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5巻
5-1
しおりを挟むそれは、今から十数年前の話。私、賢者パトリシア・サージェスがまだ地上を自由に行き来していた頃の出来事。まさか、再会した友人を見て眉をひそめることになるとは……。
「アナスタシア……あなた、とうとう犯罪に手を染めたのね?」
「とうとうってどういう意味? 失礼ね、パトリシア。そんなことするわけがないでしょう?」
「だって、じゃあ、黒狼族のその子は一体何だというの? 攫ってきたのでしょう?」
「もう、そんなわけないでしょう!」
十数年ぶりに再会した同郷のエルフ、アナスタシア・フェーレンの隣には見知らぬ獣人の少年が立っていた。
年の頃は六歳、いや、七歳くらいだろうか? アナスタシアの漆黒のローブと同化しそうな黒い体毛の少年が、不安げにこちらを睨みつけている。
アナスタシアは楽しげに少年を抱き上げる。彼は腕の中でジタバタしていた。
「あなすたしあ、もちあげるな! かお、くっつけるな!」
「ふふふ、いいじゃない。ふかふかのふさふさでとっても気持ちいいわ」
「むむむううううっ」
不満そうな声を上げているが、本気で嫌がっているわけではないと一目で分かる。なぜなら狼の少年は、態度とは裏腹にしっぽをパタパタさせていたから。
そんな二人の様子を私は呆れ顔で見つめていた。
「それで、その子のことは紹介してくれるのかしら?」
「ええ、もちろんよ。この子の名前は……自己紹介できるかしら、クロード?」
紹介するまでもなく、名前がクロードであることは分かっちゃったわね。
「お、おれのなまえは……くろーど、だ。くろーど……あば、ら……す……?」
クロードは名乗りながら不安げにアナスタシアを見上げる。彼女は優しい笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いてみせた。
「ええそうよ。あなたの名前はクロード・アバラス。上手に自己紹介できたわね、クロード」
「お、おう! おれのなまえはくろーど・あばらすだ! あなすたしあがそうきめたんだぞ!」
クロードはパッと表情を明るくして彼女のローブの裾にしがみついた。そんな彼の頭を、アナスタシアがそっと撫でてやる。年上の私さえも魅了する聖母の微笑みとともに。
彼らはきっといい家族になる……寄り添う二人を見て、私はそう思った……。
家族か……私も、あの方と、家族のようにずっと一緒に……。
『……大丈夫……大丈夫よ…………パティ』
唐突に瞳が見開かれ、視界に天井が映り込んだ。ここは……私の部屋?
……そういえば執務がひと段落ついて、安楽椅子で休んでいたんだったわ。深く沈んでいた腰の位置を直し、そっと目元を拭う。いつの間にか私、泣いていたみたい。
「……せっかく懐かしい夢を見たと思っていたのに、台無しね。……ふふ」
あの方を失った悲しみが込み上げて涙を流してしまったけれど、夢の中とはいえ久しぶりにあの声を聞くことができて、嬉しいような寂しいような、不思議な気持ちになる。
そんな感傷に浸っていた私だが、いつまでもそうしてはいられなかった。
「大変であります、パトリシア様!」
勢いよく扉を開けて入室してきたのは、私の秘書のクレアンナ。
ウサギの耳とカールの掛かった橙色の髪、そして大きなブラウンの瞳が魅力的な半獣人の少女。秘書としては有能だけど、性格に少々難ありなところが玉に瑕。
「……もう、本当に台無し。一体なんだというの、クレアンナ」
「今、第五聖殿に潜ませていた手の者から緊急連絡が入ったであります。テラダイナスに侵入者が現れたそうでありますよ!」
「侵入者? だったら聖殿騎士隊で捕縛して、都市防衛隊に引き渡せばいいでしょう?」
「違うでありますよ! 地上からの侵入者であります。第五聖殿の『転移の間』に突然現れたらしいであります!」
「……それは侵入者じゃなくて、ダンジョン攻略者じゃないかしら」
テラダイナスには聖殿と呼ばれる施設が全部で十二棟存在し、その中で『空間』を司る第五聖殿の『転移の間』は、テラダイナスと外部を繋ぐ扉の役割を担っている。
都市の住人が素材採取の目的でダンジョンなどに転移するための発着地として利用されているが、地上のダンジョン攻略者がこの都市へ入場する際の出入口にもなる。
ここ数十年は見なかったけど、久しぶりにダンジョン攻略者が現れたということかしら……?
