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2巻

2-3

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「クロードはどう思う?」

 俺達がちらりと目をやると、クロードは目と口を閉じ、チキンステーキを咀嚼そしゃくしていた。……どうでもいいけど、狼の顔でもぐもぐ咀嚼って……どうやっているのかな?
 ゴクリと喉を鳴らし口元を拭くと、クロードは小さく息を吐いてこちらを見返した。

「……そんなに恐る恐る聞かないでください。そうですね、そろそろ依頼を受けてみましょうか。ここ一週間で成長して、ヒビキ様もリリアンも及第点はクリアしたと見てよいでしょう」
「明日から依頼を受けてもいいの?」
「構いません。ただし、まずは最低のFランクからですよ?」
「分かった。ありがとう、クロード!」
「よかったの、お兄ちゃん」
「そうだね、リリアン!」

 クロードに認められて俺とリリアンはちょっと誇らしげに喜んだ。
 リリアンの隣にいたヴェネくんも温かい目で、笑顔で俺達のことを見守ってくれている。

「よかったにゃ、ご主人さま」
「うん、ありがとう、ヴェネくん!」
「ところで、チキンステーキのおかわり、もらっていいにゃ? もうちょっと欲しいにゃ」
「……うん、いいよ」

 おかわりをおねだりするための笑顔だったのね……。
 夕食を終えると、お湯を購入して体を洗った。一日中外にいたから汗だくだ。浴槽はないので体を拭くだけだが、それでも何もしないよりはさっぱりする。

「早く生活魔法を覚えられたらなぁ」
「こればっかりは待つしかないにゃ。頑張るにゃ、ご主人さま」

 湯桶ゆおけにちゃぷりとかりながらヴェネくんが俺を激励する……いいね、君はお風呂に入れて。
 ネコなのにお風呂好きって……またしてもヴェネくんからニャンコ成分が減ってしまった。
 まあ、可愛いけどさ。お風呂に入るネコなんて……うん、マジ可愛い。
 仕方がない。また明日から頑張りますか。いよいよ依頼だもんね。おやすみなさい……。


【魔法スキル『生活魔法レベル1』を習得しました】

 ……あ、とうとう生活魔法を習得した……えへへ……いい夢、見れそうだ……ぐぅ。


       ◆ ◆ ◆


「うおおおっ! 今年も戦果ゼロだったあああああああああ!」
「戦果って……何と戦ったのさ?」
「女子のハートとだよ!」

 二月十四日、バレンタイン。
 俺、真名部響生の親友、新藤しんどう大樹は毎年この時期になると『戦果』という名のチョコレートを求めてわめき散らしているのだ。無駄なことを……。
 身長百八十センチ以上の筋肉質な体格をしている彼は、そんなに見た目が悪いわけでもないのにすこぶるモテない。所謂、性格に難ありってやつだ。
 アニメやゲームが好きで、きわどい露出の美少女フィギュアを堂々と自室に飾り、あまつさえそれを自慢するような奴だ。見た目はともかく中身を知って女子は引くんだろうなぁ。
 ……大樹には絶対に指摘してやらないけどね! だって、俺も全然モテないから!
 生まれてこの方、一度だって同級生からチョコをもらえたためしが無い。やっぱり身長かなぁ。
 高校一年の冬、この年のバレンタインも俺と大樹は『戦果』を得ることはできなかった。

「せめて亜麻音か恭子きょうこちゃんが、義理でもいいからくれればいいのによ!」
「あの二人は無理だよ?」
「分かってるよ!」

 幼馴染の山原やまはら亜麻音と、その親友の豊月とよつき恭子ちゃん。俺達にチョコをくれるとしたら仲の良い彼女達くらいしかいないんだけど、残念ながらこの二人からはもらえない。

