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猫手水晶

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第3話

第3話 出発 (29)

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私はリディグと呼ばれる男にただついてきていた。
私は困惑していた。始まりは昨日の事だった。上の「ミサという金髪の女がイリーアと共にいるだろう。彼女を脅して情報を引き出せ。」という命令に従い、それをただ遂行しただけであったが、今はそのチームを抜け、イリーアに協力している。
私は見事に失敗し、意識を失った後に、閉ざされた空間で拘束されていた。
あの時のイリーアは、本当に恐ろしく、睨んでおらずともわかる、影のかかった静かな威圧をともなうおそろしいながらも美しい顔は、ただ私を見下ろしていた。その手には銃が握られており、銃口は冷徹に私に向けられていた。
私は恐ろしさのあまり、ただ震えながら絶句し、味方を裏切り彼女に従う事しかできなかった。
ちくしょう…なんでこうなるんだよ…
私はただ生きるために奪っているだけだし、そのチームには信頼できる仲間もいた。
1日にしてそれは崩れ、いまや私はかつてのチームの裏切り者になってしまっていたんだ。
上の者の命令に背くと始末されてしまうし、だからといってイリーアに背いても命がない状態だった。
どうしようもなかったんだ。
確かにそれは屈辱的ではあったが、それ以上にこれから自分の身がどうなってしまうのかという恐怖心の方が大きかった。イリーアに逆らえば命はないが、この要塞で私がかつて仲間だったチームの一員に遭遇してしまっても始末されてしまうおそれがある。なので、かつて仲間だった者と会わないようにしながら要塞を突破するのは難しい事に思えた。だが、案外遭遇する事はなかった。
なぜなら私達は他の囚人が立ち入ることのないような、裏道を進んでいたからだ。
先ほど要塞に到着し、要塞に隠されたシステムルームへの通路を見つけ出し、そしてその先にあるトラップを突破し、私を連れてそこから脱出する。
それをするのにかかった時間は、たったの5分だった。
正直私にも意味がわからなかった。次々に絶体絶命な状態を軽々とこなし、元からわかっていたといわんばかりに正しい行動と私への指示を行う彼の動きは、もはや不気味に思えるほど無駄が削がれたものだった。
彼は私の前をただ歩き続けている。
時間がないというのに、やけに落ち着いた足取りで歩き続けている。
「もうすぐ私達の前に軍人が立ちはだかります、全部見られているという事ですね。ですが安心してください。戦闘を行う際の援護方法を私が戦いながら指示するので、私の指示にしたがって動けば切り抜けられますよ。」
悠長に説明するリディグに対し、私は口を開く。
「でも、どうすりゃいいんだ…?多分もう見られてんなら袋小路に私らが言ったとたんにリンチされるんじゃないのか…?」
すると彼は微笑み、笑いながら答えた。
「ハハハ、大丈夫ですよ。ご安心ください。ちゃんと事前にここを調べた上で最善の作戦を考えてありますので。」
彼には頼もしさもあったが、もはや不気味さすら感じた。
「おそらく今から5分後、このままのペースで歩き続ければ袋小路につきあたります。そしておそらく軍人が天井の空間を歪ませ上方から降ってきて、私達を追い詰めるでしょう。ですがそれは対策してあるのでご安心ください。私実はそこのシステムを少しいじらせて頂いておりましてね、追い詰められたとたん床の空間が歪み、床が抜けたみたいに下に落ちる事ができるんです、いわば落とし穴に自分から入っていくみたいな感じですね。」
「お前本当にすげえな…なんかもう怖さすら感じるぜ…」
「ハハハ、私はイリーアさんみたいなすさまじい身体能力には劣るかもしれませんがこういうのは得意なんですよ。向こうが小細工でしかけてくるならこっちも小細工で応じるまでです。おそらくこれから来る軍人も、身体に小細工を施している可能性は高いですし。」
「身体に小細工ってことは、その軍人はサイボーグってことか?」
「察しがいいですね、その通りです。その軍人はおそらく身体施術を受けており、並の人間の強さではないでしょう。また、空間の歪みを活用したり、最悪の場合時間の流れを遅くして私達に攻撃を仕掛ける可能性だってあります。こうなってしまうと私達は圧倒的に不利ですね。」
「ならどうするんだ…やばくねえか…?」
私は恐ろしくなって彼に聞いた。
「絶対に大丈夫…とは一概に言えないかもしれませんが、高確率で助かると予測できる方法がありますよ。なのでご安心ください。」
「絶対に」という保証がない事に少し不安をおぼえたが、それをしなければ助からないから結局やるしかねえって事だな。
「わかった。やるぜ、ところで私は何をすりゃいいんだ?」
「このまま私と一緒に袋小路まで歩き、軍人に追い詰められてください。その先は二手に分かれましょう。私が軍人をひきつけておくので、あなたはその隙を狙い影から撃ってください。なるべく軍人に見つからないようにしてくれると助かります。動く方向等や場所等は私がその都度通信で伝えるのでよろしくお願いします。」
「もし他にも軍隊がいたら…?」
私達に立ちはだかる軍人は1人とは限らない。逃げた先で包囲されてしまう可能性だってある。
「大丈夫ですよ、その際の対処法も考えてありますし、逃げた先の空間や設備だって大体把握してるんです。空間の歪みができやすい空間や向こうによって故意にコントロールできる空間や設備も大体把握しているので。」
その言葉には確かな信頼感があり、私達はこのまま歩き続けた。
「ここを切り抜けた後に私たちは複数あるシステムルームのうち、中心のシステムルームに直接繋がっている予備用の部屋があるので、そこでハッキングを行い中心の部屋に混乱を起こすのですが、そこに移動するのに2分、ハッキングに3分かかる事を想定すると、戦闘にかけられる時間はわずか5分です。短期決戦で挑みましょう。」
しばらく歩いた後、リディグは思い出したように言った。
「あと、これから私達を追い詰める軍人の命は奪わないでください、彼の命を奪ってしまっては私側としても面倒なので。」
何がリディグにとって面倒くさい事になるのか疑問には思ったが、どっちみち従わないと私の命はないだろうし、そもそももう時間がないので、その事は聞かない事にした。
すると、リディグが先ほど言った通り、行き止まりの袋小路にさしかかった。私が見る限り逃げ道はない。

「こんにちは、あなたに話があって来ました…もし不審な動きがあれば実力行使を行いますのでくれぐれも大人しくついて来るように…」
先ほどリディグが言っていた軍人の男が、私達の退路を塞ぐようにして立ちはだかった。
まだあどけなさが残る若い青年の軍人で、彼の片足は施術を施してあるからなのか、軍服が途切れ片足だけハーフパンツのようになっていた。その片足はくすんだ銀色で、鉄のような素材でできており、横には青いランプが点灯していた。まだ軍に入ったばかりの新人のせいか、言っている事とは裏腹に、声色は心許ないし体も震えていた。
リディグが彼に対して生かしておくと言っていたのは彼に対して憐れみを感じたのかと一瞬思ったがそうでもなさそうだ。
私達の前に立ち塞がる片足に施術を施した軍人の姿は、それだけで威圧感を与えるには十分だった。
「ごきげんよう、そして、さようなら。」
リディグはそう言って彼に向かって微笑み、そのまま下に落ちた。
私もリディグと共に下の空間へと落ちた。
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