次元の迷宮と再起の勇者

影茸

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第一章 次元迷宮

6.血塗れの地獄

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 明らかに向上している身体能力。
 そしてその衝撃に、戦闘中に呆然とする、という致命的な失態を犯していたことを、

 「なっ!」

 「ガガガッ!」

 ーーー俺は目の前まで迫ったゴブリンの爪を見て悟った。

 一瞬、自分の迂闊さに俺は舌打ちしそうになる。
 だが勿論、そんな暇などない。
 ゴブリンの鋭い爪は恐ろしい速度で俺の喉元へと迫っていて、態勢を崩ししてでも避けるべきか、それとも聖剣で防ぐべきか、その選択肢が俺の頭にうかぶ。
 俺は今から身体を逸らしてもゴブリンの攻撃は避けられないと、そう判断して聖剣を身体の前へと持ち上げた。

 「うぉぉぉおお!」

 だが、俺はゴブリンの爪を防ぎきれないとそう悟っていた。
 何故なら俺の力は、例え肉体強化を使い、その上全力を出してせいぜいゴブリンの力と対抗できる程度。
 この不意を打たれた形でゴブリンの怪力に張り合える訳がない。
 俺の目的はただ即死を避ける、それだけ。
 致命傷以下の負傷ならば、荒技だが直すことができる。
 だから俺は受け流すことさえも諦めていたのに、

 「ギガッ?」

 「なっ!」

 ーーー聖剣はゴブリンの爪を弾いていた。

 まるで自分がしたことではないように、鮮やかに弾かれるゴブリンの腕に俺は言葉を失う。
 だが、腕に残る感覚が俺の手で為したことを証明していて、まるで自分が自分でないような錯覚に陥る。
 受け流す、そんなある程度力を逸らした訳でもなく、真っ正面から弾く。
 それは明らかに今までの俺の能力を超えたものだった。
 もちろん、肉体強化は今も使っている。
 つまり、決して大幅な変化だとは言えない。
 
 ーーーそれでも、この短期間に何故か俺の身体はまるで一週間鍛えたかのように、成長していた。

 「何が……」

 全くもって意味がわからない不可解な現象。
 俺は何が起きたのかわからず、ただ掌を呆然と見つめる。
 
 「っ!」

 だが直ぐに、またゴブリンに襲われる可能性に気づた。
 
 ー成長しろよ!

 俺は自分にそう愚痴りながら、直ぐに顔を上げ、ゴブリンの爪が身体に届いていないことを確かめる。
 
 「ギギギ、」

 そして前を見ると、ゴブリンは腕を押さえて唸っていた。
 どうやら、腕を痛めたらしい。
 痛みに慣れいないのか、痛みに悶えるというより、痛みに驚愕しているといったゴブリンの様子は隙だらけだった。
 俺は、その絶好のチャンスに疑問を心のうちに押さえ込み、聖剣を強く握る。

 「ギガッ?!」

 そこでようやくゴブリンは俺の様子に、振り上げられた聖剣に気づく。
 だが、その時にはもう既に手遅れだった。
 
 「っっっっぅ!」
 
 何とか腕を頭の上に上げようとするゴブリンの、聖剣は腕ごと頭の半ばまで、切り裂き、ゴブリンは絶命した。








 「はぁ、はぁ、はぁ、」

 明らかに疲労が蓄積したことを示す、息切れ。
 
 「何だよ、これ、」

 ーーーだが、俺は笑っていた。

 身体はひどく疲労し、さらに自分とゴブリンの血で鎧に服は異臭を放つほど汚い。
 それどころか、凹んだ鎧は俺の身体を圧迫している。
 
 ーーーそれでも、今この死闘の中でさえ俺は生きている。

 急激な成長の効果は、決して身体能力だけではなかった。
 これまで約何時間戦ってきたかは知らない。
 そんな余裕は一切存在しなかった。
 だが、ただ一つ言えることは、今までならばこれだけ聖剣の力を使っていれば倒れていた。
 だが、今回は荒技を使った上でさえ、まだ倒れていない。

 「まぁ、多分倒れる寸前なんだろうが……」

 俺は苦々しく、そう自分の状態を呟いたが、目には先ほど違って強い光が灯っていた。
 
 ーもし、今まであのゴブリンの群れと戦って生きて来れたのが、この成長のおかげだとしたら。

 俺の頭にあったのは、その考えだけだった。
 今まで、不可解な現象としか思っていなかったこと。
 それはゴブリンとの死闘のせいで頭から抜け落ちていたが、もしそれが俺の実力によるものだとしたら、

 ーーーそれはこの場所から、生き残る可能性が僅かでも発生したということを示していた。

 「ぺ、」

 俺は血の混じった唾を吐く。
 決して俺は死のうとなど思っていたわけではない。
 それでも、あのゴブリンの群れから生き残れるなどとは思ってもいなかった。
 必死に虚勢を張って、何とか生き残ろうと、そう決意しているように見せていたが、

 ーーーそれだけで精一杯だった。

 だが、今は違う。
 本当に、勝ち目が出てきたのだ。
 その事実は、俺に新たな力を与える。
 
 「約束を果たす」

 俺は呟くように、改めて決意を固める。
 今まで言えなかった一言は、自然と出てきて、俺は自分の現金さに苦笑を漏らす。
 そしてどれだけ離されたのかと、ゴブリンの群れへ目をやって、

 「っ!」

 言葉を失った……






 
 ゴブリンの群れがいる場所は血で真っ赤になっていた。
 そしてゴブリンの死体が、それも四肢を欠陥したものが彼方此方に散らばっている。

 「な、何なんだよ、」
 
 ーーーだが、俺は一切ゴブリンを殺していなかった。

 理由は簡単。
 そんな余裕が無かったのだ。
 ただ必死に攻撃を避け、逃げ回るだけで精一杯だったのだ。
 だが、ゴブリンはかなりの数が死んでいる。
 そして、そのゴブリンを殺したのは、

 「ガガガッ!」

 ーーー同じゴブリン達だった。

 つまり、ゴブリン達は同士討ちをしていた。
 それも一匹一匹が無差別に暴れる乱戦。
 
 「そういうことかよ……」

 その光景に俺は、俺が今まで生き残れてきた理由を悟る。

 ーーーつまり俺の成長なんて関係なく、ただゴブリン達が乱戦していたため、俺が今生きていることを。

 「っ!」

 だが、俺の興味はもうそんなことになかった。
 俺はある場所に、目を止めてそして恐怖に目を見開いた。
 それは特にゴブリンが死んでいる場所。
 そしてそこには多数のゴブリンがいたが、戦闘は一切起こっていたない。

 「ギガッ!」

 「ギギギッ!」

 「ギガガッ!」
 
 そこにいるゴブリンは座り込んで、何かに顔を埋めていた。
 そして響く、生理的嫌悪を催すくちゃくちゃという音。
 あれはその音に、目の前の景色に顔をさらして逃げたい衝動にかられる。
 だが、それでも俺は首を動かせなかった。

 ーーーなぜならそこにいたゴブリン達は、同族の身体を、同属であったものを喰らっていたのだから。

 「っ!」

 俺は拳が震えていることに気づく。
 
 「地獄………」

 そして、その時俺の口から漏れた言葉は、まさに目の前の景色を示していた……
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