「どうして義理チョコなんかのために、アタシが散財しなくちゃいけないのよ?」

 この手のイベントに全く興味がない亜麻音にとって、バレンタインなど単なる無駄遣いの日でしかないらしく、小学生の頃から一貫して参加拒否を決め込んでいた。

「クラスの子達から本命チョコ以外は控えてほしいってお願いされてて……ごめんね」

 恭子ちゃんは俺達が通う高校でも十指に入る巨乳美少女だ。そのせいか義理チョコであっても誰かにチョコを贈るとその反応と影響が大きい。
 勘違いしたり、俺も俺もとチョコを催促するやからが大勢現れて収拾がつかなくなるため、クラスの女子達から義理チョコの配布を止められているのだ。
 つまり、大樹、亜麻音、恭子ちゃんくらいしか同年代の友人がいない俺には、学校でチョコレートをもらうことなど土台無理な話なのだ……え? 本命チョコ? それこそ無理な話ですよ!
 既に放課後となり、俺達は並んで下校している。残念ながら可能性はついえたね……。

「今年も残念ながら戦果は得られなかったね。ドンマイ、大樹」
はげまされても嬉しくねえ! いいよな、お前は! どうせ家に帰ったら綺麗なお姉様方からチョコをもらえるんだろ! くっそおおおおおおお!」

 下校中に騒がしい親友だな。そんなわけないでしょうが……。

「何の話か知らないけど、チョコなんてもらったことないよ? 俺」

 純然たる事実をべたはずなのに、なぜか大樹は「は?」とせない様子で驚いていた。

「そんなはずねえだろ? あれだけ年上美人なお姉様方と友達になっておいて、誰からもチョコをもらえないなんてこと、さすがにねえよ!」
「そんなこと言われても、実際もらってないし……」

 学校では大樹達くらいしか友人のいない俺だけど、学外には結構いるのだ。まあ、友人の少ない俺を気遣ってくれるお兄さんやお姉さんばかりだが。
 でも、あくまで友達だからバレンタインにチョコを贈られたりはしない。残念ながら……。
 大樹はそれでもまだ信じられないのかブツブツと何かをつぶやいていた。

「ありえない……あのへんた……人達が響生にチョコを渡さないなんて、絶対にありえない……」

 声が小さすぎて、なんて言っているのかよく聞こえないなぁ。

「響生、本当にチョコをもらったことはないのか?」
「なんでそんなに真剣な顔で聞くのさ? 本当だよ? 俺に毎年チョコをくれる人なんて、チョコをもらえない俺をからかってるこう兄ちゃんくらいだよ。……大樹、どうしたの?」

 なぜか大樹は眉間を指でつまむと、それはそれは大きな息を吐いて首を左右に振った。

「……毎年、チョコをくれるのは葉渡はわたり先生だけなんだな?」
「うん、そうだよ? と言っても男の候兄ちゃんからのチョコなんてノーカンだよ?」

 葉渡候一こういち、二十五歳。父方の従兄いとこだ。四歳の頃に知り合って以来ずっと頼りになるお兄さん的存在で、今は俺達のクラスの担任をしている。
 大樹ほどではないけど高身長で、さわやか系のイケメンだ。東京にある難関大学に首席合格・首席卒業を成した秀才で、高校生の頃はテニスでインターハイにも出場したほど運動神経もよい。
 教師の収入以外に株式投資なんかもやっていて、かなりもうけているそうだ。

「なんだったらずっと俺が養ってやるぞ? 卒業したら一緒に暮らすか?」

 とか何とか言って自慢されたっけ……。
 イケメンで頭も運動神経もよくてお金持ちって……何その舌打ちスペック!?

