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第3話
第3話 出発 (30)
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私達はただ落ちていき、別々の空間へとワープした。おそらくフィシャは向こう側のパイプの上にワープしているのだろう。
その間にはパイプや機器が乱立しており、今私のいる空間からは死角となっている。
私のいる橋は開けた空間となっており、もうじきここに軍人がワープしてくる。
「普通の空間」ならば、私は圧倒的に不利だ。だが、今は違う。
私はここの空間をハッキングしてめちゃくちゃにしたのだ。
私はその橋から2メートルほど離れた別の橋へと飛び移る。
そして先ほどまでいた橋が傾き始め、70度ほどの急斜面と化す。
そこに軍人がワープし、滑り落ちそうになるが、なんとか機械の足でその斜面を蹴り、ここまで飛んでくる。
だが、私にとってそれは想定内の事であった。
「今です。足を撃ってください。」
横から放たれた銃弾は足にぶつかり、それを撥ねたものの少し銃弾が当たった部分から煙が出ていた。私は軍人がこちらへ飛んでくる前に、その橋からまた飛び降りる。
飛び降りた先の橋では、また別の軍人が私を待ち構えていたかのごとく銃を構えて立っていた。
おそらく応援を呼んだのだろう。
そこからまた私を追っている軍人が追いつき、一本道の橋の上で私を挟み撃ちに追い込んだ。
銃声が2発撃たれ、片方の軍人は倒れ、追いかけていた軍人は足を抱えた。
フィシャが援護射撃をしているのだ。
私はその一瞬の隙のうちにワープし、この場から消える。
その後に出た空間は、空中で、2メートル下の広間に落ちていこうとしていた。
私は着地し、そのまま銃弾の飛び交う雑踏を走り抜け、その先に私をつけてワープしてきた軍人に銃弾を放つ。
向こうは雑踏の中私の事が見えていなかったが、私は軍人がワープしてくるであろう空間を把握していた。
軍人は戸惑いながらも通信機を手にとり、応援を呼ぶ。
私は何もない場所に銃弾を乱射し、周りの囚人達を混乱させる。
「おい今の銃声なんだ!?」「仲間が流れ弾にやられた!ここはやべえぞ!」
囚人たちが軍人達の行く手を阻み、私はその群衆を避けながら空間の歪みへと飛び込もうとする。
「遅いですね。」
その瞬間、私の腕をみると、服が破け、血が出ているのがわかった。
銃弾が腕の皮膚を少しかすったのだ。
歪みの前には案の定さっきの青くさい機械の足の軍人が立ちはだかっていた。持っている銃の銃口から煙が出ており、この一瞬の間に私に一撃をくらわせたのだろう。
やはりこの軍人は足が速いのだ。
私は後ろへ方向転換し、走り出す。
「逃走者発見!応援を頼む!」
だが、10メートル走った先には軍人たちが包囲しており、一斉に私に向けて銃弾の雨を降らせる。
私はなんとかそれをジャンプで避け、軍人の肩を踏み台にしてさらに1メートルほど上にある歪みへと飛び込んだ。
その先の空間では機械足の軍人が待ち受けており、一気に私のいる橋へと飛んできた後、銃弾を放つ。
「今です」
私は銃弾を避けた後、フィシャに向けて伝える。
バン!
