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悪役令嬢は精霊と出会う

幕間 5 標的

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 ー もうこれ以上酷いことはないだろう。
 
 それは下女に落とされた私達の胸にあった言葉だった。
 実際下女の仕事は貴族であった頃からは考えられ無いほど辛いものだった。
 
 だが、本当の地獄はそんなものではなかったそのことを、下女を辞めてから私達は思い知らされることとなって行った。

 先ずは外で仕事を探さなくてはなら無い、そう話し合った私達は外での仕事の種類のあまりの少なさに絶句した。
 しかも運良く仕事を見つけられたとしても、下女の仕事の給金の半分ももらえる仕事はなかった。
 だがそれでも最終的には生活するためには仕事を選ぶしかなく、私達はそれぞれ嫌々ながらも仕事を選び働き始めた。

 しかし、誰1人として仕事が続くものはいなかった。

あるのもは仕事のきつさに逃げ出し、あるものは給金泥棒だと仕事をクビになり、誰1人の例外も無く私達の中で仕事を辞めなかったものはいなかった。
 
 そして私達はそのことに安心してしまった……

 それぞれ仕事に対する不満を、または下女や衛兵達を罵り自分を正当化して笑う。
 それは酷く胸のすく時間だった。
 その時だけは私達は仕事を辞めさせられたことに対する無能感も、未来に対する危機感も忘れて貴族として入られたのだ。
 
 ーーー だからこそ、いつの間にか事態が致命的な場面まで進行していることに私達は気づかなかった。

 焦りを覚えたのはいつだっただろうか。
 それは日々何度も仕事を探し、辞めさせられ、そして辞めるうちに仕事をしようと思う気力を失っていた時その時になって私達はようやくこのままでは食べて行け無いという現実に直面した。
 そしてその時、現実逃避ができる場所出合ったはずの私達の空間は、一変した。
 
 余裕のないせいで常に誰かと誰かの喧嘩が勃発するようになり、そして気づいた時にはその場所から私の足は遠のくようになっていた。

 下女達にも一度私達はもう一度仕事をもらえるように頼み込んで居た。
 恥を忍んで、頭まで必死に下げたのに、だがそれでも帰ってきたのは拒絶だった。
 こちらが態々謝罪を、それも頭を下げて居たのにも対し、それに対してハリスは断ったのだ。
 その時の屈辱を私は忘れ無い。
 しかし、今はそんなことに気を取られて居る状況でないことも私は分かっていた。
 今私が気を回さなくてはなら無いことそれは何とか今を生きて行くことなのだから。
 だから、私は仕事を手に入れるためにそう頼み込みに行く。
 
 「もう、あんた達は来ないでくれ……」

 「っ!」

 だが、その時そう告げられた言葉に私の目の前は真っ暗になった……


 
 ◇◆◇


 
 「あんたらがいつも仕事を探して居るし、そして生活が苦しいんだろうってこともわかる」

 私が仕事を下さいと頼み込んだ男性は、罪悪感の隠せない様子で私を見つめる。 
 そしてその口が何事か動いていたが、何を言っているのか私に伝わることはなかった。

 「だがそれでも仕事は一切やったことのないくせに、少しでもミスを指摘すれば臍を曲げる。そして挙げ句の果てには途中で機嫌を損ねて逃げ出す。そんな人間にこちらが仕事を頼めるわけがないだろう!」

ただ目の前が真っ暗になって、そしてじわじわとこれからの未来に対する恐怖が胸に広がって行く。
 そしてその瞬間私は悟る。
 このままでは私は飢え死になり、死んでしまうかもしれないことを。

 「だが、もしお前さんがそれでも仕事をしたいと言うならば、飯だけは出してやるから、俺を認めさせるような働きをしてみろ!そしたら……おい!?」

 「っ!」

 次の瞬間、私はその恐怖に耐えかねて走り出していた。
 まるで現実から逃げるかのように……



 
 ◇◆◇




 「はぁ、はぁ、」

 それから幾ら走っただろうか。
 よく分からない始めてきた場所で私は荒い息を吐いていた。
 走ったお陰で少し冷静さが戻り、今では直ぐに飢え死になるなんてことはないと分かる。
 だが、その為に私に許された選択肢は酷く限られていた。

 今の私が生きて行くためにしなければならないのは身体を売る、それだけだろう。
 
 「何で……」

 そしてそんなことを絶対に私は認めたくなかった。
 確かに私は処女ではない上に、王子の妾であったのである程度閨の技に関しては身につけている。
 けれども平民と、汚らしい男と肌を重ねるなどそれは絶対に私はしたくなかった。
 だが、そうでもないと生きて行けない、そう考えて私は涙を流す。
 何故こうなったのか、ただただ不幸としか言いようのない状況……

 「どうぞ寄って生きませんか?そこのお兄さん!」

 「っ!」

 そう、私が絶望に囚われたその時私の耳に酷く聞き覚えのある声が聞こえ私は顔を上げる。
 
 「あっ!えぇ!お、俺!」

 「えぇ!どうですか?美味しいご飯ありますよ!」

 そこに居たのは酷く見覚えのある女性だった。
 宿屋の看板娘としての衣装に身体を包んだ酷く美しい少女。

 「アリス……」

 ーーー それは自分をこんな状況に陥れた少女だった。
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