旦那様、離縁の準備が整いました〜才女が限界を迎えたら〜

影茸

文字の大きさ
上 下
19 / 40
離縁の準備

第十八話

しおりを挟む
「と、当主様、今はまだ準備ができていなくて……!」

 固まる私に変わり、カリアが必死に声を上げてくれる。
 しかし、そんなことであの非常識の塊たるマキシムが止まることはなかった。

「そうか、ならなおさら良いではないか!」

「……っ!」

 下世話な喜びに声を震わせたマキシムが強引に扉を開こうとしたのは時だった。
 咄嗟に、カリアが扉を押さえる。

「何をしておる! これは命令だ! 扉からどけ!」

 あかない扉に、みる間にマキシムの声が不機嫌になる。
 しかし、それに対しカリアは一歩も引かなかった。

「いえ、私は……!」

 何を言おうとしたのか分からない。
 ただ、大きな瞳に涙を浮かべ、必死に扉を押さえるその姿。
 それが私を思うからであることを私が分からない訳がなかった。

 ……私が少しでも怖じ気付いた自分を恥じたのは、その時だった。

「もう大丈夫よ、カリア。どうぞお入りください、旦那様」

 私の言葉にカリアが本気で問いかけるような瞳を向けてくる。
 それに私は力強くうなづく。
 もう、心に迷いはなかった。
 そんな私を確認し、カリアが扉を押さえる力を弱める。

「ライラ! ……なんだ、もう着替えておるではないか」

 次の瞬間、晴れ着に身を包む私に私に告げたマキシムの第一声はそれだった。
 その姿に私の中に改めてどうしようもないという思いが浮かぶ。
 ……目の前の男には私に対する気遣いなどは絶対にないのだろう。
 その思いを一瞬で思いこみ、私はあえて恥ずかしげに顔を隠して見せる。

「……恥ずかしいですわ、マキシム様。私は完璧な装いになってから旦那様の前に姿を見せたかったのに」

「そんなこと気にする必要はない! 私はどんな姿だって気にしないのだからな」

 ああ、やはり話が通じない。
 その事を理解し、私は端的に怒りを伝えることにした。

「私が気にするのです。どうして、約束通り、私の着替えを待ってくれなかったのですか?」

 怒りを意図的に滲ませた声。
 それにようやく私の意図を理解したマキシムが無言で顔を背ける。

「そ、それは他の客に事前に紹介したくて……」

「それはやめてほしい、そう話は決まっていたでしょう?」

 そう告げると、今度こそマキシムは顔をうつむかせる。
 ……それは本当にいつもの光景だった。
 マキシムが私との約束を守ってくれたことなどあり得ないのだから。
 そして今、マキシムはさらに厄介なやり方を覚えていた。

「いいからついてこい……! 代わりに私はガズリア殿との会見を行わないと誓っただろう!」

 ……自分の都合が悪い時をごまかす手段として、ガズリアの名前を出すことを。
 その態度に私はどうしようもなくため息がでそうになる。
 しかし、その気持ちを抑えて私は笑って見せる。

 ──いつか全てを思い知らせてやる、そう内心で誓いながら。

「ええ、お付き合いさえていただきますわ」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話

ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。 完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

罪なき令嬢 (11話作成済み)

京月
恋愛
無実の罪で塔に幽閉されてしまったレレイナ公爵令嬢。 5年間、誰も来ない塔での生活は死刑宣告。 5年の月日が経ち、その塔へと足を運んだ衛兵が見たのは、 見る者の心を奪う美女だった。 ※完結済みです。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!

つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。 他サイトにも公開中。

処理中です...