「自分がモテるからって俺をからかってるんだよ。去年なんて家中チョコだらけだったんだよ?」
「いえじゅうっ!?」
「そうそう。そのくせチョコを憎々しげに睨んでさ。いくら食べきれないからってそこまで嫌そうな顔をしなくてもいいのにね。結局チョコをどうしたのか聞いたら、『あんな危険物は早々に焼却処分した』って言うんだよ? どうせなら俺にも食べさせてくれればいいのに。そしたら『お前にだけは絶対に口に入れさせない! 入れてたまるか! こんちくしょう!』だって。酷くない?」
「……ああ、酷いな」

 プリプリ怒る俺の隣で、大樹は呆れたような顔で遠くを眺めていた。

「……酷いな、本当に酷い変態っぷりだよ、葉渡先生。もうドン引きだよ。知ってはいたけど、響生に対する執着がひどす……凄すぎる。才能の無駄遣いだ。チョコごときで目くじら立てすぎだろ」
「何か言った?」
「……お前って、同年代には全く見向きもされないくせに、なんで年上には性別問わず、いじょ……抜群にモテるんだろうな?」
「――? だからモテてないでしょ?」
「……うん、そうだな。そう思っておいた方が健全だ。気にしないでおこう……」

 なぜか大樹は再び遠い目をしてそんなことを呟いていた。どうしたんだろう?


       ◆ ◆ ◆


 今日もこの、絶対に誰にも見せられないモノが来てしまいましたわ……。
 私の名前はジュエル・フラン。冒険者ギルド、ローウェル支部の副ギルドマスターですわ。
 ネコの半獣人種で、母から受け継いだ褐色かっしょくの肌と父から受け継いだ銀の髪は私の自慢です。
 既に両親は他界してしまいましたが、今でも誇りに思っておりますわ。唯一の肉親、異母弟のジェイドのことももちろん愛しておりますが、素直じゃなくて少々手を焼いております。
 ですが今、最も持て余しているのは……私の手にある、この不愉快極まりない手紙――。
 ギルドマスター、バルス様からの定期報告ですわ!
 先月から王都に出張なさっているバルス様から毎日のように……ではなく、本当に毎日! 同じ内容の手紙が来て困っておりますの。


『ジュエル、ヒビキはギルドにもう来たか!? もう何通も手紙を送ってるのに、返信にヒビキのことが全然書かれていないじゃないか! ギルドのことで忙しいからって忘れないでくれよ? ヒビキはもう依頼は受け始めたか? 昇格はできそうか? 怪我とかしてないだろうな? もししていたらすぐに連絡するんだぞ? 俺がそっちに戻るからな! 絶対だぞ! アイツ、俺と約束した酒飲みのこと忘れてないだろうな? 頼むからちゃんと確認してくれよ? 俺が戻ったらアイツと一緒に酒を飲むんだからな! まさかとは思うが、街を出て行ったりしてないだろうな!? 頼むぞジュエル! 俺が戻る前にヒビキが街を出ようなんて考えていたら、絶対に引き留めてくれよ! 本当に頼むぞ! それでヒビキと飲む酒なんだが、王都で新しい酒が手に入ったんだ。ヒビキは気に入ってくれるかな? どんな酒が好みかも聞いておいてくれよ? 早急に返事をくれ。その酒も土産みやげにして帰るからさ! それでヒビキは――』


「恐ろしすぎますわ! 何ですの、この手紙は!?」

 報告事項を除けばこんな内容が延々と書かれていますのよ!? 今日は十枚つづり! 厄介やっかいなことに全ページに上手いこと報告を入れるものだから、全て読まされましたわ!

