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 目の前の男、サイスが魔術を発動した瞬間、俺は恐怖を抑え込むことができなかった。
 アーザス様の突撃の指示にもかかわらず、足がすくんで前に出られなくなる。
 そうなれば普通、後ろの騎士に押し倒されてもおかしく無いのだが、そうなることはなかった。

 ……俺だけでなく、仲間の騎士達も足がすくんでいたのだ。

 何時もは嘲り、成り上がりと蔑んでいるサイス。
 だが、俺たちは戦場でのサイスの恐ろしさを知っていた。
 だからこそ、恐怖を覚えずにはいられない。

 「………あれ?」

 だが、それから数秒がたっても魔術が発動することはなかった。
 まるで変わらない目の前の景色、それに俺はサイスの魔術が失敗したことを理解する。
 いや違う。魔術を失敗したんじゃない。

 「ブラフだ!あいつは魔術なんか使えない!」

 そう理解した瞬間、俺を今までと打って変わって笑みを浮かべる。
 たしかにサイスは恐ろしい魔術師だが、触媒を奪われれば奴だって碌な抵抗はできないのだ。
 今のあいつは、丸腰も同然だ。

 それを悟った俺は、サイスへと改めて突撃しようとして──後ろから、アーザス様のうめき声が聞こえてきたのはその時だった。

 「あ、がっ!ぐぎ、ぐぞ!何が……っ!」

 呆然と後ろを振り返った俺の目に飛び込んできたのは、あのアーザス様が跪いてもがき苦しむ姿だった。
 その信じられない光景に、俺はただ呆然と立ち尽くす。
 ……だから俺は、いつのまにか足元に音もなく忍び寄っていた黒い靄に気づくのが遅れることになった。

 「何だ、こ………っ!」

 足元に突然溢れ出した靄を、俺が避けようとしたその時には最早手遅れだった。
 突然、身体に抗いがたい倦怠感が走り、俺は膝から崩れ落ちる。
 その時になってようやく俺は気づく、あの靄は最悪の呪いだったことを。

 自分の身体から、どんどんと熱が奪われていき死が刻一刻と近づいてくることがわかる。

 何故、こんなことになった?たしかにサイスの触媒は全て奪ったはずで、なのに何であいつは魔術を発動した?

 「何が、触媒だったか教えてあげましょうか?アーザスサマ」

 薄まっていく意識の中、嘲りと憎しみを隠そうともしないサイスの言葉が聞こえた。

 「俺が触媒にしたのはこれだよ──お前が、俺から奪ったこの宝剣を触媒にいたんだよ」

 サイスが告げた触媒の正体。
 その意味を理解した俺の心に後悔が浮かぶ。

 ……やはり、あのサイスを敵に回さなければ良かったと。

 それが俺の最後の想いだった。
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