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聴取

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 今日は警察の方が家に来ている。事情聴取の続きをするようだ。僕が無用な外出をしなくていいように、不快感を与えないようにと二人の警察官の女性が来た。

「退院おめでとうございます。健康で何よりでした」
「ありがとうございます。特に危険も、不自由もなく面倒を見てもらっていたので当然と言えば当然なんですけどね」

 さりげなく先生が悪いことをしていたわけじゃない。僕が先生から受けたのはいいことばかりであったんだ。と主張する。

「それでは改めてあなたが鷲倉小夜との生活をどのように送っていたのかについてお聞かせ願います」
「はい。わかりました。」


 記憶のあるうちにはあの家にいた。先生との二人きりの生活は僕にとって当たり前のようにあった。寝食を共にして、家の中にある書庫やプール、中庭で遊んでもらって、言葉を教わるように教養といった知識も与えてもらった。

 先生が物書きという仕事をしていることは知っていて、先生の書いた本はお気に入りだった。そんな影響か本を読むのは好きでたくさん読んだ。色々なものを覚えたり発見すると先生は微笑んでたくさん褒めてくれた。

 先生の隠していたそういう本を初めて読んだ時はドキドキしたし、それを知った先生は顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。

 面倒を見てくれる先生の役に立ちたくて家事などを任せてもらえるようになってからは先生との段々対等になり始めているような気がして嬉しかった。

「その言いにくかったら結構なのですが、性的な虐待などを受けませんでしたか?」
「いいえ、ありません。しかし、僕としては先生のためになるならいつでもお相手したいと思っていました」

 警察官の方は目を丸くする。僕がそんな風に思っていたのなんて知らないだろう。先生も知らない。僕の全ては先生で構成されているのだ。その先生の糧となりたいと願うのは当然ではなかろうか。

 すごく顔を赤くして、さっきよりも目を合わせてもらえなくなった。

「そ、そうですか……ん"ん"。失礼。零梛さんはとても物腰が柔らかいですがそれも何か影響が?」
「強要されてのことではないです。…近づきすぎると拒絶された時の反動が怖いですからね」

 あくまで自衛。元々僕は敬語で話してなどいなかった。でも知識としてこれを得た時有用だと思った。他人との距離を測り、嫌悪感を与えにくい。そんなふうに思っていたらいつの間にか定着していた。


 そこからも今までのことや、先生の行方の心当たりなど聞かれたが僕の方が知りたいくらいだ。そこからは段々と雑談のようになっていったが別室にいた母といずねぇが入ってきた。

「それって関係ありますかねぇ~?」
「零梛と話したいだけじゃないですか~?」
「あ、いや、そういうわけじゃ…」

 視線をソッとこちらへ向けるものだから連動するように二人視線もこちらに集まる。なんとなく気まずくてニコニコしていると警察の方の頬が緩んでそれに気づくとキッと睨んでいた。

「関係のない話でもいいですよ。あんまり先生以外の人と話す機会がありませんでしたから、新鮮でしたよ」

「はぅ、」
「……へへっ…」

「帰って「お帰りください!!」」

 追い出されるように警察官の方達は出ていくことになった。

「聴取は十分取れましたご協力ありがとうございました!」
「いいえ、何もしてませんから」

 玄関で靴を履く二人を見ながら話す。

「それと、もう二つだけ聞かせてもらってもいいですか?」
「いいですよ」
「鷲倉小夜のことは憎いですか?」
「いいえ、全く。むしろ幸せでしたから」

 満面の笑みで質問に答える。こんなこと聞かれること自体少し嫌な感じがするけれど、悪意は感じなくて不思議そうにいうから至って平生を保って答えた。

「そうですか。もう一つ直接事件や被害に関係ないかもしれませんが、なぜ鷲倉小夜を『先生』と呼ぶのですか?」
「難しい質問ですね。ずっとそうだったので特に理由はないです。強いて言うなら文字通りの関係だったからだと思いますよ」

 そのままの考えを話した。ただ僕にとっての『先生』は既に鷲倉小夜のみを指す固有名詞と化している。そう言った意味では先生であり、特別な意味を大いに孕んでいると言えるのかもしれない。

 「ありがとうございました」と警察の方は帰っていった。

 僕の聴取に聞き耳を立てていたと思われる二人の表情は少しだけ暗かったように思う。家族であるはずの僕の13年は共有されていない。

 それも手元からいなくなって、ふと現れたのは大きさも顔つきも変わってきた15歳の男。そしてその僕は幸せだったと誇ったように言う。これが二人にどう刺さっているのか。僕は想像さえしていなかった。僕は家族という言葉には特別さを感じたことはなかったから。

 コミュニケーションや時間の共有を行おうとは思う。しかし、これは慈善活動や義務感に近い。そうした方がいいからといった僕の俯瞰的な感覚によるものだ。意欲的に家族へ歩み寄ろうという精神はまだ持ち合わせていなかったらしい。
 
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