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第5話 謎の青年
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……家族どころか、今まで救ってきたはずの使用人達にも裏切られていたことを知った衝撃。
それに私は少なくない衝撃を受けていたが……
「っ!」
「キシャァァァぁぁぁぁッ!」
……しかし、立ち直る時間さえ魔境は与えてくれなかった。
突然現れた異形から私は逃げ惑うこととなっていた。
後ろから私に迫る異形、それは魔獣と呼ばれる謎の生命体。
いや、生命があるのかどうかさえ未だ分かっていない。
「ぅぁっ!」
「ケシャァァッ!」
ただ一つ、明らかになっていることは酷く凶暴で、人を食す存在であること。
私は必死に足を動かして逃げ惑う。
後ろから迫ってくる異形、その存在に私は生理的な嫌悪感を覚える。
現在、この逃走劇を未だ私が続けていられるのはただの偶然だった。
魔獣のほとんどは人間など比にならない身体能力を有している。
幾ら私がある程度鍛えていたなんて言っていても、そんなものが通用する次元ではない。
だが、ここが魔境であるという本来ならば不幸でしかない状況が私の命を今まで長引かせていた。
それは、魔境の魔獣同士の獲物の取り合い。
魔境にいる強力な魔獣が、私というたった一つの獲物を求めて現れ、突発的な魔獣同士の戦闘が始まることで私はこれまで命を長らえてきた。
「は、はぁ、はぁ……」
……けれども逃走劇が長くは続かないことを私は悟っていた。
時間にして十数分以上、その間ずっと足を全力で動かして逃げてきた私の身体はもう限界を迎えていたのだ。
息が上手くできなくて、足が、いや身体が鉛のように重い。
………そして何より、生きたいという願いが頭に浮かばないのだ。
異形から感じる嫌悪感を原動力に今まで私は必死に逃走劇を続けてきた。
……けれどもその間ずっと、心はもう死にたいと、そうささやいていた。
必死に今まで身を捧げ、クラッスター家の繁栄に尽力してきた私。
けれども、その結果は最悪の裏切り。
……その後に私の胸に残ったのはどうしようもない虚無だった。
母に言われ、自分を捧げたクラッスター家。
けれども、そんなものには何の意味も無かった。
自分を削りクラッスター家を支えて、その結末私が得たのは家族の嫉妬。
「あ、あはは……」
……そして、そんな状況を改めて理解した瞬間、私の足は止まっていた。
口に浮かぶのは嘲笑。
それは未来に何が待っているのかも知らず、ただただ破滅に向かって全速力で駆け抜けていった自分への嘲り。
立ち止まった私へと、異形の大きな牙が迫る。
その牙に身体を貫かれた時、私はあっさりと命を落とすだろう。
……でも、もうそれでもよかった。
このまま私は誰にも知られず、竜神への生贄という役目さえ果たすことができず命を失うのだろう。
だが、それは今の負け犬の自分に最も相応しい末路に違いない。
だから、私は迫り来る死を受け入れるように目を閉じようとして……
「ぅぁ?」
ーーー その直前に、私を食い殺そうとしていた異形の身体は爆散した。
何が起きたのか、死を覚悟して思考を止めていた私には一瞬何も分からなかった。
「……何でこんな場所に人間がいる」
「っ!」
けれども次の瞬間、この場に降り立った美貌の青年の姿に私の頭は動き始めた。
先程、異形を吹き飛ばしたのは宮中の魔導師たちが集まって構築しなければ放てない戦略級の魔術であったこと。
青年の様子を見る限り、先程の魔術を放ったのはこの美貌の青年であること。
ーーー そして、私はなんとか生き残ったこと。
そのことを理解した瞬間、死の危機から解放された安堵で私の身体から力が抜けた。
「はぁ……手のかかる」
そしてその私の様子にため息を漏らしながらも、抱きとめてくれた青年から伝わる暖かさに、私の身体からはさらに力が抜けてしまて……
「ぁ、」
……気づけば私の意識は強烈な眠気に、侵されていた。
薄れる視界の中でも、十分に美しさが伝わってくる青年の横顔を見ながら、私はこのままでは眠ってしまって青年にお礼を言うことができないな、なんて思って。
