妹に全てを奪われた私は〜虐げられた才女が愛されることを知るまで〜

影茸

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消失 (カイン視点)

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「……くそ!」

 それから二時間後、俺は冷えきった身体で馬車の中、悪態を漏らしていた。
 サーシャリアを探し始めてから、屋敷周囲はくまなく探した。
 そして、裸足の人間が走っていたことと、僅かな時間でこの辺りを往復した馬車がいたことまでは調べた。

 ……だが、肝心のサーシャリアの行方を見つけることはできなかった。

「どういう神経であれば、こんな時間に娘を外に追い出せるんだ!」

 口から漏れるのは、伯爵家夫妻への苛立ち。
 今の俺には、その苛立ちを抑えるだけの余裕はなかった。

 サーシャリアは、伯爵家にとって必要不可欠なはずだ。
 今ある伯爵家の事業のほとんどは、前にも告げたようにサーシャリアがいるからこそ成り立っている。
 辺境伯との交易だけではなく、その他カルベスト伯爵家を起点として動く事業。
 そのほとんどはサーシャリアの存在が大きいことは間違いないだろう。

 黄金の生徒会メンバー、と呼ばれた第五十代生徒会。
 そのメンバーであるサーシャリアの存在は伊達ではないのだ。

 そんなサーシャリアを気に入らない、という理由だけで死の危険に晒す伯爵家が、俺は信じられなかった。

「カイン様、さすがに帰らねば」

「分かっている!」

 ルキアの声に、俺は強く唇を噛み締める。
 それでも、素直に戻る気には俺はならなかった。

「カイン様、もう我々にできることはありません。これ以上は、伯爵家に当たって貰うしかないでしょう」

「……サーシャリアと婚姻が成り立たなければ、俺達がどれだけ危ういのか分かっているのか?」

 その俺の言葉に、ルキアの顔は曇る。
 けれど、すぐにルキアは告げる。

「ここで無茶な動きをした方が、我々は目をつけられやすくなります。それに、あのサーシャリア様が、ここで凍死するとは思いません」

 そのルキアの言葉に、俺は押し黙る。
 それは確かに事実だった。
 サーシャリアが商人に向いていると俺は思ったことはない。

 だが、その判断力と人を惹きつける力は、異常だった。

 サーシャリアなら、命の危険があると分かった時点で、何か行動を起こすだろう。
 もしも、気を失ってしまうようなことがあっても、誰かが匿うことは間違いない。
 これだけ探し回って、サーシャリアの姿を見つけられないことが、何よりサーシャリアの無事を証明していると言える。

 ……ただ、ある可能性の存在が故に、俺は冷静さを保つことができなかった。

 思い出すのは、僅かな時間で往復して消えていった馬車の話。
 それが貴族のものだったら、何も気にすることはない。

 けれど、裏社会の手の者である可能性に俺は気づいていた。

 今まで生きていくために、俺は裏社会にも手の者を作っている。
 だからこそ俺は裏社会のやり方を知っていて、サーシャリアが巻き込まれたかもしれない可能性があることにも気づいていた。
 それ故に、俺はここから去ることを躊躇する。

「……カイン様、今はもう我々にできることはないのです」

 しかし、だからといってこのまま何かできる訳でもないことを知っていた。

「今はもう、伯爵家に任せるしかないでしょう。カルベスト伯爵家相手が全力で探せば、すぐに見つかるでしょう。何せ、辺境伯を除けば、最高位の伯爵家なのですから」

「……ああ」

 故に、俺はキルアの言葉に頷き、侯爵家に戻ることを決意する。
 必死に、裏社会にサーシャリアが囚われていないことを祈りながら。

 けれど、この時に俺は気づいておくべきだった。
 サーシャリアの行方よりも先に、対処しなければならない存在がいたこと。

 ──無能すぎる自身の味方から、一時も目を離してはならなかったことを。

 それに俺が気づくまで、今しばらくの時間が必要だった。


 ◇◇◇

 次回から、サーシャリア視点に戻ります!
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