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第29話

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 「お綺麗ですわ!」

 そんな感嘆が込められた声に私は正面に飾られた鏡へと目をやりました。
 するとそこには白を基調としたドレスに身を包んだ自分の姿が映っています。
 当たり前だがそれはいつも着ているものとは比にならないほど素敵なもので……

 「……ありがとうございます」

 ……けれども、その姿を見ても私の心には何の感情も湧いてきませんでした。
 いつもならばこんな素敵なドレスを着ることがあれば私の胸は少なからず高鳴っていたことでしょう。
 けれども、今日に限っては私はただただ虚しさしか感じませんでした。
 何せ、一番着飾った姿を見せたいとそう望む人間はもうこの国にはいないのですから。

 「……あの、お気に召されなかったのでしょうか?」

 「っ!」

 ですが、仕立ててくれた女性の不安げな声に私は今は落ち込んでいる場合でないことをおもいだしました。

 「いえ、そんなことはありませんわ。あまりの素敵さに少し驚いてしまっただけなのです」

 「そうでしたか!」

 私のフォローに顔を輝かせる女性。
 彼女は純粋に私の言葉に喜んでいて、その姿に誤魔化すために思ってもいないことを言ってしまった私の胸に罪悪感が走ります。

 「今からが楽しみですわね!」

 しかし、その内心を私は笑顔の後ろに隠しました。
 今からは絶対に気を緩めてはいけない場面でした。
 そう、例えどれだけ気落ちしていても、それを顔に出してはならない程の。

 「そ、その……一体どなたをお選びになる予定なのですか?」

 「ふふ。それは秘密です!」

 だから、私は顔を真っ赤にして好奇心からそんな風に訪ねてきた女性にそう微笑んで答えました。
 まるで今からのことが楽しみで仕方がないとでもいうように。

 ……必死にその胸に走る痛みを無視しながら。






 ◇◆◇







 着付けをした後、直ぐに私はとある一室へと案内されました。

 「シリア様!」

 「美しい……」

 そこは若い様々な貴族達がいる部屋でした。
 そこには様々な豪華な食事が並び、そして楽団がいる酷く豪華な飾り付けをされた場所。
 ただし、そこにいる若い貴族達の殆どは男性ですが。
 そう、その部屋は私が婚約者を選ぶ部屋だした。
 私が婚約者を選んで、それからその晩から結婚式が始まります。
 それが今日の予定。
 そして私が部屋に入った途端に全ての貴族達の目線がこちらへと集まりました。
 その目には好奇心と、そして私が自分を選んでくれるのではないかという期待が込められていました。

 しかし、それ以上は何も起こることがありませんでした。

 私、リオール王家と婚姻を結ぶことそれはその家の繁栄を約束されたのとほぼ同義です。
 それだけの力がリオールにはあり、そしてその力の恩恵を私の婚約した家の人間は受けることができるのです。
 けれども、そのことを分かってさえ私に声をかけようとするものはいませんでした。
 声をかけず、黙り込んでいる貴族達の頭に浮かんでいるのは、私に声をかけることに対する気恥ずかしさか、それとも私がもう既に婚約者を決めていると諦めているのか、どちらでしょう。
 たしかにこの時点で私が婚約者を決めていないのは明らかにおかしいでしょう。

 「……それでも、まだ正式に決まっていないならと、声をかけよる人間がいたってよろしいでしょうに」

 そして静まり返った広場の中、私はそう思わず漏らしてしまいました。
 例え婚約者を決めていたとしても、まだ決まっていない今ならばまだ可能性はあります。
 そして実際、私はここでだれかが声をかけてきたらその人間と婚約することを考えるつもりでした。 
 今、リオールが求めているのは決してマートラスとの親密な関係の架け橋ではありません。
 マートラスに存在する、有能な人物との親密な関係です。
 つまり、身分など何の関係もないです。
 ただ、その有能な人物と対等とまではいかなくとも、話そうと気概がある人物であれば。
 そしてリオールに尽くしてくれた人間にはきちんとマートラスである程度の爵位がもらえるよう取り計らう予定でした。
 けれども、私に話しかけようとする貴族は現れることはありませんでした。
 もしかしたらリオールの協力してくれた人間にはきちんと応えるという、そのことを伝えれば何人かは私に声をかけようとするでしょう。
 けれども、そこまで言ってようやく動くような人間に私は何の期待するつもりはありませんでした。
 そんな人間では、リオールの目的は果たせないでしょうから。

 「はぁ……」

 いつまでも変わらない状況、それに私は重い溜息をつきました。
 かなり長い時間待っていたものの、名乗り出ようとする人間はいませんでした。
 ならば私が前々から決めていた、この貴族の中では一番マシだと思える人間に声をかけるしかないでしょう。

 「ムラール・カラストル様」

 そして、そう私が声をかけた場所にいたのは1人の青年貴族でした。
 傲慢そうな笑みを顔に浮かべ、まるで自分に声がかるのが当たり前だと信じて疑っていなかったという様子の人間。
 そして公爵令息である彼は決して私の好きな人種ではありませんでした。
 けれども、この中にいる貴族の中では一番マシな人間で……

 「少し、お話よろしいでしょうか?」

 「えぇ。お待ちしておりました」

 だから私は自分の感情を抑え、そう声をかけました。

 ……私に声をかけられた時、ムラール様の顔が下劣に歪んだことに気づくこともなく。
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