「才能の無駄遣いですわ! 火魔法『ファイヤ』!」

 全てを読み終えた後、報告だけを切り分けて他は燃やしておりますの。
 こんな手紙、世間に知られでもしたらこのギルドはおしまいですわ!
 実年齢はともかく、せいぜい十二、三歳くらいにしか見えない男の子にギルドマスターが異常なほど執着しゅうちゃくしているなんて、世間に知れればうちの信用はガタ落ちです! まあ、うわさは広まりつつあるのですがね……本当にあのギルマスは!
 気持ちが分からないとは申しませんわ……可愛らしいですものね、ヒビキ様。
 守ってあげたくなるような小柄で華奢きゃしゃな体躯。つい触れたくなるようなふわりとした黒い髪とプルプルのお肌。パッチリとした大きな黒い瞳に見つめられると、つい微笑みかけたくなります……。
 ――あら、いけない! 私までほだされてしまうところでしたわ!
 初めてお会いした時から確かに愛くるしい少年だとは思っておりましたが、日を追うごとに可愛い、可愛いと思うようになるのはなぜなのでしょうか?
 特にジェイドの命を救っていただいたあたりから……不自然なほどに私の中のヒビキ様への好感度が一気に増している気がしますわ。
 そういえば、バルス様も初めてヒビキ様にお会いした時はまだそれほどでもありませんでしたのに、日増しにどんどん異常な変態と化して……まあ、変態ですしそういうこともあるのかしら?
 ああ、私の中ですっかりバルス様=変態のイメージが定着してしまいましたわ。以前はおバカで単純ながらも、いざという時は頼りになる硬派なギルマスのイメージでしたのに……。
 女性に対しては割とストイック(というか、モテない脳筋)でしたのに、ヒビキ様に関しては自覚があるのか無いのか、完全に暴走に暴走を重ねる始末。
 ……いつか本当に犯罪者になりはしないかと冷や汗モノです。まあ、今は頼れる仲間もいるみたいですし、うっかりバルス様が現れても彼らが守ってくれるでしょう。
 確か、クロード様とリリアンちゃんでしたかしら? あと、ヴェネちゃんとかいうネコもいましたわね……従魔でもなくただのネコが仲間とはどういうことなのかしら?
 と、とにかく、クロード様の鉄壁の防御がある限りヒビキ様は安全そうですわ。
 先日、冒険者登録にいらした際、ヒビキ様に不純な視線を送った輩だけを的確に選び抜いて強烈な視線で威嚇いかくしておりましたもの。
 事前に私がチェックした方々とドンピシャでしたわ。
 去り際に「貴殿の観察眼、御見逸おみそれしました。今後ともヒビキ様をよろしくお願いいたします」と、告げてお帰りになりましたわ……私がチェックしたこと、気づいていらっしゃったのね。
 それにしても、黒狼族のクロード・アバラス様。どこかでその名を聞いた覚えがあるような無いような……思い出せませんわ。
 記憶力には自信があるのですが、どこで聞いたのかしら?
 あの雰囲気、おそらく相当な実力者ですわ。雰囲気だけならバルス様にも劣らない――。
 思考にふけっていると、執務室の扉を叩く音が聞こえ、受付見習いちゃんが入室してきました。

「失礼します、ジュエルさん。例の子が来たみたいですけど……」
「まぁ、ヒビキ様が? 困りましたわ。今日は仕事が溜まっていて行けませんのに」

 ヒビキ様の受付は原則私が専任で担当しております。
 ヒビキ様に魅了されているのは、どうも私やバルス様だけではないようなのです。他の子達の精神力では正常な受付ができないほどに……。
 もはやヒビキ様の相手をまともにできるのは、私くらいしかいない始末。
 本当にどうしてこうなってしまったのかしら? なぜか皆、ヒビキ様に首ったけです……。
 それに、私はバルス様不在の間の仕事を片付けなければなりませんの。今日はどうしてもこちらで仕事をしなければ。
 ……仕方がありません。少し早いですが用意しておいた対策を実行しましょう。

「メアトちゃん、少し早いけどあなたの研修を終了します。ヒビキ様の受付を担当してください」
「いいんですか?」
「ええ、お願いしますわ」
「……分かりました。では受付に行ってきます。失礼します」

 受付見習い――メアトちゃんは私に一礼すると、執務室を後にしました。

「……本当に頼みますわね、メアトちゃん。ヒビキ様に反応しないあなただけが頼りですわ」

 不思議なことに職員の中で唯一、先月見習いとしてギルドに入ったメアトちゃん(十四歳)だけは、ヒビキ様を見る瞳に全く熱がこもっていませんでした。
 実際、聞いてみれば――。

「確かに可愛い子だけど、どうしてみんながそんなに騒ぐのか理解できません」

 逆にこちらが理解できませんでしたわ。
 そういえば、冒険者の中にもヒビキ様を気にする方とそうでない方がいたような?
 確か成人したての初心者冒険者達は、特にヒビキ様を気にされていない様子……メアトちゃんと初心者冒険者に、何か共通点でもあるのかしら?

