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3巻
3-3
しおりを挟む「さあ、ご主人さま! 修業の成果を見せてやるのにゃ!」
「任せて! はあああああああああ!」
思い出せ! この二週間、ヴェネくんにしごかれて鍛えた俺の『攻撃魔法』を! くらえ!
「火魔法『ファイヤ』!」
「ギュブブブブブブブブブブ~!」
突き出した右手から噴き出すのは、全てを焼き尽くす地獄の業火! ……なわけもなく、火魔法において最も基礎的な『ファイヤ』。
リリアン愛用『ファイヤボール』のように遠くに飛ばすこともできず、射程はせいぜい五十センチメートル。威力は当然『ファイヤボール』に遠く及ばない。
でもこれが、技能スキル『魔導書』がレベルアップし、魔法習得難易度が下がったおかげでようやく使えるようになった、唯一の攻撃魔法だ。
「わー、よく溶けるの……」
「スライムには火魔法が効果的ですからね」
……リリアンとクロードはそう言ってくれたけど、攻撃されても反撃してこない『スライム』くらいにしか使えない。
巨大なゼリー状の魔物、スライム。
一匹だと通路を徘徊するだけだが、数が揃うと無限に合体を繰り返し巨大化する迷惑な魔物だ。放っておくと手が付けられなくなるため、見つけたら駆除するのが冒険者の常識であった。
――で、覚えたての『ファイヤ』の訓練にはちょうどいい相手だったわけだ。
壁を這っていたスライムは熱せられた牛脂のように溶け出し、蒸発して消えてしまった。
「一体倒すのに約十秒……まあまあにゃね。精進するにゃ、ご主人さま」
「うう、了解……」
「では次に参りましょう」
スライムを倒し終えた俺達は、クロード、俺、リリアンとヴェネくんの順で隊列を維持したままダンジョン探索を再開した。
北のダンジョンを一言で表わすと、まさに『坑道』だ。山の地下だけあって地面も壁も、天井に至るまで全てが土と岩で構成された通路になっている。
広さは幅、高さが三メートルくらいで、まるで計算されて掘られたように整然とした迷路が広がっている。地下通路としては十分広いが、クロードが戦うには少し狭いかも。
それぞれが腰にランタンを、リリアンが光魔法を使って周囲を照らしているが、実はそれらがなくてもほどほどに明るい。
なんと通路全体が淡い光を発しているのだ。ヴェネくんによればこれは魔石の輝き。土や岩に魔石の粒が多量に含まれており、それが光っているそうだ。
……まるで人間が通るのを前提に作られたような空間だ。
神に仕えるヴェネくんも、ダンジョンの創造主が誰なのか知らない。本当に不思議なところだ。
ダンジョンに入って既に二時間。
とりあえず俺達のダンジョン攻略は、未だに俺のメイン武器である弓を使う機会が来ない程度には順調だった。ここまでで使ったのは『ファイヤ』だけだね。
まあ第一階層から第三階層までは、ギルドが地図を完成させているんだから当然なんだけど。
冒険者から買い取った情報をもとに、ギルドはダンジョンの地図を作成し販売していた。俺が受付をしている間にクロードが購入したらしい。
おかげで道に迷う心配もなく、地図を見ながら着実に次の階層へ向かうことができる。
「クロードに『世界地図』を使うなって言われた時はどうしようかと思ったけど、案外何とかなるもんだね」
「地図がある第三階層までであれば問題はないでしょう。特にこの第一階層は一切罠が存在しないことも判明済みですので、注意が必要なのは第二階層からですね」
今の会話の通り、ダンジョンに入ってから俺は未だに技能スキル『世界地図』を使っていない。
周辺の地理情報と魔物の位置情報が分かる便利なスキルだが、クロード曰く『それに頼り切りでは危機察知能力が養われない』ということで、現在は封印中なのだ。
……そろそろこの階層も終わりかな?
