御託はいいのでさっさと離縁してください旦那様

第30話

　「あ、ああ……」

　民衆の反乱、その知らせを耳にしてからサーダンは呆然自失に陥っていた。
　サーダンの頭に浮かぶ感情は恐怖。
　今まで自分に支配されるためだけに存在していると思い込んでいた民衆の反乱はそれほどの衝撃をサーダンに与えていた。

　「な、なんで……」

　サーダンは恐怖で顔を歪めながら同じ言葉をうわ言のように呟く。
　その言葉は自分の所有物だと思い込んでいた民衆の反乱に対する言葉なのか、それとも一国の王である自分が何故このような目に遭っていることに対する言葉なのか、サーダンは自身でさえ理解できていなかった。
　………それほどまでにサーダンは追い詰められていたのだ。

　「っ!」

　けれども、そんな状態でありながらサーダンはある一つの判断だけは誤らなかった。

　「うわぁぁぁ!」

　すなわち、マレリアの前にいることがどれ程危険なのかをようやくサーダンは理解したのだ。
　マレリアの姿を目にして迷うことなく逃げ出したサーダンの顔には、もはやマレリアの美貌に対する情欲は浮かんでいなかった……




　◇◆◇





　「はぁ、はぁ、くそ！くそ！」

　マレリアに悲鳴をあげ逃げ出したサーダンは、走るうちに冷静さを取り戻していた。
　けれども、冷静さを取り戻しただけでその胸のうちに巣くうマレリアへの恐怖は変わることはなかった。

　「あんな怪物、早く聖マリフィナ王国から追い出していれば……」

　そして現在サーダンの胸をしめているのは過去の自分にたいする後悔だった。
　思い浮かぶのはマレリアの美貌に心を奪われ彼女を自分のものにしようとした過去のおろかな自分。

　「あの時離縁を認めてさえいれば……」

　その時にはもうすでに手遅れであったことに気づくこともなくサーダンはそう言葉を漏らす。

　「本当に私は………っ!?」

　サーダンの未練がましい言葉は、突然目の前が開けたことで止まることとなった。
　………反射的に城壁へと逃げていたサーダンは上に上がったことによって逃げ道が無くなったことに気づいたのだ。

　「しまった！」

　次の瞬間サーダンの顔から血の気が引く。

　「あ、あれは………」

 ………しかしその時偶然目に入った人影がサーダンの顔に歪んだ笑みを作った。