前と横から、同時に銃弾を放ったのだ。
軍人は私の放った銃弾はなんとか避けるものの、もう片方の銃弾には直撃してしまったのか、機械足から発する電流はさらに激しいものとなっていた。
軍人はなんとか受け身をとるも、立ち上がるまでの間に隙が生まれていた。
ーーーうわああああ!どうすんだよこれええ!!ーーーー
おそらく向こうにも応援が来たのだろう。無線機であるリストバンドの向こうからは激しい銃弾の音とフィシャの悲鳴が聞こえる。
私は橋から飛んで、3メートル先にあるパイプをつきやぶり、軍人達に銃弾を乱射する。
おそらく、フィシャがいる事も向こうにはバレてしまったのだろう。
彼女自身の力と私の援護によりなんとか包囲していた軍人達は撃退できたが、おそらくフィシャが隠れて私の援護をしている事は通信により向こうに知られてしまっている。
「ここから逃げてください。」
私達は二手に分かれ、橋から飛び降りる。
すると空中から突然機械足の軍人が上から飛びかかってくる。
このままではまずい。
軍人につかまれたまま動けず、下に落ち、そのまま別の空間へとワープする。
私の恐怖が最高潮に達した時、銃声が聞こえた。
それはフィシャの放った銃弾であった。
銃弾は軍人の腕の皮膚をかすり、軍服の袖が赤く濡れる。
私の動きを抑制していた、先ほどまで苦しいほど力の入っていた腕の力が抜け、もう片方の腕もそれを抑えるのに必死であった。
私も落ちた距離が短かったので打撲で済んだものの、床に直撃した背中は激しく痛む。
それでもなんとか立ち上がり、軍人がひるんでいるうちに背後へと迫る。
だが、軍人は銃弾が当たらなかったほうの手で銃を握り、私へと銃弾を放つ。
私はなんとかかがみ、それから足元を蹴って転ばせようとするが、それは避けられてしまった。
軍人が再びトリガーを引こうとした時、フィシャが軍人の背後に見えた。
フィシャは飛び蹴りをかまそうとするも、軍人はそれに気付き、それを避けた後に、フィシャの肩に銃弾を放つ。
なんとか直撃は避けられたものの、それもまたフィシャの囚人服の肩の部分を赤く染め、銃弾が触れたのを物語っていた。
「距離をとってください!」
私達は後ろへと飛び、一旦形勢を戻そうとする。
近距離戦では私達が圧倒的に不利だ。
機械足の軍人は足が早く瞬発力も並大抵のものではないので、近距離戦に持ち込まれると一瞬でやられてしまう。半端な距離が空いていたとしても、彼特有の足の速さによって一気に近距離戦に持ち込まれてしまうし、攻撃をよける事ができない。
しかし、また一気に距離を詰められてしまう。
軍人が私の方へと駆け寄ってきたのだ。
私は逃げた先に空間の歪みがあるのを知っていたのでなんとか近距離は避けられたが、ワープした先の空間でも軍人と私との距離はわずか5メートルほどだった。また、私の逃げる先の方向には応援の軍人達がいる。
だが、好都合なことがあった。
その向こうには空間調整のための機械の子機があり、それを撃てばこのあたりの空間が歪み、なんとかここを切り抜けることができる。
「赤いランプの光る機械を撃ってください!」
多くの銃声が同時に聞こえ、それぞれが別の方向を向いていた。二方の銃弾の雨は私に向かっており、その中でひとつだけ、機械へ向かって飛ぶ銃弾があった。
あのひとつの銃弾が機械に直撃しなければ、空間は歪まずに、私は銃弾の雨にやられてしまう。
そうなった場合でも逃げることは考えてあるものの、生還率には不安なものがあり、負傷は覚悟した方がいいだろう。
その一瞬、私は心拍数が上がるのを直で感じながら、逃げる構えをとっていた。
フィシャの放った1発の銃弾に運命が託されているのだ。
私の目の前まで銃弾が迫ったその時、空間がバグったように分裂し、バラバラになったパズルのピースのように空間自体がその位置を立体的に変え続けた。
