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離縁の準備
番外編 暗躍者達
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「あの女狐が……!」
暗い部屋の中、自分の怒声が響く。
それがどれだけ無意味な事だと理解しても、私は自分の激情を抑えることはできなかった。
「あの女、ライラ・ドリュードさえいなければ……!」
「ガズリア様、もうドリュードではなくスリラリアですぞ」
いらだちを増す声が響いたのはその時だった。
にらみつけるとそこにいたのは、悪徳商会と名高いアズバルド商会の商会長たる太った男。
アズバルドだった。
「重ねて言うなら、もうバルダリアと言うべきですかな」
「黙れ! 私は認めぬ!」
そう言いながら、私の頭にもう一人憎たらしい男が浮かぶ。
我が息子にして、私を公爵家当主の立場から引きずり落とした男、アルダムが。
「くそ、どいつもこいつも憎たらしい……! ことごとく私の邪魔ばかりしよって!」
そう叫びながら、私は机に拳を振り下ろす。
アルダムは確かに才にはあふれた男だった。
大きな魔力を持ち、戦いの才能はあり、そして頭も切れる。
ただ、あまりにも甘すぎる男だった。
「獣の森で泣くものをなくす、現実もしらない男が……!」
何も知らない青い男。
だから私はいらないと捨てた。
そのはずなのに、あいつはいつの間にかバルダリア領で名声を得始めていた。
それでも、それだけであの男が私の立場を危うくさせることなどあり得ないはずだった。
──それこそ、あの豊穣の女神と呼ばれるあの女がよけいな事をしなければ。
「……くそ! 殺してやる! どうして分からないのだ! 私のやり方こそが最善の方法であると!」
「まあまあ、落ち着いてください。決して今の状況も損だけではないでしょうに」
その声に、私はアズバルドに目をやる。
この男とは長年のつきあいになるが、私は決して好きな男ではなかった。
ただ、それでも飲み込んでつきあわないといけない位にはこの男は有能だった。
しかし今、アズバルドが言った言葉は普段の切れがまるでない腐抜けた言葉だった。
「損だらけに決まっておろうが!」
「ですが、これでドリュード伯爵家が我らの味方になると思いませんか?」
そうにやにやと笑うアズバルドを目にし、ようやく私はアズバルドに普段の切れがない理由を悟る。
……この男は、ドリュード家当主マキシムを見ていなかったと。
「それが最大の不幸だ」
「なぜですか? ドリュード家といえば決して小さな貴族とは」
「貴様にマキシムという当主の特徴を教えてやる」
そう言いながら、私は思い出す。
かつては最高の駒と喜んだ男の存在を。
「あやつは毒よ」
「毒……?」
「ああ。味方をじわじわと蝕んでいく、決してうちに入れてはならぬ男よ」
アズバルドの表情が変わったのはその時だった。
「つまり我らは……!」
「そうよ。我らは体よく押しつけられたのよ」
アズバルドの表情が苦虫を噛み潰したようなものとなったのはその時だった。
「覚えておけ、アズバルド。あやつらは青く、つけ込む隙は多い。──だが、しぶとく頭が切れるぞ」
「……頭に入れておきます」
そう告げたアズバルドに私は舌打ちを漏らす。
……部屋の中は変わらず、薄暗いままだった。
◇◇◇
更新空いてしまい申し訳ありません……!
次回は日曜日には更新できればと考えております。
なお、次回からアルダム視点となります。
暗い部屋の中、自分の怒声が響く。
それがどれだけ無意味な事だと理解しても、私は自分の激情を抑えることはできなかった。
「あの女、ライラ・ドリュードさえいなければ……!」
「ガズリア様、もうドリュードではなくスリラリアですぞ」
いらだちを増す声が響いたのはその時だった。
にらみつけるとそこにいたのは、悪徳商会と名高いアズバルド商会の商会長たる太った男。
アズバルドだった。
「重ねて言うなら、もうバルダリアと言うべきですかな」
「黙れ! 私は認めぬ!」
そう言いながら、私の頭にもう一人憎たらしい男が浮かぶ。
我が息子にして、私を公爵家当主の立場から引きずり落とした男、アルダムが。
「くそ、どいつもこいつも憎たらしい……! ことごとく私の邪魔ばかりしよって!」
そう叫びながら、私は机に拳を振り下ろす。
アルダムは確かに才にはあふれた男だった。
大きな魔力を持ち、戦いの才能はあり、そして頭も切れる。
ただ、あまりにも甘すぎる男だった。
「獣の森で泣くものをなくす、現実もしらない男が……!」
何も知らない青い男。
だから私はいらないと捨てた。
そのはずなのに、あいつはいつの間にかバルダリア領で名声を得始めていた。
それでも、それだけであの男が私の立場を危うくさせることなどあり得ないはずだった。
──それこそ、あの豊穣の女神と呼ばれるあの女がよけいな事をしなければ。
「……くそ! 殺してやる! どうして分からないのだ! 私のやり方こそが最善の方法であると!」
「まあまあ、落ち着いてください。決して今の状況も損だけではないでしょうに」
その声に、私はアズバルドに目をやる。
この男とは長年のつきあいになるが、私は決して好きな男ではなかった。
ただ、それでも飲み込んでつきあわないといけない位にはこの男は有能だった。
しかし今、アズバルドが言った言葉は普段の切れがまるでない腐抜けた言葉だった。
「損だらけに決まっておろうが!」
「ですが、これでドリュード伯爵家が我らの味方になると思いませんか?」
そうにやにやと笑うアズバルドを目にし、ようやく私はアズバルドに普段の切れがない理由を悟る。
……この男は、ドリュード家当主マキシムを見ていなかったと。
「それが最大の不幸だ」
「なぜですか? ドリュード家といえば決して小さな貴族とは」
「貴様にマキシムという当主の特徴を教えてやる」
そう言いながら、私は思い出す。
かつては最高の駒と喜んだ男の存在を。
「あやつは毒よ」
「毒……?」
「ああ。味方をじわじわと蝕んでいく、決してうちに入れてはならぬ男よ」
アズバルドの表情が変わったのはその時だった。
「つまり我らは……!」
「そうよ。我らは体よく押しつけられたのよ」
アズバルドの表情が苦虫を噛み潰したようなものとなったのはその時だった。
「覚えておけ、アズバルド。あやつらは青く、つけ込む隙は多い。──だが、しぶとく頭が切れるぞ」
「……頭に入れておきます」
そう告げたアズバルドに私は舌打ちを漏らす。
……部屋の中は変わらず、薄暗いままだった。
◇◇◇
更新空いてしまい申し訳ありません……!
次回は日曜日には更新できればと考えております。
なお、次回からアルダム視点となります。
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