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18.正論

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 「は、?」

 ハルバールに頬を叩かれてから、数十秒後相楽が漏らしたのはそんな間の抜けた声だった。
 まるで何が起きたのか分からない、そんな顔で相楽はハルバールを見つめる。
 
 「貴方は、人に魔術を撃つということが、一般人に魔術を撃つことの危険を理解しているのですか?」

 「っ!」

 だが、その冷ややかなハルバールの声で相楽はやっと事態を理解する。
 
 ーーーそしてその瞬間、俺の方に向いた相楽の顔に浮かんでいたのは屈辱に対する、俺に対する怒りだった。

 「そうですか、ハルバールさんはそういうことがお嫌いな方ですか。無能相手なのに」

 しかし相楽はその怒りを素早く心の中に隠す。
 そしてにこやかに笑ってハルバールに話しかけるが、相楽が全くハルバールの思いを分かっていないのは明らかだった。

 ー だよな……

 俺はその相楽の態度を見て、溜息をつく。
 こいつらには俺のことを思いやることなど一切しないだろう。
 相楽からすれば俺は同じ人間に見えていないのだ。
 
 ーーーだが、どうでも良いのはこちらも同じだ。

 「いえ、でも僕はその貴女の優しさが……」

 そして俺はまだ何事かベラベラとハルバールに語っている相楽を無視して何処かに行こうという意図を持って、ハルバールに目配せする。
 しかし、ハルバールはこちらを全く見ていなかった。
 俺はそれに疑問を持ちつつも、とにかく声をかけようときて、

 ーーーそのとき、ハルバールはまた手を挙げた。

 「は、?」

 ぱんっ、という乾いた音がまた相楽の頬でなる。
 そしてその時、相楽だけでなく俺も驚く。

 ーーーしかし、さらにまたハルバールは手をあげる。

 乾いた音が何度も響き、相楽の頬は吹き出してしまいそうなくらい赤くなる。
 
 「っ!何をするですか!」

 そして、その途中で相楽は正気に戻った。
 真っ赤に染まった頬、それは本来整っているはずの相楽の顔でやけに目立っていて、俺は噴き出しそうなるのを必死に堪える。
 だが、そんなことも相楽は全く気づかない。
 相楽の頬に走った痛み。 
 それは決して俺にとっては大したものではないだろう。
 魔術で焼かれるわけでなく、風のヤイバで腕を裂かれる訳でもないのだ。
 確かに痛い、だがそれでも耐えれる程度のもの。
 しかし、それは相楽にとっては違った。
 優等生で、魔術師として痛みに慣れていない、

 ーーーそして意中の相手から叩かれた相楽からはその痛みは何よりも不可解で、堪え難いものだった。

 「僕が貴女に何をしたっていうんですか!」

 だがそれでも相楽は必死に心を落ち着け、そうハルバールにたずねる。

 「いえ、これは貴方が私にしたことではありません。

 ーーーですが貴方はこれよりも酷いことを東くんに行いました」

 「っ!」

 そして、そのバルバールの声にに言葉を失った。

 「確かにこれは私がすべきことではないかもしれません。私だっていじめを止められなかった1人なのですから。ですから後で幾らでも叩いても、殴ってもらっても良いです。しかし、東くんは……」

 だがその相楽の様子を無視して激怒したハルバールは言葉を重ねる。
 その言葉は、単純に俺を気遣った言葉だろう。
 しかし、まるでハルバールが俺と恋愛関係にあると思ったのか相楽は俺を嫉妬の目で睨む。

 「巫山戯るな!」

 ーーーそしてあっさりと、相楽は感情を爆発させた。








 「僕は日本の魔術の名家、相楽家の跡取りなんだよ!」

 それはあまりにみっともない叫び。
 まるで子供が癇癪を起こしたような、

 ーーー酷く身勝手なもの。

 それをみているハルバールの目は酷く冷めたものになっていくが、相楽はそのことに気づかずさらに叫ぶ。

 「どうして、こんな無能が!僕の思い通りにならない!」

 相楽は俺にそう叫ぶと、今度はハルバールの方へと向く。

 「貴女もだ!天才だと、名家だともてはやされて良い気になるな!こっちが少し下手に出ていれば!」
 
 俺はそれはお前のことなんじゃないか、そう言い返したくなったが、堪える。
 だが、相楽はそう唾を飛ばしてさらにハルバールに迫る。

 「実習にも出ていない癖に、本当はそこの男と同じ無能なんじゃないのか!」

 「っ!」

 そしてそのとき初めてハルバールは動揺を漏らす。
 それはあの喫茶店での魔術師にはなりたくなかった、そう呟いた顔と同じで俺は何か相楽の一言が無遠慮にも彼女の琴線に触れたことを悟る。
 
 「はは、」

 だが相楽は自分の推測があっていた故の反応だと思ったのか、そう笑いながらハルバールに詰め寄る。

 「ぶっ、」

 「はい、流石にやり過ぎ」

 ーーーそしてあっさりと俺に足払いをかけられて倒れた。

 「貴様!」

 相楽は怒りで顔を赤くしながら俺へと振り返って、

 「相楽くん」

 「っ!」

 ーーーハルバールの底冷えだその声に身体を固まらせた。
 
 「す、すいません!」

 おそらく日本の名家だと言ってもハルバールの家よりはくらいが下だったのか、相楽は必死にハルバールに謝る。
 
 「いえ、もう良いです」

 しかし、その相楽の態度に対するハルバールの対応はあまりにも淡白だった。
 
 「そ、そうですか……」

 相楽もそのことに疑問を覚えつつ、それでも自分の失態が許されたと思ったのか安堵の表情とともに顔を上げ、

 ーーー心底自分をどうでも良さそうに見つめる、ハルバールに言葉を失った。

 そして相楽は絶望を顔に貼り付けて固まる。
 当たり前だろう。
 ハルバールは最早、俺と同じように相楽を

 ーーー全くどうでも良い存在として、認識しているとはっきりと分かったのだから。

 「では話はこれで終わりですね」

 「は、はい……」

 そして、そのことに気づいた相楽にはもはやハルバールの言葉を否定するだけの気力は残っていなかった。
 ただ、肩を下ろし屋上を後にする。

 ーーーだが、その目はやけに爛々と見開かれ、俺を憎悪の視線で見ていたことを……
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