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第三十九話
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「今日も来たのか。……というか、何だその荷物は」
翌日、ひーひー言いながら歩いて来た私を迎えたのは、ダインの冷ややかな目線だった。
それに、私はにっこりと笑いながら告げる。
「秘密兵器です!」
ぼろん、と横から水がこぼれ落ちたのはそのときだった。
嫌な沈黙が、私とダインの間に満ちる。
冷や汗を垂らしながら、私の頭に浮かぶのはやってしまったという思いだった。
本来であれば、これはもっともったいぶって取り出す予定の秘密兵器だった。
だが、どうしてこのタイミングでこんな失敗をしてしまうのか……。
そう内心嘆く私に対し、ゆっくりとダインは腰を下ろす。
「……冷えている。これはどういうことだ?」
そう問いかけてくるダインに、私は一度嘆息する。
しかし、今の状態でもったいぶってもしかたない、そう判断して口を開いた。
「いえ、これが職人の皆様には一番喜ばれる差し入れだろうと思いまして」
そう言いながら、私は昨日のことを思い出す。
この差し入れが一番喜ばれると思った理由を。
その理由こそ、ここから出てくる職人が全員汗をかきながら出てきた姿を見たからだった。
「あれだけ熱そうなのに、皆様なぜか長袖を身につけていますし。それならこの冷えた水が一番喜んでもらえるかと思いまして」
そう言いながら、私は大きな鞄を開く。
そこには大きな氷と水の入った容器がところせましと入っていた。
「……それを条件に、何を求める?」
その声に反応し、顔を上げるとダインの顔に浮かぶのは警戒心だった。
その表情に、少し悩んでから私は告げる。
「何も」
「何も、だと?」
「いえ、下心はもちろんあります。もう少し仲良くなりたいという気持ちが。でも、新しく対価を貰うつもりはないです」
「……なぜ? お前は商人だろう?」
その言葉に、私は思わず笑っていた。
目の前の職人、ダインは本当に頭がいい人だと改めてそう思って。
商人という人種についてよく知っているどころか、この数日で私という人間を見極めてきたのだから。
そう、ダインの言うとおりだった。
私は貴族というよりもずっと、商人に近い生き物だった。
名誉ではなく、利を追い求める考えが根底に残っている。
大商人たる、公爵閣下に教えてくれた知識が私の根底には根付いている。
「だからこそですよ」
そしてそれ故に、私はこの水に対価を求める気はなかった。
「……は?」
「私は貴方達に、いえガルバ商会という存在に既に恩を受けているのですよ」
何をいっているか分からない、そう言いたげなダインに私は笑顔で続ける。
「私はこのダイン商会の客人です。そしてダイン商会が温情で私を受けれ入れてくれなければ、私はとうに路頭に迷っていたでしょう」
「……しかし、俺達はガルバ商会にラズベリアを卸しているだけだ。こんな氷を買うほどの価値など俺達には」
「それでも、貴方達はガルバ商会の傘下の職人です」
そこで、言葉を切って私はにっこりと笑った。
「何より、貴方達が活躍することはガルバ商会の役に立つ。理由はそれだけで十分でしょう?」
翌日、ひーひー言いながら歩いて来た私を迎えたのは、ダインの冷ややかな目線だった。
それに、私はにっこりと笑いながら告げる。
「秘密兵器です!」
ぼろん、と横から水がこぼれ落ちたのはそのときだった。
嫌な沈黙が、私とダインの間に満ちる。
冷や汗を垂らしながら、私の頭に浮かぶのはやってしまったという思いだった。
本来であれば、これはもっともったいぶって取り出す予定の秘密兵器だった。
だが、どうしてこのタイミングでこんな失敗をしてしまうのか……。
そう内心嘆く私に対し、ゆっくりとダインは腰を下ろす。
「……冷えている。これはどういうことだ?」
そう問いかけてくるダインに、私は一度嘆息する。
しかし、今の状態でもったいぶってもしかたない、そう判断して口を開いた。
「いえ、これが職人の皆様には一番喜ばれる差し入れだろうと思いまして」
そう言いながら、私は昨日のことを思い出す。
この差し入れが一番喜ばれると思った理由を。
その理由こそ、ここから出てくる職人が全員汗をかきながら出てきた姿を見たからだった。
「あれだけ熱そうなのに、皆様なぜか長袖を身につけていますし。それならこの冷えた水が一番喜んでもらえるかと思いまして」
そう言いながら、私は大きな鞄を開く。
そこには大きな氷と水の入った容器がところせましと入っていた。
「……それを条件に、何を求める?」
その声に反応し、顔を上げるとダインの顔に浮かぶのは警戒心だった。
その表情に、少し悩んでから私は告げる。
「何も」
「何も、だと?」
「いえ、下心はもちろんあります。もう少し仲良くなりたいという気持ちが。でも、新しく対価を貰うつもりはないです」
「……なぜ? お前は商人だろう?」
その言葉に、私は思わず笑っていた。
目の前の職人、ダインは本当に頭がいい人だと改めてそう思って。
商人という人種についてよく知っているどころか、この数日で私という人間を見極めてきたのだから。
そう、ダインの言うとおりだった。
私は貴族というよりもずっと、商人に近い生き物だった。
名誉ではなく、利を追い求める考えが根底に残っている。
大商人たる、公爵閣下に教えてくれた知識が私の根底には根付いている。
「だからこそですよ」
そしてそれ故に、私はこの水に対価を求める気はなかった。
「……は?」
「私は貴方達に、いえガルバ商会という存在に既に恩を受けているのですよ」
何をいっているか分からない、そう言いたげなダインに私は笑顔で続ける。
「私はこのダイン商会の客人です。そしてダイン商会が温情で私を受けれ入れてくれなければ、私はとうに路頭に迷っていたでしょう」
「……しかし、俺達はガルバ商会にラズベリアを卸しているだけだ。こんな氷を買うほどの価値など俺達には」
「それでも、貴方達はガルバ商会の傘下の職人です」
そこで、言葉を切って私はにっこりと笑った。
「何より、貴方達が活躍することはガルバ商会の役に立つ。理由はそれだけで十分でしょう?」
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