私もなんとか銃弾が直撃する前にワープする事ができ、距離をとる事ができた。
だが、空間が急に歪んだのもあり、重力もそれに伴いめちゃくちゃになっている。また、それが身体に影響を与えないわけがなかった。
まず吐き気が襲い、そして一瞬三半規管がおかしくなり、気を失いそうになった。
これ以上空間の歪みがおかしくなれば身体にもこれ以上に大きな異常をきたすだろう。それが過ぎるとある程度症状が落ち着くが、依然としてふわふわとした浮遊感やめまいはいまだ私の動きを邪魔していた。
だが向こうも同じ事になっているらしく、応援の軍人は気絶し倒れ、機械足の軍人も頭を抱えかがんでいた。
だが、これからこれ以上恐ろしい振動が襲う事を私は知っている。
私の計算が正しければ、中央のコントロールルームでこれからパルス爆発が起き、私達も巻き込まれるだろう。
いや、あえて巻き込ませないと、この作戦は失敗と言うにふさわしい。
パルス爆発が起きれば、機械足は一時的に機能を失い、彼は動けなくなる。
そしてその動けなくなったタイミングを狙い、私達はサブのコントロールルームへと逃走し、その後に軍人のいる空間を別の場所へと飛ばすのだ。
間違えても彼の命を奪うような事はあってはいけない。そうなると面倒だ。
今の時点でもうすでに戦闘開始から3分経過しており、あと2分でそれを行わなければならない。
ここからは短期戦だ。
私は右斜め前へと走り、そのまま橋の手すりからジャンプし、2メートル先の歪みへと飛び込む。
すると重力が上方向へと切り替わり、私はコウモリのように宙返りをして天井の橋の上へと着地した。
私は軍人の頭上、フィシャは軍人のいる橋の横にある横方向の重力に沿って立っている。軍人から見れば空中に浮く壁に浮いているような形だろう。
重力の方向がめちゃくちゃになっている中、重力が集中し、その中心に軍人がいる。
私達は軍人向かって銃弾を連射する。
今がチャンスなのだ。
ある程度距離もあり、重力の方向の問題もあり無闇にこちらに近づくこともできない。
重力の方向もそこに集中しているので、あちら側に銃弾を撃てばおのずと中心の軍人に集まる。
だが、それは慢心にすぎなかった。
軍人は壊れつつある機械足をバチバチと鳴らし、それにめぐらされた青い光源が光り出す。
まずい。このままでは時間の流れを遅くされる。それも「向こうにとって」。
それが何を意味するか明らかであった。このまま何もしなければ3秒後には一瞬で2人ともやられる。
相手にとって時間の流れが遅くなるのであって、私達にとって「向こうにとって」遅くなった時間は短く、一瞬で過ぎる。それに彼自身の足の速さが足されてしまえば、恐ろしい事態になるだろう。
今の軍人は時間を遅くする準備段階に入っている。
軍人が構えをとっている中、周りの空間が魚眼レンズに映った風景のように、軍人を中心にわん曲する。軍人の足の光源の光もいっそう強くなり、あたり一体を青く照らす。
軍人を中心に空間が歪み、軍人の足の放つ光源はあたり一体を照らしている様は、まるで軍人が恒星で、私達がそれに引っ張られて動く惑星のようなものであった。
軍人に重力が集中し、辺りの空間もそれに引っ張られている様からも、それは恒星と惑星の公転を想起させた。
重力の方向と光が織りなす一時的かつ奇跡的にできたこの空間は、機械足の軍人が作り出す別世界と化していた。
それどころではないのに、私はそんな美しい光景に恍惚さえしそうになった。
そんな中私は考えた。「あえて軍人に近づき、軍人が時間を遅くする前にそのわん曲した空間へと飛び込めば、遠くへワープし、逃げる事ができるのではないか?」と。
時間を遅くしたからといって、向こうもその間に走り、私達の元へと行き、攻撃しないといけないので、移動時間はかかるだろう。その移動時間で遅くした時間全てを使わせてしまえば、被害は最小限に抑えられるのではないか?
