上 下
81 / 169

誘惑への敗北

しおりを挟む
 クロワッサンは非常に美味しかった。
 ただ、それを楽しむだけの余裕は、私にはなかった。
 ……全ては、目の前にアルフォードがいるが故に。

 食事を初めてからも、決してアルフォードに異常は見られなかった。
 というのも、執事服を身にまとっている以外、アルフォードはいつも通りだったのだから。
 そして、それがより私の不安を煽る。

 ……本当に、一体何が起きているのだろうか。

 そう恐れつつも、食事を終えた私は、意を決して口を開いた。

「それで、その……どうしたの?」

 恐る恐る聞きつつも、内心私は不安の連続だった。
 アルフォードはごく稀に、暴走することがある。
 その暴走が正しい報告に向かっていれば、心強いことこの上ないが、そうでなければ、事態は最悪なものとなる。

「いや、お詫びの意味も込めて、サーシャリアの世話をしようと思ってな」

 ……そして、私は事態が最悪なものとなったことを悟った。

「し、仕事は?」

「昨日のうちに片付けた」

「いやでも、使用人達にも都合が」

「昨日の内に、今日だけということで話を付けておいた」

 本格にヤバいやつだ。
 そう理解し、私は内心震える。

 とはいえ、まだ手遅れではなかった。
 私は、そう内心自分を奮い立たせる。
 暴走中でも、何故かアルフォードは私の言葉だけは聞いてくれる。
 ここできちんと、駄目だと言えば。

 私が、迷いを覚えたのはその瞬間だった。

「……そ、そういえばその服はどうしたの?」

「ああ、この執事服か? 今日限りで、執事から借りたものだ」

 今日限り、その言葉を頭で反復しながら、私はアルフォードの姿を見る。
 ……正直、今のアルフォードの執事服は、かなり似合っていた。

 引き締まったアルフォードの体に、執事服はよく似合っている。
 そして、そんな格好をしてまで来てくれたアルフォードを、断ってしまっていいのか。
 そんな思いに、私は駆られる。

 いや、そんな誘惑に負けてはならない。
 そう私は、必死に自分を抑える。

「そう、俺の監督下なら少し仕事をしてもいいぞ」

「……え?」

 しかし、私の自制心が働いたのは、その瞬間までだった。
 書類、執事服、アルフォード。
 全てが天秤に乗り、ぐらぐらと揺れる。
 そして、誘惑に私は負けた。

「今日、だけなの?」

「ああ、さすがに仕事が残っているからな」

 あくまで、今日だけなら。
 その誘惑に負けて、私は頷く。

「それなら、お願いします……」

 だが、その時の私は気づかない。
 そう告げた瞬間、アルフォードの顔が大きく歪んた事を……。
しおりを挟む
感想 333

あなたにおすすめの小説

俺はお前ではなく、彼女を一生涯愛し護り続けると決めたんだ! そう仰られた元婚約者様へ。貴方が愛する人が、夜会で大問題を起こしたようですよ?

柚木ゆず
恋愛
※9月20日、本編完結いたしました。明日21日より番外編として、ジェラール親子とマリエット親子の、最後のざまぁに関するお話を投稿させていただきます。  お前の家ティレア家は、財の力で爵位を得た新興貴族だ! そんな歴史も品もない家に生まれた女が、名家に生まれた俺に相応しいはずがない! 俺はどうして気付かなかったんだ――。  婚約中に心変わりをされたクレランズ伯爵家のジェラール様は、沢山の暴言を口にしたあと、一方的に婚約の解消を宣言しました。  そうしてジェラール様はわたしのもとを去り、曰く『お前と違って貴族然とした女性』であり『気品溢れる女性』な方と新たに婚約を結ばれたのですが――  ジェラール様。貴方の婚約者であるマリエット様が、侯爵家主催の夜会で大問題を起こしてしまったみたいですよ?

今更、いやですわ   【本編 完結しました】

朝山みどり
恋愛
執務室で凍え死んだわたしは、婚約解消された日に戻っていた。 悔しく惨めな記憶・・・二度目は利用されない。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

お願いされて王太子と婚約しましたが、公爵令嬢と結婚するから側室になれと言われました

如月ぐるぐる
ファンタジー
シオンは伯爵令嬢として学園を首席で卒業し、華々しく社交界デビューを果たしました。 その時に王太子に一目惚れされ、一方的に言い寄られてしまいましたが、王太子の言う事を伯爵家が断る事も出来ず、あれよあれよと婚約となりました。 「シオン、君は僕に相応しくないから婚約は破棄する。ザビーネ公爵令嬢と結婚する事にしたから、側室としてなら王宮に残る事を許そう」 今まで王宮で王太子妃としての教育を受け、イヤイヤながらも頑張ってこれたのはひとえに家族のためだったのです。 言い寄ってきた相手から破棄をするというのなら、それに付き合う必要などありません。 「婚約破棄……ですか。今まで努力をしてきましたが、心変わりをされたのなら仕方がありません。私は素直に身を引こうと思います」 「「え?」」 「それではフランツ王太子、ザビーネ様、どうぞお幸せに」 晴れ晴れとした気持ちで王宮を出るシオン。 婚約だけだったため身は清いまま、しかも王宮で王太子妃の仕事を勉強したため、どこへ行っても恥ずかしくない振る舞いも出来るようになっていました。 しかし王太子と公爵令嬢は困惑していました。 能力に優れたシオンに全ての仕事を押し付けて、王太子と公爵令嬢は遊び惚けるつもりだったのですから。 その頃、婚約破棄はシオンの知らない所で大騒ぎになっていました。 優れた能力を持つシオンを、王宮ならばと諦めていた人たちがこぞって獲得に動いたのです。

いや、あんたらアホでしょ

青太郎
恋愛
約束は3年。 3年経ったら離縁する手筈だったのに… 彼らはそれを忘れてしまったのだろうか。 全7話程の短編です。

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

彼女はいなかった。

豆狸
恋愛
「……興奮した辺境伯令嬢が勝手に落ちたのだ。あの場所に彼女はいなかった」

婚約者にざまぁしない話(ざまぁ有り)

しぎ
恋愛
「ガブリエーレ・グラオ!前に出てこい!」 卒業パーティーでの王子の突然の暴挙。 集められる三人の令嬢と婚約破棄。 「えぇ、喜んで婚約破棄いたしますわ。」 「ずっとこの日を待っていました。」 そして、最後に一人の令嬢は・・・ 基本隔日更新予定です。

処理中です...