「ふむ、地図によると、ここが第二階層への入り口のはずですが……」
「入り口、ないよ?」
クロードとリリアンが周囲をキョロキョロと見渡すが、確かに下へ続く階段など見当たらない。
俺はクロードの背中に声を掛ける。
「場所を間違えたかな?」
「そんなはずはないと思うのですが……」
「『世界地図』を使う?」
「いえ、こういう状況の解決もまたダンジョン攻略の訓練です。もう少し頑張りましょう」
とは言っても、確かに地図通りに進んでここまで来たはずなのに、一体階段はどこへ……。
「んん~?」
「どうしたの、ヴェネちゃん?」
「この壁、にゃんだか変な感じがするにゃ。何が違うにゃ……?」
そこは第二階層への階段があるはずの場所。ヴェネくんは一体何に違和感を………………あ。
「この壁だけ、光ってない……?」
「――っ! ヒビキ様、『鑑定』を!」
言われるがまま俺は壁に向かって『鑑定』を発動させた。するとそれは――壁ではなかった。
「……これ、魔物だ。名前は……『ロックドロック』?」
「ロックドロック……そうか、こいつが入り口を塞いでいたのか。第一階層にいるとは意外な」
【技能スキル『辞書レベル3』を行使します】
『ロックドロック』
岩石の魔物。ダンジョン特有の魔物で、壁に擬態して通路を塞ぐ習性を持つ。戦闘力は皆無。
生物よりはゴーレムに近い存在。破壊するとダンジョンに吸収され、再びどこかに出現する。
ロックドロックに向けてクロードが新武器『マグネティカ』を突き立てた。黒い柄の槍はロックドロックの壁面を容易く貫通した――が、クロードの表情は芳しくない。
「クロード?」
「これは私の槍と相性がよくないですね。貫通はしますが、穴が開くだけで壁を破壊できません」
見ればロックドロックの壁面には、確かに小さな穴が開いていた。だがクロードの技術が高すぎるのか、穴の周辺にはひびすら入っておらず、壁が壊れる気配はない。
「だったらここはリリアンちゃんの出番にゃ!」
「――? ヴェネちゃん、わたし?」
「リリアンの魔法で破壊するの?」
「違うにゃ。せっかくだから、リリアンちゃんの武器の威力を試してみるのにゃ」
「武器の威力? ああ、『ブロッサムワンド』!」
「それでドカンと一発ぶちかますのにゃ、リリアンちゃん!」
リリアンの手に握られているのは『ブロッサムワンド』。花の蕾のような形状の杖で、MPを消費して物理攻撃力を強化する技能スキル『アタックブースト』が付与されている。
いざという時のため、魔法以外の攻撃手段として用意した武器がこんなところで役に立つとは。
両手で杖を振り上げたリリアンが、杖に魔力を込める。すると、杖の先端の蕾の隙間から光が漏れ始め――閉じていた花弁が勢いよく全開した。
「――えっい!」
同時に、リリアンは壁に向かって杖を叩きつけた。杖から放たれる光に一瞬目が眩み、俺は片手で視界を遮る。すると、ビルを爆破倒壊させたような轟音と粉塵がまき散らされた。
「ごほごほ……びっくりした。リリアン、大丈夫?」
「うん、わたしは平気」
「ヴェネが『盾使いの腕輪』で障壁を張っていたから何ともないにゃよ?」
ようやく粉塵が収まると、ロックドロックは粉砕され第二階層へ続く階段が姿を見せた。ロックドロックの残骸は『辞書』に記されていた通り、ダンジョンの地面に呑み込まれ消えていく。
「ほお、瞬間的な最大攻撃力はおそらく今の私以上ですね……」
いや、うん、予想以上の結果だよ……護身用のつもりで選んだけど、結果としてリリアンは魔法にしろ物理攻撃にしろ、クロードを超えてパーティー最強の攻撃力を獲得しました……。
「リリアンちゃん、結構MPを消費したにゃ? 使った分はちょっと補充しておくにゃ」
「うん、そうする」
軽く左手を掲げるリリアン。ローブの袖から見えるのは純ミスリル製の銀の腕輪『魔蓄のブレスレット』。中央に装飾された小さな魔石が淡い光を放ち、リリアンの全身に伝播していった。
装備しておくだけで、少しずつ所持者の魔力を吸い取りMPを蓄えることのできる魔法道具だ。今のように大量にMPを消費した時、あらかじめ溜めておいたMPを補充することができる。
「ありがとう、リリアン。助かったよ」
「えへへ」
「じゃ、次の階層に行ってみようか」
俺の言葉に全員が頷く。俺達は再び隊列を組んで階段を下った。
『サポちゃんより報告。神威伝導率が十七パーセント減衰しました。最大で二十五パーセントまで減衰する可能性があります。サポちゃんより以上』
第二階層に来た瞬間、またサポちゃんから声が。確かダンジョンに入った直後にも聞いたな。
サポちゃん、今のってどういう意味で――。
「ヒビキ様、前方から魔物が来ます! 武器を構えてください!」
「――っ!?」
慌てて弓を構え、前方に視線を向けた。
現れたのは『ヒュージビー』という巨大な蜂の魔物が三体。普通の蜂同様にお尻の針に毒があり、刺されると体が麻痺する。奴らはその間に俺達をムシャムシャと食べてしまうのだ。
――て、驚いてる場合じゃないな。すぐに『鑑定』を!
