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第三十四話
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「あ? 女が作業場に入りたい? 何をいってやがる?」
それから一時間後、私とマシュタルが立っていたのはラズベリアで最大規模の商会だった。
何とか中に入れて欲しいと願う私達に対し、男の返事は端的な拒絶だった。
「い、いえ、実はこれはガルバ商会の仕事で……」
「ガルバの野郎? それと女が作業場に入ることに何の関係がある」
そう言って、私を睨みつけるように見てくる男。
その身体はところどころに傷があり、とても大きい。
その上、その片目には傷があり閉じられている。
それもまた人相を悪くしており、見るからに威圧感のある見た目に、私も顔がひきつる。
相手はただ話がつながらなくて聞いているんだろうが、とにかく怖すぎる。
とはいえ、それで会話をあきらめる訳にはいかない。
「いえ、実は人を探していて、作業場に入りたいんです」
「ん? 何だそんなことか。もっと早く言え」
「あ、はは……」
その言葉に、ひきつった笑いを浮かべながら、内心私は安堵する。
とにかく、話が通ったようでよかったと。
そして、少し私は安堵する。
この様子を見る限り、機嫌が悪そうな様子も感じない。
これなら作業場にも入れてもらえるだろうと。
「だが無理だ。女は作業場にはいれない」
「……え?」
しかし、帰ってきたのは淡々とした拒絶だった。
その男の声に怒りはなかった。
ただ感情はない声で私に続ける。
「悪いがそれは絶対の取り決めだ」
その声に、私は思わず言葉を失う。
感情がこもっていないのが何よりその男の思いを物語っていた。
私をここに入れないというのは目の前の男にとって、前提条件であることに。
そのことに気づき固まった私の代わりに、愛想のいい笑みを浮かべマシュタルが前にでる。
「まあ、少しお話をきいてくれませんか? もちろん謝礼はしっかりさせて頂きます」
「関係ない。無理だ」
しかし、とりつく暇もなく男はそう告げる。
「人探しなら近くの酒場に行け。そこでなら、情報がもらえるはずだ」
それを最後に、男は作業場に戻っていく。
後に残されたのは、呆然とする私とマシュタルだった。
「……一切の考慮の余地もなかったわね」
「悪感情がないのがよりたちが悪そうですね」
マシュタルの言葉に、私は深々と息を吐く。
本当にその通りだ。
あまりにも当然のようにそう言ってきた男の様子を見る限り、切り崩すのはあまりにも難しそうだ。
「今回も一筋縄でいかなそうですね」
「ええ、本当に……。いつもどうしてこんな難題ばかりなのかしら」
本心から、私はそう告げる。
しかし、そんな私になぜかマシュタルは苦笑を浮かべた。
「……何?」
「いえ、相変わらずセルリアは口だけでしか嘆かないなと」
「え?」
呆れたように、マシュタルは私の口元を指さす。
「だって、セルリアは今笑ってますよ」
「っ!」
反射的に口元を確認した私は、確かに自分の口元が弧を描いていることに気づく。
わくわくしている自分に気づいたのは、その時だった。
同時に私はふと気づく。
……今の今まで、マイリアル伯爵家やネパールのことを忘れていたことを。
「そっか、私今楽しんでいるのね……」
そう言いながら、私は思わず笑ってしまいそうになる。
本当に私は何て令嬢なのだろうと。
……マイリアル伯爵家や、ネパールに疎まれるのも当然のことだったかもしれないと。
「セルリアらしいですね」
「え?」
楽しそうに笑うマシュタルの顔が目に入ったのはその時だった。
「ようやくセルリアらしさが戻ってきましたね」
──その言葉に一瞬頭によぎった不安はもう消えていた。
自分は本当に、なんて単純なのだろうか。
そう思わず笑ってしまいそうになりながら、私はマシュタルに告げる。
「いいから酒場に行くわよ! 商会長にはああいったけど、少しくらいやり返しても罰は当たらないわ。ラルバにはぎゃふんと言わせてあげましょ!」
