23 / 169
愚者達 (カイン視点)
しおりを挟む
まるで状況が分からなかった。
だが、伯爵家夫妻にもそんな俺に頼る余裕は一切なかった。
「なっ! どういうことだ! もっと他の場所を探したのか!」
「い、いえ、詳細には……。ただ、屋敷の周囲の風を凌げるような場所は一通り見てまいりました」
「まさか、あの子逃げ出したの!? こんな寒い中、何を考えているの!」
「くそ! とにかく、もう一度外を探してこい!」
「は、はい!」
……ようやく俺が少しだけ状況を飲み込めたのは、使用人が再度部屋を出ていった時だった。
そんなことありえない、そう自分に言い聞かせながら俺は尋ねる。
「ま、まさかサーシャリアを外に出していた訳ではない、よな?」
「ええ、少し躾として」
その俺の言葉をなんでもないように、伯爵家当主は肯定する。
その言葉を聞かせされて、俺は一瞬俺は言葉の意味を理解できなかった。
いや違う。俺が理解できなかったのは言葉の意味じゃない。
──凍死しかねない状況に娘を追いやりながら、平然としているこの家族が理解できなかったのだ。
呆然としている俺に対し、どう思ったのか伯爵家当主は苦々しい表情で話し始める。
「申し訳ありません、カイン様。どうやら、サーシャリアが考えなしな行動に……っ!」
……俺が、我慢の限界を迎えたのはその瞬間だった。
何か胸糞悪い言葉を重ねる伯爵家当主の胸倉を掴み、強引に睨みつける。
「考えなしなのは、お前だろうが……!」
そして、その顔を殴った。
「がっ!」
がたがたと、周囲の物を撒き散らしながら、貴族らしい重い巨体が地面に横たわる。
だが、すぐに伯爵家当主はその身体を跳ね起こした。
「……若造が! サーシャリアは私の娘だ! 教育に文句を言われる……」
「まだ気づいていないのか? サーシャリアは命の危険にあるのだそ!」
その伯爵家当主の怒声を遮り、俺は睨みつける。
震えた声で、横に立つアメリアが告げる。
「そ、そんな大袈裟な……」
「追い出されたサーシャリアの服装は?」
それを無視して、俺は騒ぎに集まってきた使用人へと尋ねる。
その使用人は少し迷うように視線を揺らしていたが、誤魔化しきれず小さな声で告げた。
「そ、その、就寝用の薄着、だったと思います。お嬢様の履いていた室内用の履物が玄関に落ちていたので、裸足なのだと思います」
サーシャリアを殺す気にしか思えないその話に、俺は伯爵家の人間を怒鳴りつけたくなる。
けれど、そんな暇もなかった。
俺は咄嗟に、俺を送ってきた従者の名を呼ぶ。
「……っ! ルキア、来い!」
「はい」
「この辺で寒さを凌げそうな場所を片っ端から調べる! 急いで馬車をだせ!」
「分かりました!」
近くに控えていたらしい従者が、玄関の方へと走っていく。
その音を聞きながら、俺は自分も外へ出る用意を始める。
「そ、そんな本当にサーシャリアは……」
伯爵家夫妻の声が聞こえてきたのはその時だった。
目をやると、今さらながら自分のやったことが理解できたのか、その顔は青い。
けれど、この状況になってもなお、二人は責任を認める気はなかった。
「そんなつもりなんて私は……」
「き、気にする必要なんてない。あれは躾だ、勝手なことをしようとしたサーシャリアが悪いのだ!」
「そもそも、あの子を追い出した使用人は誰よ! 外套を被せることもできなかったの!」
「あ、あの時は……」
「うるさい! この騒ぎが収まればお前は首だ!」
「そ、そんな! 私は……」
……どうしようもない、その姿に俺は舌打ちを漏らしそうになる。
けれど、このまま放置する訳にはいかなかった。
呆然と固まっているアメリアへと、俺は声をかける。
「おい、あの二人が落ち着いたら言っておけ」
「カイン、さま……?」
アメリアの顔からはまだ動揺が消えていなかったが、素直に頷く。
「サーシャリアが行きそうな貴族を徹底的に調べろ。もちろん、話が広まらないように意識しながらな」
何度も頷くアメリアに、話が伝わったと確信した俺は、最後に告げる。
「サーシャリアが死んでいたら、俺は伯爵家を許さないからな」
「……っ!」
その瞬間、アメリアの顔がさらに蒼白に染る。
しかし、それ以上何も言うことなく俺は身を翻す。
「くそ! どうしてこんな面倒なことに!」
ルキアの所へと急ぎながら、俺の頭にあったのは。
……今さらすぎる、伯爵家の言うことを鵜呑みにした後悔だった。
だが、伯爵家夫妻にもそんな俺に頼る余裕は一切なかった。
「なっ! どういうことだ! もっと他の場所を探したのか!」
「い、いえ、詳細には……。ただ、屋敷の周囲の風を凌げるような場所は一通り見てまいりました」
「まさか、あの子逃げ出したの!? こんな寒い中、何を考えているの!」
「くそ! とにかく、もう一度外を探してこい!」
「は、はい!」
……ようやく俺が少しだけ状況を飲み込めたのは、使用人が再度部屋を出ていった時だった。
そんなことありえない、そう自分に言い聞かせながら俺は尋ねる。
「ま、まさかサーシャリアを外に出していた訳ではない、よな?」
「ええ、少し躾として」
その俺の言葉をなんでもないように、伯爵家当主は肯定する。
その言葉を聞かせされて、俺は一瞬俺は言葉の意味を理解できなかった。
いや違う。俺が理解できなかったのは言葉の意味じゃない。
──凍死しかねない状況に娘を追いやりながら、平然としているこの家族が理解できなかったのだ。