一か八かにはなってしまうが、やってみる価値は十分にあるだろう。
「軍人に向かって急接近してください!」
フィシャは一瞬戸惑いをあらわにするものの、それどころではないのを察してかすぐに走り出し、軍人の方向に向かって飛ぶ。
私も軍人に向かって床(軍人視点では天井と呼ぶべきか)を蹴り、軍人に向かって飛びかかった。
私達と軍人の距離が目と鼻の先まで迫った時、一瞬軍人の姿が消えたのが見えた後、一気に視界がノイズに覆われ、別の空間へと飛ばされた。
私は一瞬安堵したが、そうではない事はその後に襲った痛みと共に知る事になった。
肩に激しい痛みと熱が走り、おそるおそるそこを見ると、出血している事がわかった。
私は慌てて肩を手でふさぐ。血が赤く服と手を濡らした。
すると私は背後に気配を感じ、急いでかがんだ。
頭上を脚がかすり、髪を揺らした。
一瞬でここまで移動し、銃弾をくらわせ、飛び蹴りをかまそうとしていたのだ。
「あなたは最善を尽くしました。ですが遅かったようですね。少なくとも私はあなたの命を奪う命令はされてません。私は投降するのを勧めます。私自身も新人でして…あまり人の命は奪いたくないのですよ…」
軍人自身も震えており、うつむき表情を帽子の影に隠している事からも、言っている事に偽りがない事がわかった。
ーーー痛っってえ!!!なんでいつのまに…!ーーー
向こうもやられたようだ。どこを撃たれてしまったのかわからないが、致命的な場所でない事を祈ろう。向こうに私達の命を奪うような意志はないようだし、流石にその確率も低いだろう。
だが、こんな状況なのに関わらず、私は相変わらず微笑んでいた。
「どうでしょうね、あなたはこの光景を見て、まだあなたにとって有利な状況といえるのでしょうか…?」
私はそう軍人に問いかける。
間に合ったのだ。
橋の向こう、背後に佇む巨大なコントロールルームの上の空中に、小さな人影が2つ落ちていくのが見えた。
その後、それはコントロールルームへと落ちて光を放つ。
そしてその後に、とてつもなく大きい爆発音が鼓膜を揺らした。
私はそこに向かって指を差した。
「くそっ…そういう事だったのか…」
軍人の機械足の光は消え、それに従いバランスを失った脚はことごとく倒れ、膝をついたままその光景を見つめていた。
その後にパルス爆発の影響が出たのか、私達は共に卒倒する。
周りの物体や空間、私達自身の体だけでなく、体内の内臓や血までもを揺らす細かいかつ巨大な素早い揺れは、私達を具合悪くするのに十分であり、強烈な吐き気が襲った。
フィシャの身にも同じ現象が起こっているのか、通信機からは彼女の声は聞こえず、変わりに振動音と「うぐっ…」といううめき声のみが聞こえた。
しばらくして、私達は意識を戻すが、軍人だけがかがんだまま動けず、手で這いつくばってなんとか私に近づこうとしていた。だが、手も銃弾で負傷しているせいで、痛みであまり進めずにいた。
「屈辱的だ…私はあの方に見せる顔がない…」
軍人はただ、うつむいてそう言った。
「まぁ、不老不死になってたら話は別ですが、あなたはまだ若いんです。少なくとも精神的にはですよ。ですから無理に抵抗してその命を無駄にせず、『あの方』とやらに状況を説明した方が身のためだと思います。」
私は、彼の事を前もって調べ上げており、彼の言う「あの方」の事も知っていた。
だからこそ、彼の行く先に私は心を痛めた。
作戦を失敗した彼の運命は決まっていて、その運命を変える事はできないのだ。
でもだからといってそれを明かせばこの作戦、いや、この先に私がしようとする事すら頓挫してしまうだろう。
今は状況上、彼を生かしておくしかないのだ。私は感情を抑えながら、ただ微笑んでそう言った。
私は立ち去り、その後にフィシャと合流してサブのコントロールルームへと向かう。
そこは無人で、セキュリティシステム含めすべて機械で動いていたらしく、それが機能しない今、侵入は案外容易にできた。
フィシャは脚のももを銃弾がかすったのか、彼女の足取りはすこし心許なくふらついており。負傷部をおさえながら歩いていた。だが、直撃はしなかったのかなんとか痛みの中歩けているようだった。