「えーと、左からレベル15、18、12だね」
「では左の二体はお任せください。ヒビキ様は右をお願いします。リリアン、討ち漏らしが出た時は魔法でとどめを頼む!」
「リリアンちゃん、この通路で火魔法の乱射は危ないにゃ。風魔法を使うにゃ!」
「うん、分かった!」
ドンッとクロードが飛び出す。クロードならあの程度の魔物の二体なんてすぐに片付ける。
突然の出現で焦ったが、よく考えてみれば大した脅威じゃない。シルバーダイヤモンドウルフ戦で主神様からもらった『精霊弓術』と『識者の眼』の命中補正コンボがあれば、あんな奴、瞬殺さ!
【命中率六十五パーセント。命中補正限界です】
「え? ――あっ!」
予期せぬ言葉に思わず矢を放ってしまった。光の矢は光速で飛ぶ回避不能の矢だが、敵に当たらなければ意味がない。矢は魔物から外れ、通路の天井に突き刺さってしまった。
「――っ! ヒビキ様!」
あっという間に二体の蜂を倒したクロードが叫ぶ。残った蜂は、俺に向かって毒針を突き出し、一直線に滑空し――。
「風魔法『ウインドカッター』!」
「ギュピピピイイイイッ!?」
リリアンの風魔法によってあっさり切り刻まれてしまった。
クロードがすぐに駆け寄ってくる。
「ヒビキ様! お怪我はございませんか!?」
「う、うん、大丈夫。ありがとう、リリアン。おかげで助かったよ」
「んーん、お兄ちゃんに怪我がなくて、よかったの」
「それにしても、ご主人さまが矢を外すなんて珍しいにゃね? 最近は百発百中だったのに」
「ははは、失敗しちゃった……」
「ダンジョンで初めてのまともな戦闘でしたからね、緊張されたのでしょう。私も配慮が足りませんでした。リリアン、的確なフォローだったぞ、よくやったな」
「うん、お兄ちゃんもクロさんも、わたしが守るの!」
「ははは、その意気だ。これからも頼むぞ」
「うん!」
「では参りましょうか。第二階層の地図はありますが、通路に設置された罠までは分かりません。ダンジョンの罠は定期的に位置が変わってしまうからです。注意して行きましょう」
それから魔物と遭遇する度に矢を射てみたが、命中せず、リリアンにフォローしてもらう戦闘が続いた。
さっきから、『識者の眼』の命中補正の精度が低いのだ。どんなに照準を合わせても六十五パーセント以上の命中率にならない。おかげで十発中四発は外してしまっていた。
みんなはあまり気にしていないようだった。
矢が百発百中になったのは先日のシルバーダイヤモンドウルフ戦からの話だし、みんなからすれば俺の矢が外れてフォローすることなど想定内なのかもしれないが、原因がはっきりしない俺としては不安で仕方がない。
大した戦闘力を持たない俺にとっては、弓矢だけが数少ない武器なのだから。
もしかして、矢の命中率が下がった原因は……。
「さて、歩きながらダンジョンの罠についても説明しておきましょう。まず注意すべきなのは――」
サポちゃん、第一階層と第二階層に入った時、何か言ってたよね。あれってどういう意味?
「――他にも、壁や地面の中には若干色合いの違う土や石などもあり、それらは大抵――」
『サポちゃんより報告。現在、神威伝導率は十七パーセント減衰中です。端的に申し上げれば、ダンジョンに入ってから主神様のお力が届きにくくなったため、固有スキル「識者の眼」と「チュートリアル」の機能が低下しています。サポちゃんより以上』
「――単純で地味ですが、数も多く意外と効果も高い罠が、落とし穴なのです」
「そうなのっ!?」
まさか、ダンジョンに入って固有スキルの力が弱まっていたなんて!