「はい。お嬢様のお心のままに」
私は笑いながら走り出す。
その心に不安はもうなかった。
それから一時間後、私とマシュタルが立っていたのはラズベリアで最大規模の商会だった。
何とか中に入れて欲しいと願う私達に対し、男の返事は端的な拒絶だった。
「い、いえ、実はこれはガルバ商会の仕事で……」
「ガルバの野郎? それと女が作業場に入ることに何の関係がある」
そう言って、私を睨みつけるように見てくる男。
その身体はところどころに傷があり、とても大きい。
その上、その片目には傷があり閉じられている。
それもまた人相を悪くしており、見るからに威圧感のある見た目に、私も顔がひきつる。
相手はただ話がつながらなくて聞いているんだろうが、とにかく怖すぎる。
とはいえ、それで会話をあきらめる訳にはいかない。
「いえ、実は人を探していて、作業場に入りたいんです」
「ん? 何だそんなことか。もっと早く言え」
「あ、はは……」
その言葉に、ひきつった笑いを浮かべながら、内心私は安堵する。
とにかく、話が通ったようでよかったと。
そして、少し私は安堵する。
この様子を見る限り、機嫌が悪そうな様子も感じない。
これなら作業場にも入れてもらえるだろうと。
「だが無理だ。女は作業場にはいれない」
「……え?」
しかし、帰ってきたのは淡々とした拒絶だった。
その男の声に怒りはなかった。
ただ感情はない声で私に続ける。
「悪いがそれは絶対の取り決めだ」
その声に、私は思わず言葉を失う。
感情がこもっていないのが何よりその男の思いを物語っていた。
私をここに入れないというのは目の前の男にとって、前提条件であることに。
そのことに気づき固まった私の代わりに、愛想のいい笑みを浮かべマシュタルが前にでる。
「まあ、少しお話をきいてくれませんか? もちろん謝礼はしっかりさせて頂きます」
「関係ない。無理だ」
しかし、とりつく暇もなく男はそう告げる。
「人探しなら近くの酒場に行け。そこでなら、情報がもらえるはずだ」
それを最後に、男は作業場に戻っていく。
後に残されたのは、呆然とする私とマシュタルだった。
「……一切の考慮の余地もなかったわね」
「悪感情がないのがよりたちが悪そうですね」
マシュタルの言葉に、私は深々と息を吐く。
本当にその通りだ。
あまりにも当然のようにそう言ってきた男の様子を見る限り、切り崩すのはあまりにも難しそうだ。
「今回も一筋縄でいかなそうですね」
「ええ、本当に……。いつもどうしてこんな難題ばかりなのかしら」
本心から、私はそう告げる。
しかし、そんな私になぜかマシュタルは苦笑を浮かべた。
「……何?」
「いえ、相変わらずセルリアは口だけでしか嘆かないなと」
「え?」
呆れたように、マシュタルは私の口元を指さす。
「だって、セルリアは今笑ってますよ」
「っ!」
反射的に口元を確認した私は、確かに自分の口元が弧を描いていることに気づく。
わくわくしている自分に気づいたのは、その時だった。
同時に私はふと気づく。
……今の今まで、マイリアル伯爵家やネパールのことを忘れていたことを。
「そっか、私今楽しんでいるのね……」
そう言いながら、私は思わず笑ってしまいそうになる。
本当に私は何て令嬢なのだろうと。
……マイリアル伯爵家や、ネパールに疎まれるのも当然のことだったかもしれないと。
「セルリアらしいですね」
「え?」
楽しそうに笑うマシュタルの顔が目に入ったのはその時だった。
「ようやくセルリアらしさが戻ってきましたね」
──その言葉に一瞬頭によぎった不安はもう消えていた。
自分は本当に、なんて単純なのだろうか。
そう思わず笑ってしまいそうになりながら、私はマシュタルに告げる。
「いいから酒場に行くわよ! 商会長にはああいったけど、少しくらいやり返しても罰は当たらないわ。ラルバにはぎゃふんと言わせてあげましょ!」
「はい。お嬢様のお心のままに」
私は笑いながら走り出す。
その心に不安はもうなかった。
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