機械足の軍人である青年は、ただ無念そうに私達を見つめることしかできていなかった。
私は機器を操作し、軍人をここからできるだけ離れた空間へとワープさせる。
私は、変えることのできない青年の運命を変えられるかもしれないなんて無茶な期待を抱えながら、できるだけ遠くの空間へと彼を送った。
その間にはパイプや機器が乱立しており、今私のいる空間からは死角となっている。
私のいる橋は開けた空間となっており、もうじきここに軍人がワープしてくる。
「普通の空間」ならば、私は圧倒的に不利だ。だが、今は違う。
私はここの空間をハッキングしてめちゃくちゃにしたのだ。
私はその橋から2メートルほど離れた別の橋へと飛び移る。
そして先ほどまでいた橋が傾き始め、70度ほどの急斜面と化す。
そこに軍人がワープし、滑り落ちそうになるが、なんとか機械の足でその斜面を蹴り、ここまで飛んでくる。
だが、私にとってそれは想定内の事であった。
「今です。足を撃ってください。」
横から放たれた銃弾は足にぶつかり、それを撥ねたものの少し銃弾が当たった部分から煙が出ていた。私は軍人がこちらへ飛んでくる前に、その橋からまた飛び降りる。
飛び降りた先の橋では、また別の軍人が私を待ち構えていたかのごとく銃を構えて立っていた。
おそらく応援を呼んだのだろう。
そこからまた私を追っている軍人が追いつき、一本道の橋の上で私を挟み撃ちに追い込んだ。
銃声が2発撃たれ、片方の軍人は倒れ、追いかけていた軍人は足を抱えた。
フィシャが援護射撃をしているのだ。
私はその一瞬の隙のうちにワープし、この場から消える。
その後に出た空間は、空中で、2メートル下の広間に落ちていこうとしていた。
私は着地し、そのまま銃弾の飛び交う雑踏を走り抜け、その先に私をつけてワープしてきた軍人に銃弾を放つ。
向こうは雑踏の中私の事が見えていなかったが、私は軍人がワープしてくるであろう空間を把握していた。
軍人は戸惑いながらも通信機を手にとり、応援を呼ぶ。
私は何もない場所に銃弾を乱射し、周りの囚人達を混乱させる。
「おい今の銃声なんだ!?」「仲間が流れ弾にやられた!ここはやべえぞ!」
囚人たちが軍人達の行く手を阻み、私はその群衆を避けながら空間の歪みへと飛び込もうとする。
「遅いですね。」
その瞬間、私の腕をみると、服が破け、血が出ているのがわかった。
銃弾が腕の皮膚を少しかすったのだ。
歪みの前には案の定さっきの青くさい機械の足の軍人が立ちはだかっていた。持っている銃の銃口から煙が出ており、この一瞬の間に私に一撃をくらわせたのだろう。
やはりこの軍人は足が速いのだ。
私は後ろへ方向転換し、走り出す。
「逃走者発見!応援を頼む!」
だが、10メートル走った先には軍人たちが包囲しており、一斉に私に向けて銃弾の雨を降らせる。
私はなんとかそれをジャンプで避け、軍人の肩を踏み台にしてさらに1メートルほど上にある歪みへと飛び込んだ。
その先の空間では機械足の軍人が待ち受けており、一気に私のいる橋へと飛んできた後、銃弾を放つ。
「今です」
私は銃弾を避けた後、フィシャに向けて伝える。
バン!
前と横から、同時に銃弾を放ったのだ。
軍人は私の放った銃弾はなんとか避けるものの、もう片方の銃弾には直撃してしまったのか、機械足から発する電流はさらに激しいものとなっていた。
軍人はなんとか受け身をとるも、立ち上がるまでの間に隙が生まれていた。
ーーーうわああああ!どうすんだよこれええ!!ーーーー
おそらく向こうにも応援が来たのだろう。無線機であるリストバンドの向こうからは激しい銃弾の音とフィシャの悲鳴が聞こえる。
私は橋から飛んで、3メートル先にあるパイプをつきやぶり、軍人達に銃弾を乱射する。
おそらく、フィシャがいる事も向こうにはバレてしまったのだろう。
彼女自身の力と私の援護によりなんとか包囲していた軍人達は撃退できたが、おそらくフィシャが隠れて私の援護をしている事は通信により向こうに知られてしまっている。
「ここから逃げてください。」