「……考えても分かりませんわね。せいぜい年が近いことくらいしか思い浮かびませんが、まさかそんなことではないでしょうしねぇ」

       ◆ ◆ ◆


「お客様、こちらへどうぞ」

 そう告げると少女はカウンターから俺に一礼した。
 緊張しているのかジュエルさんと比べると動きがぎこちなく、真面目な顔つきで笑顔はない。パッチリ二重の大きな赤い瞳と、桃色の髪を両サイドで結び垂らしている容貌が愛らしいだけに、少々残念だ。

「ありがとう。でも俺、受付はジュエルさんにしてもらうよう言われているんだけど……?」
「ジュエルさんの指示ですのでご安心ください。ジュエルさんはギルドマスター代行業務にしばらく専任しなければならなくなりましたので、未熟ながら私、受付見習いのメアトがヒビキ様を担当させていただきます。今後は私かジュエルさんのいるカウンターにいらしてください」
「そうなの? 分かった。よろしく、メアトちゃん」
「……ちゃんはご遠慮ください」
「ご、ごめんね。よろしく、メアトさん」
「はい、よろしくお願いいたします、ヒビキ様」

 クロードに許可をもらった俺は、翌朝早速依頼を受けるべくギルドを訪ねた。クロードに依頼を選別してもらい受付に向かうと、そこにジュエルさんはいなかった。
 いないなら仕方がないと、俺が隣の列に並ぼうとしたところでカウンターの奥からメアトさんが現れたのだ。

「それではご用件を承ります」

 真顔のままメアトさんは受付を開始した。俺もそれにならって手元にあった依頼書を差し出す。
 用紙を受け取ったメアトさんは、少しばかり目を見開くと、渡された五枚の依頼書を凝視した。

「あの、この依頼を全部受けるのですか?」
「うん、そう……全部、受けるんです、よ?」
「どうして疑問形で返すんですか?」

 俺がメアトさんに渡した依頼書は五枚……つまり、複数の依頼を同時に受けるのだ。
 パーティーを結成して初めての依頼だ。
 てっきりひとつずつ確実にこなしていくものとばかり思っていたのだが、クロードはどういうわけか、五枚の依頼書を立て続けにクエストボードから引きちぎった。

「報酬額の少ないFランクの依頼は複数同時進行が当たり前です。そうでなければ稼げません」

 迷いなくきっぱりと言い切っていた。
 俺とリリアンが驚くのも無理はない。ないったらない!

「ま、大した依頼じゃないにゃ。これくらい楽なもんにゃよ、ご主人さま」

 ヴェネくんからも不安は微塵も感じられず、結局全ての依頼を受付に持っていくことになった。
 以前、薬草採取依頼に一週間も掛かった身としては不安で仕方がないんだけどね……。
 少しだけ眉間みけんにしわを寄せていたメアトさんだけど、すぐに元の真顔に戻る。

「……まあ、問題というわけではないので別にいいでしょう。すぐに受理いたします」

 そしてあっさり五つの依頼を認めてしまった。

「……お願いします」

 依頼に失敗すると違約金の支払いが必要になるので失敗は許されない……大丈夫かなぁ。

「ではこちらが受注書になります。お納めください」
「ありがとうございます」
「他に御用はございますか?」
「大丈夫です。このまま依頼に行ってきます」
「かしこまりました。ご武運お祈り申し上げます。ご利用、ありがとうございました」

