妹に全てを奪われた私は〜虐げられた才女が愛されることを知るまで〜

触れた逆鱗 （マールス視点）

「……っ！」

　アルフォードに肩を捕まれた瞬間、俺は反射的に身体をよじって逃れようとする。
　最早、頭には計画や自分の行動が無礼なんてことは抜け落ちていた。
　しかし、全力で身体を動かしたにも関わらず、俺はアルフォードの手を振り払うことはできなかった。

「つれないな」

「なっ！」

　それどころか、アルフォードは意図も簡単に俺の抵抗を抑え込む。
　そして、そのまま強引に胸倉をつかみ、俺の身体を持ち上げた。

「先に話があると言ってきたのは、そっち側だろう？」

　浮遊感を全体で感じながら、もはや俺は顔を青くすることしかできなかった。
　確かに、俺はここ数日満足な食事をとれていたとは言い難い。
　それでも腕の力だけで、それもこんな涼しい顔をして成人男性を持ち上げるアルフォードは明らかに異常だった。
　荒事も経験しているとしか思えないその力に、俺は今更ながら気付く。

　……もしかしたら自分はとんでもない相手を騙そうとしていたのかもしれない、と。

　アルフォードが俺の顔を眼前に引き寄せたのは、そんなことを考えていた時だった。

「ひっ」

　憎悪と怒気に彩られた美しい顔が目のの前の景色を覆い、俺の口から情けない悲鳴が漏れる。
　アルフォードは至近距離から俺の目をにらみながら、俺だけに聞こえる声で告げる。

「悪いが、その顔で近づいてくる奴らは見慣れるんだよ、マールス」

　一度も名乗っていない俺の名前を呼び、アルフォードは憎悪を隠さない笑み浮かべる。

「──サーシャリアを利用しようと近づいてきた奴らが、よく浮かべている表情だ」

「……あ」

　その瞬間、ようやく俺は気付く。
　自分は今までの作戦を見破られただけでなく、最悪の罪を犯したことを。

　サーシャリアを利用しようとすること……アルフォードの逆鱗に触れる行為を行ってしまったことを。
　そのことに気付いた瞬間、私は必死に弁明しようとする。

「ちが、私は……！　え？」

　しかし、そんな俺の言葉に反応することなくアルフォードは俺の身体を持ち上げたまま、歩き出した。
　アルフォードが自分の身体を馬車に放り投げようとしていると気付いたのは、その直後のことだった。

「……っ！　お待ちください、私は！」

　しかし、その俺の言葉はアルフォードの興味を引くことはなかった。
　冷たい瞳で俺を一瞥し、アルフォードは吐き捨てる。

「言い訳は後で聞いてやるから、大人しくしておけ。──張本人の前で一緒にな」

「……え？」

　今までまるで存在のつかめなかったサーシャリアの居場所、それに俺が思い至ったのはそのときだった。
　反射的に伯爵家当主の方へと目をやるが、青い顔をして慌てているその姿からは声が聞こえたようには見えなかった。
　最後に俺は、サーシャリアの居場所を何とか伝えようとして。

　……その直前に馬車へと放り投げられることになった。

「……っ！」

　そして、衝撃で俺が身体を丸めている隙に、御者達が俺の身体を拘束していく。
　丁寧に口までふさがれた俺には、もう何もすることはできない。

「私はしばらくここにる。その間に、この男を不敬罪で牢にいれておけ」

「はい！」

　……そうして俺の目論見はあっさりと潰えることとなった。