「はい、ヒビキ様。落とし穴は大変危険な罠ですのでご注意ください」
「――なんてこった……」
主神様も知っていたなら言ってくれればいいのに。あの人、肝心なところは全然教えてくれないんだよなぁ。でも、生命線の弓矢が使えないんじゃこの先苦労するぞ……。
『サポちゃんより報告。ご希望であれば「識者の眼」を命中精度特化型に設定変更することで、従来の命中補正精度まで回復させることも可能です。サポちゃんより以上』
「ご安心を。先ほど申し上げた注意点に気を付けていただければ十分回避は可能です」
「そうか! よかった、じゃあそうしよう!」
『サポちゃんより報告。申請を受諾。設定変更開始……完了しました。サポちゃんより以上』
「これで安心だね」
「ははは、そうですね。ですが罠はまだまだいろんな種類があるので、十分お気を付けください」
『サポちゃんより報告。再度設定変更をする場合は、一度ダンジョンを出て、固有スキルの性能を完全復旧させる必要があります。ご注意ください。サポちゃんより以上』
「わかったよ――ん?」
ふと気が付くと、クロードは俺を見つめながらなぜか満足げに頷いていた。
「――? どうかしましたか、ヒビキ様?」
「いや、何でもないけど……」
この時、俺は気付いていなかった。うっかりサポちゃんとの会話を口に出していたことにも、クロードが罠の講義をしていたことにも……。
ましてや何の偶然か、俺のサポちゃんに向けた相槌が、まさかクロードの話とも絶妙に合致していたなんて、全く気が付いていなかったんだ。
サポちゃんの設定変更のおかげで弓矢の命中率は百パーセントに回復した。以降も何度か魔物に遭遇したが全ての矢が的中し、リリアンに余計な負担を強いる回数は目に見えて減った。
ほっと安堵の息をつく。緊張が和らいだせいか、ここに来てあることに気が付いた。
――ダンジョンの中が、さっきまでよりも少し、薄暗いのだ。
『サポちゃんより報告。「識者の眼」を命中補正特化型に設定したため、先ほどまで機能していた「視覚照度調整」が機能停止しています。サポちゃんより以上』
へえ、『識者の眼』ってそんなことまでしてくれてたんだ。もしかして、俺が知らないだけでもっと他にも機能があったの?
『サポちゃんより報告。「偽証・隠蔽情報の看破」や「立体認識補正」「時間・距離・速度などの自動計測」など、その他にも多種多様な補正機能がありました。サポちゃんより以上』
そうだったんだ、全然知らなかった……。
『サポちゃんより報告。原則的に全て、ヒビキ様の無意識下で自律的に実行される機能です。意識的に認識することは困難と推測できます。サポちゃんより以上』
そういえば、『チュートリアル』も機能が落ちてるんだよね、どういう状況なんだろ?
(こう――状況――よ? 声――届き――でしょ?)
主神様の声! ……でも音飛びしてるなぁ。そうか、ラジオみたいに声が届きにくくなるのか。
(全体的に――支援――落ち――気を付け――いばい!)
よく聞こえなかったけど、『全体的に支援機能が落ちるから気を付けてね、ばいばい!』ってところかな?
結局具体的なことは分からないけど、以前『チュートリアル』が機能していなかった時にシルバーダイヤモンドウルフに襲われたのだから、注意した方がよさそうだな。
「ホント、気を付けないと……ん?」
ふと見つめた先の壁に、妙に色合いの違う部分があるのだ。
よく見れば綺麗な菱形をしている。焦げ茶色の土壁の中で、ここだけが赤茶色だ。
いや、これは土というか、ここだけ石で出来ているような……。
「何だろ、これ?」
もしかして、魔石の含有量の多い珍しい石だったりして。俺は何気なくその石に手を伸ばした。
「ヒビキ様、どうかされましたか? 先を行きま――ダメです!」
「え? 何が――へ?」
突然声を荒らげたクロード。何事かと振り向いた瞬間、石に触れた俺の視界が、急降下した。
まあ、何と言うか……落ちました…………落とし穴に。
◆ ◆ ◆
「ヒビキ様、私の話を聞いていなかったのですか? 聞いていましたよね?」
「えっと……あの、何の話?」
「ほお? 第二階層からは罠があるので十分に気を付けるよう申し上げたというのに、あれだけしっかり返事をしておいて、一切聞いていなかったと?」
「……ご、ごめんなさい」
もはや返す言葉もございません。真名部響生……只今通路の隅っこで正座中です。
俺を冷ややかな目で見下ろすクロードは完全に怒っていた。
先ほどうっかり落とし穴に落ちそうになった俺だったが、『瞬脚』で飛び出したクロードによってギリギリ助けられた。
落とし穴の深さは約五メートル。そして底に設置された多数の竹槍。クロードが助けてくれなかったら、俺の人生はそこで終わっていたかもしれない。言い訳のしようもないな。
「ヒビキ様、先ほど申し上げましたよね? ダンジョンの壁や地面の中には若干色合いの違う土や石などがあり、それらは大抵罠を起動させる目印だと」
「……そ、そんなこと言ってたっけ?」
「ほお? これも聞いていませんか? 先ほど私の説明に頷き『分かった』と仰っていたではありませんか。それも私の勘違いだったと?」
……『分かった』? それは……俺が、サポちゃんに返した言葉で……。
つまりあの時、クロードが俺を見て頷いていたのはそういうことだったのか。なんてタイミングで返事してるの、俺!
