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3.妖精のなりそこない

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 「巫山戯るな!」

 乳母の声は、その16歳程度の少女にしか見えない外見に反した力強いものだったか、父親の動きが止まったのは一瞬のことだった。
 すぐに乳母へと標的を変えてさらに叫ぶ。

 「この時期に、まだカラムが魔法を使えないということの意味さえも分からないのか!」

 「っ!」

 その一言で、俺はやっと父親が錯乱した理由を悟った。
 つまり、先天的魔法使いとして認められる時期はもう既に過ぎ去ってしまったということを。
 
 ーーー俺は両親の期待に応えることが出来なかった、というその事実を。

 







 事実を突きつけられた衝撃に、俺はただただ乳母の腕の中で身体を縮めることしか出来なかった。

 「カラムを離して」

 だが、まだ今は決して落ち込んでいられる状況などではなかったことをその声が俺に思い出させる。
 その声の主、つまり母親は先ほどと変わらぬ笑みを顔に浮かべていた。

 「いえ、そういえば私に子供はいなかったわね」

 だが、その目に宿った冷たい光の中に俺は映っていなかった。
 そして、彼女の言葉とその目を見て、俺はあることを悟る。

 ーーーつまり、今のままでは俺は居なかったものとして殺されるのでは無いか、ということを。

 その瞬間、身体にまた恐怖が蘇る。
 母親の顔に張り付いた変わらぬ笑み。
 それが俺が先天的魔法使いで無いと彼女が悟った時から俺を殺そうと考えていたこと証拠だった。
 そして、母親が手から炎の球を出現させた瞬間、俺は濃密な死の気配に動くことさえ出来なくなった。
 時々乳母が発動する魔法が子供の遊びだったのでは無いか、そう思ってしまう威力。
 そこで俺の頭に、母親がこの家に嫁いできた先天的魔法使いだったという父親の言葉がよぎる。
 
 「お待ちください、奥様」

 それなのに、密着した乳母からは心臓が高鳴っている様子もなかった。
 その彼女のあまりにも冷静な様子に、僕だけでなく、頭に血が上った父親や母親さえも落ち着きを取り戻りしていく。

 「まだ坊っちゃまは後継候補です」

 ーーーそしてその言葉が俺の命を救った………

 









 ここで我が家の状態の説明なのだが、実はまだ我が家には俺以外の子供はいない。
 まだ、両親が若いというのもあってこれから子供が生まれるかどうかはわからないのだが、とにかく現段階ではこの先を知りようが無いのだ。
 そして両親は自分達が衝動的になっていたことを悟り、乳母の言葉に冷静さを取り戻して、臨戦態勢を解いた。

 「今だけだ」

 だが、その言葉で俺は決して安全は永遠のもので無いことを悟った。
 そして、どれだけこの家が難しい状況にいたかということも。
 だが、父親はそれ以上言うことなくその場を去った。
 
 「ねぇ、サトラ?あなた優しいのね」

 だが、母親だけはその場に残っていた。
 俺は一瞬の間を置いて、彼女が乳母に話しかけたことを悟る。
 だが、今まで頑として名前を呼ぼうとしなかったのに、何故今はこんなに親しげに名前を?

 「もしかして、同類に感じてるの?」

 「っ!」

 その答えは直ぐにわかった。
 母親の言葉に、今まで毅然とした態度だった乳母、サトラの顔色が変わる。

 「調子にのるなよ、精霊のなりそこない」

 「ぐっ!」

 そして母親はサトラのその動揺を愉悦を隠さない表情で嘲笑い、今度は俺の方へと振り向いた。
 その目は、欲望に、怒りに、憎しみに燃えていて、俺は言葉を失う。
 そして母親はその俺の耳元に口を寄せた。

 「私の望みの最初から邪魔しやがって!後継が生まれたら私を虚仮にしたあんたは殺す」

 そう囁く母親はただの悪魔だった。
 俺は彼女から距離を取ろうとするが、腕が引きつって上手く動かない。

 「非魔法使いだけにはなるな」

 彼女は最後にそう告げて、部屋を後にした。

 ーーー部屋の中に取り残されたのは、呆然とヘタリ込む俺と、唇を固く噛みしめるサトラだけだった。










 前世でも覚えがない過酷な状況。
 それに耐えかねて、俺の大人としての精神がバラバラに崩れていくのが分かる。
 そして、その後に俺の目の前に残ったのは、両親の期待に応えることができず捨てられた、その事実だった。

 「うぇっ!」

 涙が目から溢れ出そうになって、俺は目を手で抑えた。
 今はサトラに救ってもらったおかげで死の危険は直ぐにはない。
 だが、決して俺の置かれている状況が好転したわけではない。
 それに安全も、今だけの限定的なものだ。
 だから直ぐに何か手を考えなくてはならない。
 その他にも、妖精になりそこないや、非魔法使いという俺が知らない言葉も知りたい。
 
 「うぇっ!」

 だが、そこで俺は決壊した。
 涙が後から後から流れ出る。
 それはいくら目を手で抑えても止まることがなくて、俺は焦る。
 
 「大丈夫」

 「っ!」

 ーーーだが、その時俺は誰かに後ろから抱きつかれた。

 急いで俺は振り払おうとしたが、抱きついてきたのがサトラだとわかった瞬間、動きが止まった。
 それは両親にしてもらえなかったもので、とても温かくて。
 気づいたから、さらに泣きじゃくっていた。
  まるで子供のように鼻水まで垂らしながら。

 そしてそのまま俺は眠りに落ちるまでサトラの身体にしがみついていたが、彼女が俺を振り払う方はなかった。
 
 だが、俺は知らない。

 ーーー寝ている俺の頭を撫でるサトラの顔が、何かを哀れむように悲しく歪んでいたということを。
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