私達は二手に分かれ、橋から飛び降りる。
すると空中から突然機械足の軍人が上から飛びかかってくる。
このままではまずい。
軍人につかまれたまま動けず、下に落ち、そのまま別の空間へとワープする。
私の恐怖が最高潮に達した時、銃声が聞こえた。
それはフィシャの放った銃弾であった。
銃弾は軍人の腕の皮膚をかすり、軍服の袖が赤く濡れる。
私の動きを抑制していた、先ほどまで苦しいほど力の入っていた腕の力が抜け、もう片方の腕もそれを抑えるのに必死であった。
私も落ちた距離が短かったので打撲で済んだものの、床に直撃した背中は激しく痛む。
それでもなんとか立ち上がり、軍人がひるんでいるうちに背後へと迫る。
だが、軍人は銃弾が当たらなかったほうの手で銃を握り、私へと銃弾を放つ。
私はなんとかかがみ、それから足元を蹴って転ばせようとするが、それは避けられてしまった。
軍人が再びトリガーを引こうとした時、フィシャが軍人の背後に見えた。
フィシャは飛び蹴りをかまそうとするも、軍人はそれに気付き、それを避けた後に、フィシャの肩に銃弾を放つ。
なんとか直撃は避けられたものの、それもまたフィシャの囚人服の肩の部分を赤く染め、銃弾が触れたのを物語っていた。
「距離をとってください!」
私達は後ろへと飛び、一旦形勢を戻そうとする。
近距離戦では私達が圧倒的に不利だ。
機械足の軍人は足が早く瞬発力も並大抵のものではないので、近距離戦に持ち込まれると一瞬でやられてしまう。半端な距離が空いていたとしても、彼特有の足の速さによって一気に近距離戦に持ち込まれてしまうし、攻撃をよける事ができない。
しかし、また一気に距離を詰められてしまう。
軍人が私の方へと駆け寄ってきたのだ。
私は逃げた先に空間の歪みがあるのを知っていたのでなんとか近距離は避けられたが、ワープした先の空間でも軍人と私との距離はわずか5メートルほどだった。また、私の逃げる先の方向には応援の軍人達がいる。
だが、好都合なことがあった。
その向こうには空間調整のための機械の子機があり、それを撃てばこのあたりの空間が歪み、なんとかここを切り抜けることができる。
「赤いランプの光る機械を撃ってください!」
多くの銃声が同時に聞こえ、それぞれが別の方向を向いていた。二方の銃弾の雨は私に向かっており、その中でひとつだけ、機械へ向かって飛ぶ銃弾があった。
あのひとつの銃弾が機械に直撃しなければ、空間は歪まずに、私は銃弾の雨にやられてしまう。
そうなった場合でも逃げることは考えてあるものの、生還率には不安なものがあり、負傷は覚悟した方がいいだろう。
その一瞬、私は心拍数が上がるのを直で感じながら、逃げる構えをとっていた。
フィシャの放った1発の銃弾に運命が託されているのだ。
私の目の前まで銃弾が迫ったその時、空間がバグったように分裂し、バラバラになったパズルのピースのように空間自体がその位置を立体的に変え続けた。
私もなんとか銃弾が直撃する前にワープする事ができ、距離をとる事ができた。
だが、空間が急に歪んだのもあり、重力もそれに伴いめちゃくちゃになっている。また、それが身体に影響を与えないわけがなかった。
まず吐き気が襲い、そして一瞬三半規管がおかしくなり、気を失いそうになった。
これ以上空間の歪みがおかしくなれば身体にもこれ以上に大きな異常をきたすだろう。それが過ぎるとある程度症状が落ち着くが、依然としてふわふわとした浮遊感やめまいはいまだ私の動きを邪魔していた。
だが向こうも同じ事になっているらしく、応援の軍人は気絶し倒れ、機械足の軍人も頭を抱えかがんでいた。
だが、これからこれ以上恐ろしい振動が襲う事を私は知っている。
私の計算が正しければ、中央のコントロールルームでこれからパルス爆発が起き、私達も巻き込まれるだろう。
いや、あえて巻き込ませないと、この作戦は失敗と言うにふさわしい。
パルス爆発が起きれば、機械足は一時的に機能を失い、彼は動けなくなる。
そしてその動けなくなったタイミングを狙い、私達はサブのコントロールルームへと逃走し、その後に軍人のいる空間を別の場所へと飛ばすのだ。