 ペコリと一礼するメアトさん。結局最後まで笑顔を見せてはもらえなかったな……残念。

「はい、行ってきます!」

 いつか彼女の笑顔を見たいと願いつつ、俺はメアトさんに笑いかけるとギルドを後にした。
 去り際にちらりと振り返ると、隣の受付のお姉さんと笑顔で談笑するメアトさんの姿が。

「俺ってモテないんだなぁ……」

 どうにも同年代の女子にモテたためしがない。ホント残念。


 俺が去った後、ギルドでは……。

「凄いわ、メアトちゃん! どうしてそんなに冷静に対応できるの!? 私には無理だわ!」
「本当に凄いわ。私だったら……キャッ! とても言えない! 恥ずかしいわ!」
「はあ……ありがとうござい……ます?」
「どうして疑問形? これは凄いことなのよ? メアトちゃん以外、誰も平常心であの子の受付なんてできないんだから! これからもよろしくね。うちが正常なギルドでいるために!」
「そうよ! 頑張ってね、メアトちゃん! 私達が可憐で清楚せいそな受付嬢のままでいるために!」
「…………本当に、どうしてみんなあの子にご執心なんでしょうか? ……謎です。というか、大丈夫なのかしら? このギルド……職場、選び間違えたかな……?」

 ――という会話があったらしいが、もちろん俺はそれを知ることはなかった。


       ◆ ◆ ◆


 ギルドを後にした俺達が辿り着いたのは東の森の入り口。でも森にはまだ入らない。

「ではヒビキ様、改めて五つの依頼の内容をご確認ください」
「うん。えーと、確か――」


『素材採取依頼Fランク:薬草「ホンホン草を最低二十本」』
 傷薬の材料になる薬草「ホンホン草」の採取依頼。二十本以上でも買取り可能。

『素材採取依頼Fランク:香草「パラギリスの葉を十五本」』
 香辛料の材料となるハーブ「パラギリスの葉」の採取依頼。必要量十五本を過不足なく。

『素材採取依頼Fランク:食肉「ホーンラビットの肉 十キロ」』
 煮物向けの食肉「ホーンラビットの肉」の採取依頼。十キロ以上でも買取り可能。

『魔物討伐依頼Fランク:魔物「フールドッグ 討伐数自由」』
 東の森で繁殖期が近い「フールドッグ」の討伐依頼。証明部位:牙。

『魔物討伐依頼Fランク:魔物「レッドホーンラビット 討伐数自由」』
 東の森で繁殖期が近い「レッドホーンラビット」の討伐依頼。証明部位:角。


「――だよね。でも、こんなにたくさんの依頼をどうやって今日中に片付けるの?」
「いっぱい、なの」

 俺とリリアンは不安そうにクロードを見上げた。

「そんなの簡単にゃ。全部まとめてやっちゃえばいいのにゃ」

 俺の質問に答えたのはヴェネくんだった。クロードはリリアンの腕に抱かれるヴェネくんを見つめながらコクリと頷く。

「ヴェネ様のおっしゃる通りです。何もひとつひとつ順番にこなす必要はありません。基本的に複数の依頼を受けた場合は、効率よく同時進行でこなしていけばよいのです」
「そんなことができるの?」
「可能です。特に我々にはヒビキ様がいらっしゃいます。これくらい大したことではありません」
「……俺が?」
「ご主人さまは『世界地図』を使えるにゃ。それがあれば魔物を探すなんて楽ちんの楽勝にゃ」
「ああ、そうか! 『世界地図』発動!」

【技能スキル『世界地図レベル2』を行使します】

 脳裏に浮かぶ地図上には、俺を示す青点の他にみんなの緑点と、森の中にたくさんの赤点が――。

「これじゃ目的の魔物を把握できない。スクリーニングしよう。ホーンラビットを検索!」

 地図上の赤点の一部が紫色に変色した。
『世界地図』はレベル2になったことで、一度遭遇した魔物を地図上に選別表示することが可能になったのだ。


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