしまった。

「すげえな」ユエホワが瞬きも忘れて溜息をついた。「これは何の魔法だ?」

「ピトゥイの応用よ」祖母はにこにこして教えた。

「ピトゥイか……なるほど」ユエホワは腕組みして口に手を当てて考え込み始めた。

「うふふ」祖母はそんなユエホワを見てやっぱり嬉しそうに笑う。「さあ、ランチにしましょう。皆席について」

 

 食事をしながら出る話題は、なんといっても父の、研究旅行中の発見談、探検談で持ちきりだった。

「リノマ諸島の人たちはね、キャビッチの葉をこう、一枚ずつ、一枚ずつはがしては、燃え盛る火の中に投げ込んで、鬼魔を召還するんだよ」父は手真似でキャビッチの葉をはがす所作をしながら、ゆっくりとした口調で説明した。

「へえー」私は、あたかも目の前に焚き火が焚かれているのを見るような気持ちでその不思議な魔法の儀式の様子を想像した。「何類を召還するの?」

「そうだね、ぼくが見た中で一番多かったのは、ラクナドン類だったなあ」

「あの海竜の?」私は目を丸くする。「すごい」

「あいつら鈍くさいからな」ユエホワが鼻で笑う。「すーぐ捕まっちまうんだろ」

「そういうことかあ」父は肩を揺らして笑った。「けどリノマの人たちはすごく大切にあがめ奉ってたよ。ほとんど神様扱いだった」

「ははは」ユエホワも可笑しそうに笑う。「それでただ飯食わせてもらえるんなら、もう言う事なしだよな。道理で鬼魔界の中であんまりラクナドン類を見かけないわけだ」

「あははは、そうなんだ」父はますます楽しそうに笑う。

「まあ、おほほほ」祖母までが楽しそうに受けている。

「へー」私の反応が一番うすかった。

 そう。

 食事をしながら出る話題は主に、父の冒険の話とそれについてのユエホワの裏話的コメントと、それを聞いて楽しげに笑う父と祖母の笑い声とで持ちきりだった。

 私は一人、いちばん薄い反応を返し続けていた。

 

          ◇◆◇

 

「あの」ユエホワがどこか――そして珍しく、遠慮がちに父に声をかけた。「マハドゥの魔法……もう一回だけ、見せてもらえるかな」

 私と父は立ち止まって振り向き、照れくさそうに視線を下に向けている緑髪のムートゥ類鬼魔を見た。

 

 それは、食事が終わりお茶を飲み、別れを惜しむ祖母に手を振って、その丸太の家を出発して、もう大分傾いた西日が少しだけ差し込んでくる森の中を歩いている時だった。

「マハドゥ? ああ、いいとも」父は声を高めて、なんだかすごく嬉しそうにカイダクした。「じゃあぜひ、一緒に来てくれたまえ」

「どこに?」私とユエホワが同時に訊き返した。

「ふふふ」父はなぜかすぐに答えなかった。「まあまあ、いいから。さあさあ」手招きしながら先に歩き出す。

 私とユエホワも、ちらりと一瞬目を見合わせた後、父について歩き出した。

 町中に入る少し手前で、父は森の道からはずれ、草原の中を歩き出した。

 たぶん、ユエホワと一緒だからだろう。

 それはそうだ。

 町の人が、堂々と道を歩く鬼魔を見て平気でいられるわけないし、ましてや「おう」と声をかけたりするわけなんてもっとない。

 大騒ぎになるに決まっている。

 まあその前に、ユエホワの方がさっさと上空に飛び上がって姿を消すだろうけど。

 父は、そんなにユエホワと一緒に連れ立って、歩きたいんだろうなあ……なんだかちょっと、複雑な気分だ。

「なんで町に入らないの?」なので私は、わざとそんなことを父の背中に訊いてみた。

「んー、町に入ると人に会うたびに、いっぱいあいさつしないといけないからね」父は歩きながら答え、振り向いて「めんどくさい」と付け足して、にやっと笑った。

 ぷっ。

 ユエホワが、私の隣で吹き出したので、私はびっくりしてその方を見た。

「あははは、わかるー」緑髪の鬼魔が、これも珍しく、楽しそうに目を細めて笑っていた。

「だろ? 別に嫌いとかじゃないんだけどねえ」父も笑いながらユエホワに顔を向けつつ歩く。

 私は一人真顔で、口をすぼめながら歩いた。

 何だろう。

 おばあちゃんにしろパパにしろ、なんだかすごく、仲良くなりつつある感じじゃない?

