妹に全てを奪われた私は〜虐げられた才女が愛されることを知るまで〜

影茸

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真っ白に (カイン視点)

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 完全に激怒寸前の俺に対し、夫妻の顔が真っ青になり強張る。
 二人の口から言葉が告げられることはなかったが……その反応で答えは十分だった。

 この瞬間、俺が怒鳴らずにいられたのはただの奇跡だった。

 内心荒れ狂う怒りを必死に抑え、俺は目を閉じる。
 苛立たしくない訳ではない。
 だが、裏切りについて知らされた今、怒りに身を任せている暇などありはしない。
 今すぐサーシャリアと話さなければならないのだから。

「カイン様、不安がらなくても、お姉様がいなくても大丈夫よ」

 ……だが、そんな俺を見て何を勘違いしたのか、アメリアが口を開く。

「だって、事業はお父様に引き継がれているわ。もうお姉様に執着していなくても、カルベスト伯爵家との繋がりがあれば、侯爵家当主の座は揺るがないのではなくて」

 アメリアのあまりにも稚拙な論理に、俺は思わず鼻で笑ってしまいそうになる。
 どうして、たかが事業を引き継いだ伯爵家ごときに価値を感じると思えたのか、と。
 そもそも、事業の運営が変わろうとも、サーシャリアがいるから成り立つものに変わりないことも知らないのだろうか。

「……おお、確かに!」

 けれど、アメリアの言葉を聞いた夫妻の顔には喜色が浮かぶ。
 まるで、最高の案が見つかったと言いたげな。

 この伯爵家程度で、侯爵家当主の座が認められる?
 そんなことがあるわけない。
 そう言いたくなるが、何とか耐えて俺は淡々と告げる。

「すまないが、今の状況を分かっているのか? 私との契約を破ったのだぞ」

「……え?」

「どういう、ことですか?」

「簡単な話だ。今から私が伯爵家との契約を破ろうと、貴方方には非難できないということだよ。例えば、事業に手を貸す話、などな」

 自分達の契約違反がバレてもなお、夫妻の間に残っていた余裕が消えたのはその瞬間だった。

「ま、待ってください! そんな非常識な!」

「書面を取り交わして契約したのですよ! それを取り消すだなんて、考えられない」

 ……先にお前らがやったんだろうが。

 そんな言葉が喉元まで上がってくる。
 しかし、その文句も何とか押し込み、俺は告げる。

「その選択を私が取るかどうかは、貴方方のこれからの行動次第だ」

「……何が望みですか?」

「先程から言っているだろう。サーシャリアを第二夫人にすることだ。まず初めに、二人で会話する時間を作って欲しい」

 努めて感情を込めず俺が言い切ると、夫妻は黙り込んだ。
 俺を見るその目に浮かぶ不満の色が、俺の要請に抵抗を持っていることを示している。
 しかし、さすがにこの状況で断れない位の判断はできたらしい。
 使用人を呼び出し、カルベスト伯爵家当主が、告げる。

「……サーシャリアを呼んでこい」

「はい」

 その時になって、俺はようやく一安心することができた。
 これでようやく話が一段落したと。
 脇を見ると、アメリアも忌々しげに睨んでいるが、口を出してくることはない。

 おそらく、俺が契約を破ると言い放ったことで警戒心を抱いているのだろう。
 咄嗟に言い放ったことで、アメリアのことまで考えは及んでいなかったが、中々の妙手だったらしい。

 とにかく、これでサーシャリアだけに集中できる。
 そして、サーシャリアだけならば説得できる自信が、俺にはあった。
 アメリアとの不貞をばらされたのは痛い。
 だが、サーシャリアは今まで家族に虐げられてきている。
 そんな相手の言うことと、今まで傍にいた俺が訴えること。
 そのどちらを信じるかは考えるまでもない。

 ……ただ、一度生まれた疑惑がもう消えることはないだろうが。

 思わず舌打ちを打ちそうになり、俺は目を閉じて自分を落ち着かせる。
 今は苛立ちに心を乱されるわけにはいかない。
 サーシャリアを説得することだけに意識を向けようと。

 バタン、と使用人が出ていった方向にある玄関から、音が響いたのはその時だった。

 目を閉じたが故に、鮮明に聞こえたその音に俺は疑問を覚える。
 一体こんな時間に誰がやってきたのかと。
 挨拶も何もなしに、突然玄関の開く音が響いたのが、尚更俺の不信感を煽る。

 そんな疑問を解消する間もなく、バタンッ! と二回目に当たる玄関を開く音が響いた。

 ……誰か出ていったのではなく、外に出て戻ってきたのか?

 そう思い至った俺は、目を開き反射的に玄関の方向へと目をやる。

 ばたばたと、慌てるような足音が響き、ドアが明け開かれたのは次の瞬間だった。

「だ、旦那様!」

 ドアを開けたのは、先程サーシャリアを呼んでくるよう、当主に命じられた使用人だった。
 彼は、その顔を焦りからか青白くさせながら、叫ぶ。

「サーシャリア様が、姿を消しました!」

 その瞬間、俺の頭が真っ白に染まった。
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