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保管庫の中 (伯爵家当主視点)

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 一体どんな商会から手紙が来ているだろうか。
 私は妄想に口元を緩ませながら、普段手紙が保管されている場所へと歩いていく。

「……どう、する?」

「こんなもの、出せる訳ないだろうが!」

 ……何か言い争いのようなものが聞こえてきたのは、その近くまで来たときだった。

 もしかして、使用人たちはさぼっているのか?
 その声に、その可能性に思い立った私は苛立ちを覚える。
 しかし、今はそんな使用人を罰するよりも手紙を確認したくて溜まらなかった。
 だから、あえて声をかけず争いの場、保管庫をのぞきこんだ。

 ──そして、次の瞬間私が目にしたのは山のように積まれた手紙だった。

 それを目にした瞬間、私の心から苛立ちが消え去る。
 多くの手紙が来ているかも知れない、そう考えなかった訳ではない。
 それでも、ここまで多くの手紙が来ていたなど、私も想像していなかった。
 押さえ切れぬ興奮に、笑いを漏らしながら私は歩き出す。

「は、ははは!」

 一体どんな商会からきたのか、想像するだけで口元を締められなくなる。
 一刻も早く、確認しなくては。
 使用人達が、歩く私に気づいたのは、その道半ばのことだった。

「と、当主様!?」

「……っ! そんな!」

 さぼっていることをみられて焦っているのか、使用人達は顔色を変える。
 いつもならばどやしつけただろうが、今の私は機嫌が良かった。
 気づかない振りをして、そのまま手紙の方へ直行しようとする。

 ……しかし、使用人達はその私の前を塞ぐように、立ちはだかった。

「当主様、少々お待ちいただけないでしょうか?」

「我々が宛名を確認してから……」

 ぎこちない笑みを浮かべ、そんなことを言ってくる使用人達。
 その瞬間、私の苛立ちは限界を超えた。

「……私の好意を無視するのか?」

「……え?」

 顔を強ばらせる使用人へと、苛立ちの滲んだ声音で私は問いかける。

「処罰されたいのか、と聞いているのだ」

「し、失礼しました!」

 使用人達は、焦った様子でそれだけ告げると身を翻して保管庫から出て行く。
 それを見送って、私は吐き捨てる。

「最初からそうしておればよいのに」

 しかし、一瞬胸に生まれた不機嫌な気持ちも、改めて手紙の方に向き直ったときには消え去っていた。

「さあ、早く確認せねば」

 ようやくじっくりと手紙を見ることができる。
 その思いと共に、私は一枚の手紙を取る。
 そして、どこの商会から気たものかを確認して。

「は?」

 私は苛立ちのこもった声を上げることになった。

 そこに記されたのは、見覚えのある名前。
 ……すでに契約している商会の名前が、そこに記されていたのだから。
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