上 下
23 / 72

第二十三話 (公爵家当主視点)

しおりを挟む
「……何なんだ、この状況は」

 怒りで手紙を持つ手が震える。
 その手紙はアズリック商会のもの。

「セルリアの婚約が破棄されただと?」

 その中身を見て儂、公爵家当主カイザード・マインザリッドは叫ぶ。

「すぐに馬車を用意しろ、セルリアは儂が保護する!」

 そう言いながら、儂は椅子から立ち上がる。
 そして準備をしようとして、その声が響いたのはその時だった。

「おやめ下さい。それはあの方、セルリア様を不幸にするだけです」

 声の方向へと顔を向けると、そこにいたのは執事服を身につけた初老の男、公爵家家宰セバスチャンだった。
 セバスチャンは儂を冷ややかな目で見つめながら告げる。

「今公爵家内部にセルリア様を取り込む危険性についてカイザード様もよく理解しているでしょう? アズリック殿の手紙にもそのことは記されていたはずです」

 そのセバスチャンの言葉に、儂は黙る。
 確かにセバスチャンの言った通りだった。
 手紙ではアズリックは何度もセルリアには手を出さないようにとかかれていた上、公爵家が手を出す危険性は言われなくても理解できている。
 それでも感情が納得しなかった。

「だが、このマイリアル伯爵家とネパールの増長を許していいと思っているのか?」

 感情を露わに、儂はセバスチャンを睨みつける。

 公爵家当主、カイザード・マインザリッド。
 その名前が世間でどう呼ばれているか、儂は理解していた。
 偏屈な成金貴族。
 けれど、貿易の才能は天下一。
 気にいられれば、その恩恵は計り知れない。

 その全てが儂の立場を見ただけのもの。
 儂という本人を見る人間はいはしなかった。
 そう、儂の家族のように。
 けれど、セルリアだけは違った。

「……儂の貿易についての話を嬉々として聞いてくれたのはあの娘だけだったのだぞ」

 儂がこれまでの人生をかけて打ち込んできた貿易に関する知識。
 それは年若い娘にはおもしろくない話だったはずだろう。
 けれど、セルリアは数時間にも及ぶその話を喜んで聞いてくれた。
 他の貴族には成金として蔑まれ、息子にさえ理解してもらえなかった話を。
 セルリアは儂にとって、孫のような存在だった。

「そんなセルリアがこんな目に遭っているというのに、儂に指をくわえて見ていろと言うのか!」

「……復讐より、セルリア様の保護優先ですか」

「当たり前だ。マイリアル伯爵家などの小物、後でどうにでもできるし、報いは受けさせる。しかし、その前の話だ」

 その私の言葉に、セバスチャンは笑みを浮かべた。

「その姿勢には我が主ながら敬服いたします。──ただ、だからこそ優先順位を間違えるべきではないかと」

「優先順位……」

「はい。セルリア様なら何があっても自力で対処される方です。それより、他の貴族がそれを邪魔しようとすることが一番の懸念です」

 そのセバスチャンの言葉に、儂はとっさに怒鳴りかける。
 それでセルリアが酷い目に遭っていたら、どうするのだと。
 しかし、儂は目を閉じて深々と息を吐いた。
 そのうちに、その感情的になっていたのが落ち着いてくるのがわかる。

「……分かった儂がやるべき事はマイリアル伯爵家の対処だな」

「はい」

「アズリックには、セルリアの近況を儂に流せと伝えておけ。それが今回言いなりになってやる条件だと」

 儂の言葉に、満足そうに一礼してセバスチャンは部屋を後にする。
 後に残されたのは、暴発寸前の怒りを抱えた儂の姿だった。

「いいだろう。今はセルリアのことは頭の隅に置いておこう。──代わりに、この怒り全てをマイリアル伯爵家、ネパールにぶつけてやる」


 ◇◇◇


 次回からネパール視点となります!
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

令嬢に転生してよかった!〜婚約者を取られても強く生きます。〜

三月べに
ファンタジー
 令嬢に転生してよかった〜!!!  素朴な令嬢に婚約者である王子を取られたショックで学園を飛び出したが、前世の記憶を思い出す。  少女漫画や小説大好き人間だった前世。  転生先は、魔法溢れるファンタジーな世界だった。リディーは十分すぎるほど愛されて育ったことに喜ぶも、婚約破棄の事実を知った家族の反応と、貴族内の自分の立場の危うさを恐れる。  そして家出を決意。そのまま旅をしながら、冒険者になるリディーだったのだが? 【連載再開しました! 二章 冒険編。】

結婚式の夜、夫が別の女性と駆け落ちをしました。ありがとうございます。

黒田悠月
恋愛
結婚式の夜、夫が別の女性と駆け落ちをしました。 とっても嬉しいです。ありがとうございます!