その考えを最後に、私の意識は途切れたのだった。
それに私は少なくない衝撃を受けていたが……
「っ!」
「キシャァァァぁぁぁぁッ!」
……しかし、立ち直る時間さえ魔境は与えてくれなかった。
突然現れた異形から私は逃げ惑うこととなっていた。
後ろから私に迫る異形、それは魔獣と呼ばれる謎の生命体。
いや、生命があるのかどうかさえ未だ分かっていない。
「ぅぁっ!」
「ケシャァァッ!」
ただ一つ、明らかになっていることは酷く凶暴で、人を食す存在であること。
私は必死に足を動かして逃げ惑う。
後ろから迫ってくる異形、その存在に私は生理的な嫌悪感を覚える。
現在、この逃走劇を未だ私が続けていられるのはただの偶然だった。
魔獣のほとんどは人間など比にならない身体能力を有している。
幾ら私がある程度鍛えていたなんて言っていても、そんなものが通用する次元ではない。
だが、ここが魔境であるという本来ならば不幸でしかない状況が私の命を今まで長引かせていた。
それは、魔境の魔獣同士の獲物の取り合い。
魔境にいる強力な魔獣が、私というたった一つの獲物を求めて現れ、突発的な魔獣同士の戦闘が始まることで私はこれまで命を長らえてきた。
「は、はぁ、はぁ……」
……けれども逃走劇が長くは続かないことを私は悟っていた。
時間にして十数分以上、その間ずっと足を全力で動かして逃げてきた私の身体はもう限界を迎えていたのだ。
息が上手くできなくて、足が、いや身体が鉛のように重い。
………そして何より、生きたいという願いが頭に浮かばないのだ。
異形から感じる嫌悪感を原動力に今まで私は必死に逃走劇を続けてきた。
……けれどもその間ずっと、心はもう死にたいと、そうささやいていた。
必死に今まで身を捧げ、クラッスター家の繁栄に尽力してきた私。
けれども、その結果は最悪の裏切り。
……その後に私の胸に残ったのはどうしようもない虚無だった。
母に言われ、自分を捧げたクラッスター家。
けれども、そんなものには何の意味も無かった。
自分を削りクラッスター家を支えて、その結末私が得たのは家族の嫉妬。
「あ、あはは……」
……そして、そんな状況を改めて理解した瞬間、私の足は止まっていた。
口に浮かぶのは嘲笑。
それは未来に何が待っているのかも知らず、ただただ破滅に向かって全速力で駆け抜けていった自分への嘲り。
立ち止まった私へと、異形の大きな牙が迫る。
その牙に身体を貫かれた時、私はあっさりと命を落とすだろう。
……でも、もうそれでもよかった。
このまま私は誰にも知られず、竜神への生贄という役目さえ果たすことができず命を失うのだろう。
だが、それは今の負け犬の自分に最も相応しい末路に違いない。
だから、私は迫り来る死を受け入れるように目を閉じようとして……
「ぅぁ?」
ーーー その直前に、私を食い殺そうとしていた異形の身体は爆散した。
何が起きたのか、死を覚悟して思考を止めていた私には一瞬何も分からなかった。
「……何でこんな場所に人間がいる」
「っ!」
けれども次の瞬間、この場に降り立った美貌の青年の姿に私の頭は動き始めた。
先程、異形を吹き飛ばしたのは宮中の魔導師たちが集まって構築しなければ放てない戦略級の魔術であったこと。
青年の様子を見る限り、先程の魔術を放ったのはこの美貌の青年であること。
ーーー そして、私はなんとか生き残ったこと。
そのことを理解した瞬間、死の危機から解放された安堵で私の身体から力が抜けた。
「はぁ……手のかかる」
そしてその私の様子にため息を漏らしながらも、抱きとめてくれた青年から伝わる暖かさに、私の身体からはさらに力が抜けてしまて……
「ぁ、」
……気づけば私の意識は強烈な眠気に、侵されていた。
薄れる視界の中でも、十分に美しさが伝わってくる青年の横顔を見ながら、私はこのままでは眠ってしまって青年にお礼を言うことができないな、なんて思って。
その考えを最後に、私の意識は途切れたのだった。
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