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仕事を見学したい
しおりを挟むなんなかんやで母さんがドラマの撮影に移動する時間になった。結局家に一人で残すのは可哀想だと言いついて行くことを許してくれた。母さんの中では僕は2歳児と大差ないんだろうか。
「どんなドラマの撮影なの?」
「えーっとね」
四月から放送されるドラマの第三話の撮影らしい。そのドラマは恋愛コメディで主人公が毎回別の男に恋をして失恋して行くと言う話でドラマオリジナル作品だと言う。母さんはその恋多き主人公の親友役で見せ場も多いんだとか。
ちなみに、母さんは誘拐の一件からマネージャーは事務所に事情を説明して解雇。自分にマネージャーをつけないでくれと打診して全て自己管理している。とは言っても事務所の相談してスケジュールや仕事内容を選んでいるため無理はないんだとか。直接担当して行動を共にすると言う人物がいないと言った具合だ。
「でもね…そもそも無理がある撮影なの」
「どうして?」
「聞いたでしょ?男性は少ない。その上働いてる人はもっと少なくて、俳優なんて人前に立つような仕事は選ぶ人はごくわずか。お金と頼み込みでなんとか出演があっても、質が悪くて作品としては男性を使ったと言う宣伝はできるもののクリエイターとしての満足度としては首を傾げたくなると言った感じかな」
「選りすぐりをする余裕がないってこと?」
「実際、一話は男装。二話は棒読み。そんなでも喜んで見る人が多いから困っちゃうわ」
ひどい話だ。プライドを持って仕事をすると言う概念がないのだろうか。僕は人の活動や仕事は本でしか読んだことがないけれど、懸命に仕事をする姿の方に胸を打たれた。
世の中の女性もそんな簡単に褒めたり喜んでしまっては努力の余地がなくなってしまう。ハードルはある程度高くあるべきだ。でも、素人が口を出すような話じゃないし、きっとその低いハードルを保つことでこの男性俳優という業界は成立しているんだろう。
「世の中の女性の多くは男性を求めている。だけど日常生活で男性との繋がりを持つのはごく僅かな人、ドラマやバラエティに出るだけで話題になる。そんな感じね」
その状態で『男性とはそういう生き物』と割り切っているから質が思わなくても楽しめると言ったところだろうか。
「毎話違う男性キャラクターを出すのはいいけれど12人も用意しきれるのかわからないけど、企画が通ってしまってスタッフは血眼よ」
不穏な空気が漂っているのかなと鏡越しの母さんの顔から想像する。母さんが渋っていたのは僕が外に出ることもそうだけど外の空気感に染まることも嫌がっているのかなと思った。
染まるほど外を知らないし、自分で取捨選択くらいできるのに。
撮影の現場に到着した。僕が来ているのは内緒のようでフードを深く被り母さんは事務所の人間が見学に来たと説明して僕は首から見学者の札をぶら下げる。顔を隠しても警戒されないとは母さんの免罪符というものが大きいのか管理が甘いのかどうなんだ。
「さて、見学者用の椅子あそこにあるから座ってて!変な人についてっちゃダメよ。じゃあいくね」
そう言って母さんはスタッフさんたちの方へ向かった。僕は指された方へ歩いて向かう。
「あの…見学者の方ですよね」
「はい」
男とバレない方がいいのかと思い。小さい声で少し作った声で返事をする。
「今日の撮影でエキストラが必要なところがありまして…ご協力とかって可能ですか?あんまり集まらなかったんです!」
僕はどうしたものかと悩ませていると続けて話す。
「あの台詞もないですし、出演料もお支払いするのでどうですか?」
それ以前の問題だと思うが、困った様子の人を無視することもできない。それに僕は今見学者の立場、協力するのが筋であろう。だから、折衷案として向こうから諦めてもらうということにした。
僕は立ち上がり、彼女の手を引いて物陰へ連れ込む。
「あの…えっと…私、やることあるんですけどぉ…」
彼女と手を繋いだまま反対の手でフードを外す。
「…………っ!!!!!?!?」
「こういう事情でエキストラの件は諦めてもらえると嬉しいんですよね」
彼女は僕の顔を見て固まってしまった。数秒固まったのちに繋いでいる手を見て再び僕の方へ目を向ける。その様子が面白くて微笑んだ。
「逢引…」
「それならもっとロマンチックに誘ってみせますよ」
彼女は目をキラキラさせている。
「男性ですよね?」
「そうですよ」
「私に触ってますけどいいんですか?」
「嫌でしたか?」
「全く!もっと触ってほしいです!!」
小動物みたいで可愛らしく頭を髪型を崩さないように撫でた。そこからしばらく無言の時間が続いた。
「卯城~!!」
「は、はい! 呼ばれちゃいました。エキストラの件は了解しました。幸せな時間でした王子様!!」
そう言って彼女は走って行った。3回ほどこちらを振り返って名残惜しそうにしていたのは気のせいじゃないと思う。
「本当に男というだけで価値が生まれてしまうんだな」
フードを被り戻る。この言葉僕自身の受けた反応や対応と共に、入ってきた男性に対しての周りの反応について思った。
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