間違えても彼の命を奪うような事はあってはいけない。そうなると面倒だ。
今の時点でもうすでに戦闘開始から3分経過しており、あと2分でそれを行わなければならない。
ここからは短期戦だ。
私は右斜め前へと走り、そのまま橋の手すりからジャンプし、2メートル先の歪みへと飛び込む。
すると重力が上方向へと切り替わり、私はコウモリのように宙返りをして天井の橋の上へと着地した。
私は軍人の頭上、フィシャは軍人のいる橋の横にある横方向の重力に沿って立っている。軍人から見れば空中に浮く壁に浮いているような形だろう。
重力の方向がめちゃくちゃになっている中、重力が集中し、その中心に軍人がいる。
私達は軍人向かって銃弾を連射する。
今がチャンスなのだ。
ある程度距離もあり、重力の方向の問題もあり無闇にこちらに近づくこともできない。
重力の方向もそこに集中しているので、あちら側に銃弾を撃てばおのずと中心の軍人に集まる。
だが、それは慢心にすぎなかった。
軍人は壊れつつある機械足をバチバチと鳴らし、それにめぐらされた青い光源が光り出す。
まずい。このままでは時間の流れを遅くされる。それも「向こうにとって」。
それが何を意味するか明らかであった。このまま何もしなければ3秒後には一瞬で2人ともやられる。
相手にとって時間の流れが遅くなるのであって、私達にとって「向こうにとって」遅くなった時間は短く、一瞬で過ぎる。それに彼自身の足の速さが足されてしまえば、恐ろしい事態になるだろう。
今の軍人は時間を遅くする準備段階に入っている。
軍人が構えをとっている中、周りの空間が魚眼レンズに映った風景のように、軍人を中心にわん曲する。軍人の足の光源の光もいっそう強くなり、あたり一体を青く照らす。
軍人を中心に空間が歪み、軍人の足の放つ光源はあたり一体を照らしている様は、まるで軍人が恒星で、私達がそれに引っ張られて動く惑星のようなものであった。
軍人に重力が集中し、辺りの空間もそれに引っ張られている様からも、それは恒星と惑星の公転を想起させた。
重力の方向と光が織りなす一時的かつ奇跡的にできたこの空間は、機械足の軍人が作り出す別世界と化していた。
それどころではないのに、私はそんな美しい光景に恍惚さえしそうになった。
そんな中私は考えた。「あえて軍人に近づき、軍人が時間を遅くする前にそのわん曲した空間へと飛び込めば、遠くへワープし、逃げる事ができるのではないか?」と。
時間を遅くしたからといって、向こうもその間に走り、私達の元へと行き、攻撃しないといけないので、移動時間はかかるだろう。その移動時間で遅くした時間全てを使わせてしまえば、被害は最小限に抑えられるのではないか?
一か八かにはなってしまうが、やってみる価値は十分にあるだろう。
「軍人に向かって急接近してください!」
フィシャは一瞬戸惑いをあらわにするものの、それどころではないのを察してかすぐに走り出し、軍人の方向に向かって飛ぶ。
私も軍人に向かって床(軍人視点では天井と呼ぶべきか)を蹴り、軍人に向かって飛びかかった。
私達と軍人の距離が目と鼻の先まで迫った時、一瞬軍人の姿が消えたのが見えた後、一気に視界がノイズに覆われ、別の空間へと飛ばされた。
私は一瞬安堵したが、そうではない事はその後に襲った痛みと共に知る事になった。
肩に激しい痛みと熱が走り、おそるおそるそこを見ると、出血している事がわかった。
私は慌てて肩を手でふさぐ。血が赤く服と手を濡らした。
すると私は背後に気配を感じ、急いでかがんだ。
頭上を脚がかすり、髪を揺らした。
一瞬でここまで移動し、銃弾をくらわせ、飛び蹴りをかまそうとしていたのだ。
「あなたは最善を尽くしました。ですが遅かったようですね。少なくとも私はあなたの命を奪う命令はされてません。私は投降するのを勧めます。私自身も新人でして…あまり人の命は奪いたくないのですよ…」
軍人自身も震えており、うつむき表情を帽子の影に隠している事からも、言っている事に偽りがない事がわかった。
ーーー痛っってえ!!!なんでいつのまに…!ーーー