呆然としている俺に対し、どう思ったのか伯爵家当主は苦々しい表情で話し始める。
「申し訳ありません、カイン様。どうやら、サーシャリアが考えなしな行動に……っ!」
……俺が、我慢の限界を迎えたのはその瞬間だった。
何か胸糞悪い言葉を重ねる伯爵家当主の胸倉を掴み、強引に睨みつける。
「考えなしなのは、お前だろうが……!」
そして、その顔を殴った。
「がっ!」
がたがたと、周囲の物を撒き散らしながら、貴族らしい重い巨体が地面に横たわる。
だが、すぐに伯爵家当主はその身体を跳ね起こした。
「……若造が! サーシャリアは私の娘だ! 教育に文句を言われる……」
「まだ気づいていないのか? サーシャリアは命の危険にあるのだそ!」
その伯爵家当主の怒声を遮り、俺は睨みつける。
震えた声で、横に立つアメリアが告げる。
「そ、そんな大袈裟な……」
「追い出されたサーシャリアの服装は?」
それを無視して、俺は騒ぎに集まってきた使用人へと尋ねる。
その使用人は少し迷うように視線を揺らしていたが、誤魔化しきれず小さな声で告げた。
「そ、その、就寝用の薄着、だったと思います。お嬢様の履いていた室内用の履物が玄関に落ちていたので、裸足なのだと思います」
サーシャリアを殺す気にしか思えないその話に、俺は伯爵家の人間を怒鳴りつけたくなる。
けれど、そんな暇もなかった。
俺は咄嗟に、俺を送ってきた従者の名を呼ぶ。
「……っ! ルキア、来い!」
「はい」
「この辺で寒さを凌げそうな場所を片っ端から調べる! 急いで馬車をだせ!」
「分かりました!」
近くに控えていたらしい従者が、玄関の方へと走っていく。
その音を聞きながら、俺は自分も外へ出る用意を始める。
「そ、そんな本当にサーシャリアは……」
伯爵家夫妻の声が聞こえてきたのはその時だった。
目をやると、今さらながら自分のやったことが理解できたのか、その顔は青い。
けれど、この状況になってもなお、二人は責任を認める気はなかった。
「そんなつもりなんて私は……」
「き、気にする必要なんてない。あれは躾だ、勝手なことをしようとしたサーシャリアが悪いのだ!」
「そもそも、あの子を追い出した使用人は誰よ! 外套を被せることもできなかったの!」
「あ、あの時は……」
「うるさい! この騒ぎが収まればお前は首だ!」
「そ、そんな! 私は……」
……どうしようもない、その姿に俺は舌打ちを漏らしそうになる。
けれど、このまま放置する訳にはいかなかった。
呆然と固まっているアメリアへと、俺は声をかける。
「おい、あの二人が落ち着いたら言っておけ」
「カイン、さま……?」
アメリアの顔からはまだ動揺が消えていなかったが、素直に頷く。
「サーシャリアが行きそうな貴族を徹底的に調べろ。もちろん、話が広まらないように意識しながらな」
何度も頷くアメリアに、話が伝わったと確信した俺は、最後に告げる。
「サーシャリアが死んでいたら、俺は伯爵家を許さないからな」
「……っ!」
その瞬間、アメリアの顔がさらに蒼白に染る。
しかし、それ以上何も言うことなく俺は身を翻す。
「くそ! どうしてこんな面倒なことに!」
ルキアの所へと急ぎながら、俺の頭にあったのは。
……今さらすぎる、伯爵家の言うことを鵜呑みにした後悔だった。
11
お気に入りに追加
7,692
あなたにおすすめの小説

私は、忠告を致しましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私マリエスは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢ロマーヌ様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
ロマーヌ様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は常に最愛の方に護っていただいているので、貴方様には悪意があると気付けるのですよ。
ロマーヌ様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?

私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜
福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。
彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?
つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです!
文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか!
結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。
目を覚ましたら幼い自分の姿が……。
何故か十二歳に巻き戻っていたのです。
最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。
そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか?
他サイトにも公開中。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる