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第四十九話 (ネパール視点)

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「……は?」

 呆然とした声が、私の口からあがる。
 しかし、そんな私に気遣うことなくセバスチャンは続ける。

「おや、言葉の意味が難しかったですかな?」

 にっこりとした笑顔のセバスチャンを、私はただ呆然と見ることしかできない。
 その言葉の意味を、もちろん私は理解していた。
 ……理解できないのは、セバスチャンの態度の変化の方だった。

「自分がどれほどの恩を仇で返したのかを理解できたのか、そう聞いているんですよ」

「なにを」

 そう何とか絞り出した私の声は隠しようのないほどに震えていた。 
 そんな私を一切気にかけることなく、セバスチャンは淡々と続ける。

「アズリック商会との交易に、マイリアル伯爵家の魔の手が婚約者に及ばないように調整。今になれば貴方も理解できるのではありませんか? それらを同時に行うことの難しさが」

 そう告げる途中、セバスチャンはある大きな扉の前で足を止まる。
 そして振り返ったその目には隠す気のない怒りがにじんでいた。
 先ほどの私への同情をしてくれていた姿など、そこには一切なかった。
 今になって私は気づく。
 これまでの状況は、あまりにも自分に都合がよすぎではないかと。

 突然非常事態に来た公爵家からの手紙。
 しかも、その中身はすべて自分に同情的な言葉で埋め尽くされていた。
 そんなこと、本来あり得るのか?

 セバスチャンの豹変という衝撃的な状況で、急激に私の頭が回転し始める。
 何かがおかしいと。
 そして、私の頭がこの状況において出した結論は簡潔だった。

 ……すなわち、自分たちは誘われていたのではないかと。

「っ!」

 その瞬間、私は反射的にこの場から立ち去ろうとする。
 マイリアル伯爵家の人間を捨てて、一人だけでもここから逃げようと。

「残念ですが遅かったですな」

 ──だが、手遅れだった。

 必死に走り去ろうとする私の腕を、セバスチャンは強く掴んでいた。
 相手は初老の男性、にも関わらず私はその手をふりほどくことができない。

「もう準備はできている。ここで逃げようが時間稼ぎにしかならない」

 そう言いながら、セバスチャンは自身の後ろにある扉を開き、そこへと私を押し込む。

「……っ」

 体勢を崩しながら部屋の中に入ることになった私は、地面に手を突き何とか無様に転がることだけは阻止する。
 しかし、そのことに一安心する暇さえ、私は与えられなかった。

「ようやく来たか」

 頭上から低く威厳のある声が響いたことによって。
 呆然とその声に顔を上げた私の目に入ってきたのは、円卓の机とそこに座る老人達。

 ……そして、その中心で私たちを裁こうとするかのように見下す、公爵閣下その人だった。
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