向こうもやられたようだ。どこを撃たれてしまったのかわからないが、致命的な場所でない事を祈ろう。向こうに私達の命を奪うような意志はないようだし、流石にその確率も低いだろう。
だが、こんな状況なのに関わらず、私は相変わらず微笑んでいた。
「どうでしょうね、あなたはこの光景を見て、まだあなたにとって有利な状況といえるのでしょうか…?」
私はそう軍人に問いかける。
間に合ったのだ。
橋の向こう、背後に佇む巨大なコントロールルームの上の空中に、小さな人影が2つ落ちていくのが見えた。
その後、それはコントロールルームへと落ちて光を放つ。
そしてその後に、とてつもなく大きい爆発音が鼓膜を揺らした。
私はそこに向かって指を差した。
「くそっ…そういう事だったのか…」
軍人の機械足の光は消え、それに従いバランスを失った脚はことごとく倒れ、膝をついたままその光景を見つめていた。
その後にパルス爆発の影響が出たのか、私達は共に卒倒する。
周りの物体や空間、私達自身の体だけでなく、体内の内臓や血までもを揺らす細かいかつ巨大な素早い揺れは、私達を具合悪くするのに十分であり、強烈な吐き気が襲った。
フィシャの身にも同じ現象が起こっているのか、通信機からは彼女の声は聞こえず、変わりに振動音と「うぐっ…」といううめき声のみが聞こえた。
しばらくして、私達は意識を戻すが、軍人だけがかがんだまま動けず、手で這いつくばってなんとか私に近づこうとしていた。だが、手も銃弾で負傷しているせいで、痛みであまり進めずにいた。
「屈辱的だ…私はあの方に見せる顔がない…」
軍人はただ、うつむいてそう言った。
「まぁ、不老不死になってたら話は別ですが、あなたはまだ若いんです。少なくとも精神的にはですよ。ですから無理に抵抗してその命を無駄にせず、『あの方』とやらに状況を説明した方が身のためだと思います。」
私は、彼の事を前もって調べ上げており、彼の言う「あの方」の事も知っていた。
だからこそ、彼の行く先に私は心を痛めた。
作戦を失敗した彼の運命は決まっていて、その運命を変える事はできないのだ。
でもだからといってそれを明かせばこの作戦、いや、この先に私がしようとする事すら頓挫してしまうだろう。
今は状況上、彼を生かしておくしかないのだ。私は感情を抑えながら、ただ微笑んでそう言った。
私は立ち去り、その後にフィシャと合流してサブのコントロールルームへと向かう。
そこは無人で、セキュリティシステム含めすべて機械で動いていたらしく、それが機能しない今、侵入は案外容易にできた。
フィシャは脚のももを銃弾がかすったのか、彼女の足取りはすこし心許なくふらついており。負傷部をおさえながら歩いていた。だが、直撃はしなかったのかなんとか痛みの中歩けているようだった。
機械足の軍人である青年は、ただ無念そうに私達を見つめることしかできていなかった。
私は機器を操作し、軍人をここからできるだけ離れた空間へとワープさせる。
私は、変えることのできない青年の運命を変えられるかもしれないなんて無茶な期待を抱えながら、できるだけ遠くの空間へと彼を送った。
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大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
戦艦大和、時空往復激闘戦記!(おーぷん2ちゃんねるSS出展)
俊也
SF
1945年4月、敗色濃厚の日本海軍戦艦、大和は残りわずかな艦隊と共に二度と還れぬ最後の決戦に赴く。
だが、その途上、謎の天変地異に巻き込まれ、大和一隻のみが遥かな未来、令和の日本へと転送されてしまい…。
また、おーぷん2ちゃんねるにいわゆるSS形式で投稿したものですので読みづらい面もあるかもですが、お付き合いいただけますと幸いです。
姉妹作「新訳零戦戦記」「信長2030」
共々宜しくお願い致しますm(_ _)m
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