「……だんまりですか。つまりヒビキ様は、危険なダンジョンにいるにもかかわらず、罠の説明をしている私の話を聞かず、適当に相槌を打ち、分かった振りをして結局罠に落ちたと……?」
ぐうう、言い返せない。実際、クロードの説明は全然耳に入っていなかった。機能低下した『識者の眼』のことで頭がいっぱいだったんだ。
「罠については事前に説明していたはずです。ダンジョンではどんな油断も命取りになる、魔物だけでなく、罠で命を落とす者も少なくないのだと」
「……うん、ごめんなさい」
俺としては謝罪の言葉しか浮かばない。自分のことでいっぱいになり、クロードの説明・忠告を聞かず、死にそうになったのだから。
俯く俺を見て、クロードが諦観のため息をつく。
「ヒビキ様、実際のところ、何があったのですか? いつもでしたら、このような場で私の話を聞かないことなどなかったはずです……若干の聞き逃しと勘違いはいつものことですが」
「えっと、クロード。それ、フォローにはなってないような……」
「当然です。フォローしていません。純然たる事実です。ヒビキ様はたまに、ご自身の思考に没頭し人の話を聞き流している時があります。また、一を聞いて十の勘違いをなさることも少なくありません。今回は私の話にしっかり返答されていたので、てっきりお聞きくださっているものと油断してしまいました。不覚です」
……あれ? クロードの中での俺ってそんな評価なの? お、おかしいな。弱っちいのは認めるけど、もうちょっと頼りになる主的ポジションかと思ってたのに。
くそ、一体全体どうしてそんな評価に……。
「ほら、また私の話を聞いていませんね?」
「ふひゃ! ごめんなさい!」
ギロリと睨むクロードの顔が眼前に迫り、悲鳴を上げてしまった。
「……それで、何があったのですか? パーティー内で隠し事はいけません」
「そうにゃよ、ご主人さま。ちゃんと吐いてすっきりするにゃ!」
「お兄ちゃん、楽になって」
「あ、あれ? 何? 俺、容疑者か何かなの!? ま、まあいいけど、実は……」
観念した俺は、事の次第を説明した。キョトンとするリリアン以外、全員が驚いていた。
「ダンジョンに入ってからそのようなことが……最近調子のよかった弓が外れるようになったのはそれが原因ですか。てっきり緊張なさっているのかと。実際どうなのですか? ヴェネ様」
「ダンジョンが神々の力をいくらか遮断するって話はホントにゃ。まさかスキルに影響が出るほどとは思ってなかったにゃ。それならそうとさっさと言えばいいのにゃ、ご主人さまはダメにゃね」
「うん、反省してる……」
そうだよ、さっさとみんなに相談すればよかったのに、なぜかしなかった……なんでだろ?
「しかしせっかくの『識者の眼』を、弓の命中補正に特化させたのは失敗ですね、ヒビキ様」
「えっ!? どうして?」
「確かにもったいないことをしたにゃね、ご主人さま。機能は低下していても六、七割は当たっていたんだから、他の補正機能を残しておいた方が便利だったにゃ。きっとそっちを残していたら、さっきの罠も見破れていたんじゃないかにゃ?」
『サポちゃんより報告。可能性『大』です。サポちゃんより以上』
ええええええええっ! いや、サポちゃんそれは先に言ってくれてもいいんじゃないかな!?
……サポちゃん? おーい、サポちゃーん!
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