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第七十二話

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 咄嗟に私は手を離す。
 脳は痛みに敏感に反応しつつも、冷静だった。
 ……これは大したことはない、そう告げている。

 しかし、ある意味手遅れだった。

「セルリア!」

 そう私が悟ったのは、せっぱ詰まった様子のアランの声が響いた時だった。
 その声に、私は反射的に顔を向ける。
 そこにいたのは、こちらに駆け寄ってくるアランとダインだった。

「早くここに患部をあてろ!」

「……っ」

 そういって、何かをアランが押しつけてくる。
 一瞬私は驚くが、すぐに気づく。
 それは氷を布でくるんだものであることに。

「傷はこれだけか? なにをさわった?」

 そういいながらアランは左右を見渡し、私のさわったガラス細工を見て安堵の息をつく。

「……これなら跡は残らないか」

 そんなアランを、私は呆然と見ていた。
 こんなアランを見たことがなかった故に。
 私が作業場に入るのをとめようとしたそのときさえ、アランがここまで取り乱すことはなかった。
 しかし今、アランは明らかに余裕を失っていた。

「大丈夫だアラン、俺に任せろ」

 そんなアランの背中に手をおいて、ダインが私の方へと向く。

「ここでは何だし、外にでるぞ」

 その言葉に、私は反射的に後ろを向く。
 そこに見えるのは心配げにこちらを見ているラズベリア職人たち。
 正直なところ、この怪我程度なら無視していいと思う。
 だが、この空気でそんな事をいうことはできなかった。

「……はい。ありがとう」



 ◇◆◇


 それから作業場の外に出た私はすぐに治療された。
 しかしその治療は少し過剰で、包帯を巻かれた手に私は思わず苦笑しながら告げる。

「……えっと、これはやりすぎじゃないかしら?」

「跡が残ったらどうするんだ!」

 しかし、その私への返答はアランの一喝だった。
 それに私はなにも言えず、押し黙る。

「氷を持ってくる。休んでいてくれ」

 そういってアランが歩き出したのと、ダインが側にきたのはちょうど同じだった。

「……悪いな」

「いえ、心配してくれているのはわかっているもの。ただ……」

 そういいながらも、私は言葉を濁す。
 もちろん、感謝しているのは本当だ。
 けれど、少し過剰すぎる反応であるのも確かだった。
 そんな私に一瞬黙った後、ダインは口を開いた。

「アランは一度、妹に消えぬ傷を負わせてしまったことがある」

「っ!」

「大丈夫、軽傷だ。彼女はもう結婚しているし、大きな怪我ではない」

 その言葉に、私は安堵する。
 そして同時に私は理解する。
 ……アランが私をああまでして、作業場から遠ざけようとした理由を。

「だがアランはそれ以上女性を作業場に入れることを反対するようになった。セルリア、俺もアランと同じことを思っている」

 その声に反応して振り向くと、ダインの顔に浮かぶのは真剣な表情だった。

「俺もお前には作業場には入ってほしくない」
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