酷い扱いを受けていたと気付いたので黙って家を出たら、家族が大変なことになったみたいです

柚木ゆず
恋愛
 ――わたしは、家族に尽くすために生まれてきた存在――。  子爵家の次女ベネディクトは幼い頃から家族にそう思い込まされていて、父と母と姉の幸せのために身を削る日々を送っていました。  ですがひょんなことからベネディクトは『思い込まれている』と気付き、こんな場所に居てはいけないとコッソリお屋敷を去りました。  それによって、ベネディクトは幸せな人生を歩み始めることになり――反対に3人は、不幸に満ちた人生を歩み始めることとなるのでした。

【本編完結】捨ててくれて、大変助かりました。

ぽんぽこ狸
恋愛
 アイリスは、突然、婚約破棄を言い渡され混乱していた。  父と母を同時に失い、葬儀も終えてまだほんの数日しかたっていないというのに、双子の妹ナタリアと、婚約者のアルフィーは婚約破棄をしてこの屋敷から出ていくことを要求してきた。  そしてナタリアはアルフィーと婚約をしてこのクランプトン伯爵家を継ぐらしい。  だからその代わりにナタリアの婚約者であった血濡れの公爵のところへアイリスが嫁に行けと迫ってくる。  しかし、アイリスの気持ちはひどく複雑だった。なんせ、ナタリアは知らないがクランプトン伯爵家はアルフィーに逆らえないとんでもない理由があるからだった。  本編完結、いいね、お気に入りありがとうございます。ちょっとだけその後を更新しました。

放置された公爵令嬢が幸せになるまで

こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸
恋愛
 成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。  何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。  そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。

公爵家の家族ができました。〜記憶を失くした少女は新たな場所で幸せに過ごす〜

ファンタジー
記憶を失くしたフィーは、怪我をして国境沿いの森で倒れていたところをウィスタリア公爵に助けてもらい保護される。 けれど、公爵家の次女フィーリアの大切なワンピースを意図せず着てしまい、双子のアルヴァートとリティシアを傷付けてしまう。 ウィスタリア公爵夫妻には五人の子どもがいたが、次女のフィーリアは病気で亡くなってしまっていたのだ。 大切なワンピースを着てしまったこと、フィーリアの愛称フィーと公爵夫妻から呼ばれたことなどから双子との確執ができてしまった。 子どもたちに受け入れられないまま王都にある本邸へと戻ることになってしまったフィーに、そのこじれた関係のせいでとある出来事が起きてしまう。 素性もわからないフィーに優しくしてくれるウィスタリア公爵夫妻と、心を開き始めた子どもたちにどこか後ろめたい気持ちを抱いてしまう。 それは夢の中で見た、フィーと同じ輝くような金色の髪をした男の子のことが気になっていたからだった。 夢の中で見た、金色の花びらが舞う花畑。 ペンダントの金に彫刻された花と水色の魔石。 自分のことをフィーと呼んだ、夢の中の男の子。 フィーにとって、それらは記憶を取り戻す唯一の手がかりだった。 夢で会った、金色の髪をした男の子との関係。 新たに出会う、友人たち。 再会した、大切な人。 そして成長するにつれ周りで起き始めた不可解なこと。 フィーはどのように公爵家で過ごしていくのか。 ★記憶を失くした代わりに前世を思い出した、ちょっとだけ感情豊かな少女が新たな家族の優しさに触れ、信頼できる友人に出会い、助け合い、そして忘れていた大切なものを取り戻そうとするお話です。 ※前世の記憶がありますが、転生のお話ではありません。 ※一話あたり二千文字前後となります。

無能と呼ばれ、婚約破棄されたのでこの国を出ていこうと思います

由香
恋愛
家族に無能と呼ばれ、しまいには妹に婚約者をとられ、婚約破棄された… 私はその時、決意した。 もう我慢できないので国を出ていこうと思います! ━━実は無能ではなく、国にとっては欠かせない存在だったノエル ノエルを失った国はこれから一体どうなっていくのでしょう… 少し変更しました。

処理中です...