 この、性悪鬼魔と。

 

 どういうこと?

 

 やがて父は草原の上でまた向きを変え、町の方へ向かい出した。

 どこに行こうとしているのかは、ここまで来ると私にもわかった。

 私の家だ。

 そう、私の家の裏口に、この草原の、今歩いている方向は、続いているのだ。

 そしてその予想通り、私たち三人は我が家の裏庭にたどり着いた。

「えーと」ユエホワが、少しずつ歩幅を小さくして、次第に私たちの後ろへ下がって行く。

 それはそうだろう。

 私も、父にちゃんと説明する必要があるな、と思っていたところだ。

 父は恐らく――恐ろしいことに――ユエホワを、今度は私たちの家に招待しようとしているんだろう。

 もしかしたら、夕ご飯を一緒に食べようなんて恐ろしいことを、思っているのかも知れない。

 やめて!

 恐ろしい!

「さあ、来たまえよ」思った通り父は、家の裏口の前で振り向き、ユエホワを手招きした。

「いや」けれどユエホワは、こっちも思った通り、首を激しく振って拒否した。「俺はいい」

「どうして」父は目を丸くして驚いた。「遠慮なんかしなくても」

「パパ」私が説明した。「実は、ママが……」

「え」父は私の説明、つまり母がこのユエホワを心から嫌っていることを聞き「そうかあ」と、残念そうな顔をした。「あ、でも待って」そしてすぐにユエホワをそこに待たせて家の中に入って行った。

「無理だろ」ユエホワがぽつりと呟く。

 

「絶対、だめ!」

 

 直後、家の中から母の怒鳴り声が聞えてきた。

 父と母は、はたして「お帰りなさい」「ただ今」というようなあいさつを、ちゃんとかわしたんだろうか?

 そう思っていると、突然裏口の戸をばん、と勢いよく開けて母が家から出て来た。

「うわっ」ユエホワが飛び上がり、まだ何もされていないのに両腕で自分の顔や頭をかばう。

「こいつはね、ポピーの首を絞めて殺そうとしたのよ!」母はまっすぐにユエホワを指差して、大きな声で怒鳴った。「絶対に許さないわ!」

「えっ、そんなことしたのかユエホワ」父は遅れて家から出て来たが目を丸くした。「だめじゃないか、そんなことしちゃあ」ユエホワに言う……んだけど、なんだかそれは、小さな子どもが“おいた”をした時のようなたしなめ方だった。

「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないわ!」母は両手を広げて振りながら父に向かって叫んだ。「大体こいつは――」それから突然私の方を見た。「っていうかポピー、あなたまさか本当にこの鬼魔とお友達付き合いしているっていうの?」

「えっ」私も飛び上がった。「ち、ちがうよママ、まさか!」

「ご心配なく、俺たちは今もって天敵同士ですんで」ユエホワがかざした腕の下からそっと母を見て言った。

「じゃあなんで一緒に私の母の家でランチを食べてたのよ、図々しい」母は目をすっ、と細めた。

 私は次の瞬間、母がユエホワに向かってキャビッチを投げるのだと一瞬にして悟った。

 けれどそうならなかった。

「フリージア」父がすいっと母の前に立ったからだ。「わかった、君がユエホワに対して許せない気持ちでいることはよくわかったよ。じゃあ今日はここで解散としよう。悪いね、またねユエホワ」にこりと笑って緑髪鬼魔に手を挙げる。

「またね? ちょっとあなた、どういう」

「まあまあ、まずはお茶が欲しいなあ、君のクッキーと一緒にさ」父は構わず母の肩を抱いて家の中に連れて入った。

「うへー、危なかった」ユエホワはやっと腕を下ろした。「まあ、マハドゥの魔法は今度また見せてもらうとするか」

「見てどうするの?」私は訊いた。「まさか自分でキャビッチ使おうなんて思ってるわけじゃないでしょうね」

「まっさか」ユエホワは嫌そうな顔でそっぽを向いた。「防御対策の参考にするために決まってんだろ」

「あそう」私は目を細めた。「じゃあね。あんまり悪さしないようにね」小さく手を振る。

「――」ユエホワは横を向いたまましばらく動かなかった。

「?」私は不審に思って手を止めた。

「――美味しかった」ユエホワは横向きのままぼそぼそ言った。「って、言っといてくれ。あんたのばあちゃんに」

「え」私は目を見開いた。

 でもユエホワはすぐに飛び上がって素早く飛び去ってしまった。

 私は唇をすぼめて小さくなっていくムートゥー類の姿をしばらく目で追っていた。
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