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離縁の準備
第十八話
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「と、当主様、今はまだ準備ができていなくて……!」
固まる私に変わり、カリアが必死に声を上げてくれる。
しかし、そんなことであの非常識の塊たるマキシムが止まることはなかった。
「そうか、ならなおさら良いではないか!」
「……っ!」
下世話な喜びに声を震わせたマキシムが強引に扉を開こうとしたのは時だった。
咄嗟に、カリアが扉を押さえる。
「何をしておる! これは命令だ! 扉からどけ!」
あかない扉に、みる間にマキシムの声が不機嫌になる。
しかし、それに対しカリアは一歩も引かなかった。
「いえ、私は……!」
何を言おうとしたのか分からない。
ただ、大きな瞳に涙を浮かべ、必死に扉を押さえるその姿。
それが私を思うからであることを私が分からない訳がなかった。
……私が少しでも怖じ気付いた自分を恥じたのは、その時だった。
「もう大丈夫よ、カリア。どうぞお入りください、旦那様」
私の言葉にカリアが本気で問いかけるような瞳を向けてくる。
それに私は力強くうなづく。
もう、心に迷いはなかった。
そんな私を確認し、カリアが扉を押さえる力を弱める。
「ライラ! ……なんだ、もう着替えておるではないか」
次の瞬間、晴れ着に身を包む私に私に告げたマキシムの第一声はそれだった。
その姿に私の中に改めてどうしようもないという思いが浮かぶ。
……目の前の男には私に対する気遣いなどは絶対にないのだろう。
その思いを一瞬で思いこみ、私はあえて恥ずかしげに顔を隠して見せる。
「……恥ずかしいですわ、マキシム様。私は完璧な装いになってから旦那様の前に姿を見せたかったのに」
「そんなこと気にする必要はない! 私はどんな姿だって気にしないのだからな」
ああ、やはり話が通じない。
その事を理解し、私は端的に怒りを伝えることにした。
「私が気にするのです。どうして、約束通り、私の着替えを待ってくれなかったのですか?」
怒りを意図的に滲ませた声。
それにようやく私の意図を理解したマキシムが無言で顔を背ける。
「そ、それは他の客に事前に紹介したくて……」
「それはやめてほしい、そう話は決まっていたでしょう?」
そう告げると、今度こそマキシムは顔をうつむかせる。
……それは本当にいつもの光景だった。
マキシムが私との約束を守ってくれたことなどあり得ないのだから。
そして今、マキシムはさらに厄介なやり方を覚えていた。
「いいからついてこい……! 代わりに私はガズリア殿との会見を行わないと誓っただろう!」
……自分の都合が悪い時をごまかす手段として、ガズリアの名前を出すことを。
その態度に私はどうしようもなくため息がでそうになる。
しかし、その気持ちを抑えて私は笑って見せる。
──いつか全てを思い知らせてやる、そう内心で誓いながら。
「ええ、お付き合いさえていただきますわ」
固まる私に変わり、カリアが必死に声を上げてくれる。
しかし、そんなことであの非常識の塊たるマキシムが止まることはなかった。
「そうか、ならなおさら良いではないか!」
「……っ!」
下世話な喜びに声を震わせたマキシムが強引に扉を開こうとしたのは時だった。
咄嗟に、カリアが扉を押さえる。
「何をしておる! これは命令だ! 扉からどけ!」
あかない扉に、みる間にマキシムの声が不機嫌になる。
しかし、それに対しカリアは一歩も引かなかった。
「いえ、私は……!」
何を言おうとしたのか分からない。
ただ、大きな瞳に涙を浮かべ、必死に扉を押さえるその姿。
それが私を思うからであることを私が分からない訳がなかった。
……私が少しでも怖じ気付いた自分を恥じたのは、その時だった。
「もう大丈夫よ、カリア。どうぞお入りください、旦那様」
私の言葉にカリアが本気で問いかけるような瞳を向けてくる。
それに私は力強くうなづく。
もう、心に迷いはなかった。
そんな私を確認し、カリアが扉を押さえる力を弱める。
「ライラ! ……なんだ、もう着替えておるではないか」
次の瞬間、晴れ着に身を包む私に私に告げたマキシムの第一声はそれだった。
その姿に私の中に改めてどうしようもないという思いが浮かぶ。
……目の前の男には私に対する気遣いなどは絶対にないのだろう。
その思いを一瞬で思いこみ、私はあえて恥ずかしげに顔を隠して見せる。
「……恥ずかしいですわ、マキシム様。私は完璧な装いになってから旦那様の前に姿を見せたかったのに」
「そんなこと気にする必要はない! 私はどんな姿だって気にしないのだからな」
ああ、やはり話が通じない。
その事を理解し、私は端的に怒りを伝えることにした。
「私が気にするのです。どうして、約束通り、私の着替えを待ってくれなかったのですか?」
怒りを意図的に滲ませた声。
それにようやく私の意図を理解したマキシムが無言で顔を背ける。
「そ、それは他の客に事前に紹介したくて……」
「それはやめてほしい、そう話は決まっていたでしょう?」
そう告げると、今度こそマキシムは顔をうつむかせる。
……それは本当にいつもの光景だった。
マキシムが私との約束を守ってくれたことなどあり得ないのだから。
そして今、マキシムはさらに厄介なやり方を覚えていた。
「いいからついてこい……! 代わりに私はガズリア殿との会見を行わないと誓っただろう!」
……自分の都合が悪い時をごまかす手段として、ガズリアの名前を出すことを。
その態度に私はどうしようもなくため息がでそうになる。
しかし、その気持ちを抑えて私は笑って見せる。
──いつか全てを思い知らせてやる、そう内心で誓いながら。
「ええ、お付き合いさえていただきますわ」
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