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サラブレッド

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「…おはようございます!!控室はこちらに!」
「うるさい。話しかけんな」

 横暴な態度で女性に対応する。当の本人はというと「無視されなかった!」と笑顔で話している。信頼関係の上に成り立つ冗談のようなものなのか?見ていて異様さを感じてしまった。

 その後も男性はそんな態度で撮影は始まっていく。率直な感想としてはドラマの撮影とはこんなものかというものだった。

 期待していたものとは違うとかそんな話じゃなくて、先生は作家であったし、僕は本ばかり読んでいたからか、台本から受けた印象が現実になると「文章から少しだけ鮮度が落ちているがよく再現されている」と言った感想だ。

 しかし今回はドラマオリジナル脚本であるからそんなことを感じる元ネタもないので一視聴者としてそんなことを思う余地がないのかもななんて思う。

 いいや、もっと単純だった。今回のドラマは男性を使うという点を重宝した作品で主人公と同じくらい男性のシーンがある。それが問題だ。男性のシーンは大きなミスがない限り1発OK。雑な演技。それが作品としてのクオリティを損ねていた。

「零梛くんはどう思われますか?」
「僕は作家の家にいたんですよ。僕の感情は作家寄りです。遺憾ですよ。同じ男として恥ずかしい」

 いつのまにか卯城さんが隣にいた。僕の正体をしっかり把握した上で声をかけてくる。

「私、高雛彩美の大ファンでいつか一緒にお仕事できることを楽しみにしていて、この作品でご一緒できたんです」

 隣で話を始める。撮影は休憩に入っている。

「私も普段なら男だ!なんて思いますけど、どうも気に食わないと思ってしまって」
「わかりますよ」

 この場の何人が僕らに共感してくれるかなんて知らないけれど、目の前で繰り広げられていた茶番は僕らには刺さらなかった。

「貴女もちゃんと創造側なんです。関わる作品を思い入れのある作品を踏み躙られたら悔しいって思うのは当然ですよ」

 彼女は僕の隣に腰掛け、俯いて下を見ている。

「わかってるんです。この作品は男性キャラをたくさん出しますよ!というだけのための作品です。でも脚本を担当された方も面白い話を書いて、監督はいつも通りかそれ以上に打ち合わせをして」
「優しい人ですね。自分のことも、周りのことも大切に思って怒ることができて素敵ですよ」

 彼女がこちらを泣きそうな顔でこちらを見る。

 きっと僕はどうかしていた。熱が入ってしまったんだ。

「僕はあなたの手札になってあげます。エキストラでもなんでもやります。上手く使ってくださいね。鷲倉小夜と高雛彩美のサラブレッドですよ」

ーーー

『誰か私に恋してくれませんか?』
 大学を卒業して就職して、昔から憧れの高雛彩美さんとできる初めてのお仕事。彼女はとても綺麗で、演技力も高くファンも多い。子どもが誘拐される事件があってからも人気は衰えることはなかった。

 でも実際、この企画は問題だらけだった。集めた人間は悪くない、予算も多くある。ただ一点。毎話違う男性との恋模様を描くという攻めた企画であった。そもそも今の芸能界にこの手の仕事を受けてくれる人間はそうもいない。それを毎話となればどこかで妥協点を見つけなければならない。

 一話の撮影は既に男性起用の見通し自体は経っていたのだが、出演の見合わせ、キャンセルなどが数件発生し、女装した女性俳優を使うこととなった。演技力も申し分ない、容姿も男性として見ても遜色ないほど。

 それでもこの企画のコンセプトから少しだけはみ出てしまっているような気がしていた。男性を起用することに何か意味があるような。誰もが熱狂する作品を作るには不可欠なピースを仕方なし諦めたような気がした。

 二話の撮影があった。来た男性はとてもシャイな人で人前に立つような人ではないと思った。詳しく話を聞くとスタッフの知り合いに頼み込んでなんとか出演してもらった方だという。この現状にそもそも企画自体不可能な話なんだと思った。憧れの人とのお仕事はこの業界の程度を知る作品になりそうだった。

 三話の撮影。数少ない男性の俳優が出演する回だ。それに加えて今回は見学者に男性がいる。エキストラが足りないなんて嘘だけれど見学者の方に話かけた。本人はフードで顔を隠せば大丈夫だと思ってるのかもしれないけど。私は男性をよく観察しているし、強く意識している。大きめのパーカーとジーパンは男性ものだ。大きな背丈、首筋他にも諸々男性と思われる。ドラマに興味があって見学に来たんだと思って話しかけた。

 彼は困ったように、流すように私と話す。それでも得体の知れない希望を感じて話しかけ続けた。するとスッと立ち上がった彼は私の手を引いて物陰へ連れ込みフードを外した。

 フードの下は私の人生で一番かっこよくて、美しい男性だった。そして違和感の正体に気がつく。彼は私を、女性を嫌がらない。それどころかこんなふうに手を自然に握る。

 彼が自分を諦めてほしいという理由はよくわからなかったけれど夢見心地でロクな話をできないまま呼ばれてしまった。見学者の方と話していたことを話すと高雛彩美さんの連れてきた見学者だという。思い返すと面影がある。彼は今話題の高雛零梛その人だったんだ。

 休憩に入り、見学をしていた彼の隣へ座る。そんなことをしても彼はやっぱり動揺しない。怒ったり、嫌がったり、逃げたりしない。私は彼に声をかけて話をした。

 私はいつのまにか気持ちをどんどんと吐いていた。周りでは皆が作業しているが今だけは彼と二人だけの空間でいるようなそんな包容力が彼の言葉にはあった。彼も私と似た気持ちでこの場にいた。そんな風に考える男性がいるのだと驚いたがもっと私の胸を打つ言葉を彼が言ったんだ。

「あなたの手札になってあげます」と。続けて言った。彼は私が大ファンの「高雛彩美」と有名作家で世間を賑わす誘拐犯「鷲倉小夜」のサラブレッドだと。
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