そう思ったのだけど、クレアンナは高速で首を左右に振って私の意見を否定した。
「なんでも、ダンジョンへ建材採掘に出掛けていた住人二人組が転移で戻ってきたと思ったら、地上の人間を伴っていたそうであります」
「……一緒に転移してきた?」
「本人達は普通に『理法の札』を使っただけと主張しているそうでありますが、前代未聞の大事件でありますよ!」
確かに、クレアンナの説明通りであれば、テラダイナス始まって以来の珍事ではある。
だけど、私は知っている――それが全くありえないわけではないことを。
それに、それ以上に気になることが……。
「……第五聖殿騎士隊から報告は来ていないのかしら?」
「まだ来ていないであります。どうやらガーベル氏が報告を止めているようであります」
「ガーベルが……」
第五聖殿騎士隊隊長、ガーベル・デュライ・フィン・パルトラード。
あの方が推薦し、私が任命した彼は……今や重度の『地上の人間嫌い』となってしまった。
その彼が、テラダイナスに侵入したという地上の人間の件を、市長である私にまだ報告をしていない? ……嫌な予感がする。
「ちなみに、侵入者はどんな人達なのかしら?」
「えーと、確か成人前のヒト種の子供が男女一人ずつと、成人したかしないかくらいの魔族の少女が一人。あとは大柄な黒狼族の男性が一人。あ、確かネコも一匹いたそうであります」
サッと血の気が引いた。ダンジョンにいたのだからてっきり屈強な冒険者かと思ったら……子供ばかりじゃない!
安楽椅子からバッと立ち上がり、私は厳しい表情で声を荒らげた。
「クレアンナ、すぐに支度を! 第五聖殿へ向かいます!」
「え? あ、はいであります!」
私の緊迫した雰囲気を察したのか、クレアンナは急いで部屋を後にした。
聖殿へ向かう途中、私はテラダイナスにやってきたという少年少女達のことを、そして黒狼族の男のことを考えていた。
「黒狼族の獣人……まさかね」
そんな偶然があるとは思えない。それに、捕らえた者達の中にエルフがいたという報告は受けていない。
「アナスタシアと……確かクロードだったわね。彼らは元気にしているかしら?」
先ほど見た夢のせいか、酷く懐かしい。
エルフの寿命を考えれば十数年なんて、大した時間でもないはずなのに……。
きっと、彼らと再会することはもうないだろう。聖殿へ向かいながら、私は自嘲気味に笑う。
私はもう二度と地上へ戻ることはない。
あの方が創ったこのテラダイナスに生涯を捧げると、十八年前に誓ったのだから……。
◆ ◆ ◆
『――っ! ――様!』
……声が聞こえる。でも、意識が朦朧としてよく聞き取れない。
重い瞼をどうにか開ける……ダメだ。輪郭も色もぼやけて、はっきりしない。
『――っ!? ――っ!!』
でも、俺の前に誰かがいるのは分かった。どうやら俺はどこかに寝かされているらしい。
銀のような金のような色が視界をちらつく……人間みたいだけど、誰なんだろう……?
何か温かい物が俺の頬に落ちた……これは、涙? 泣いているの?
――私のために、泣かなくてもいいのよ。
「……だい――」
「そこまでよ、ヒビキ」
唐突に、視界が真っ暗になった。今の声は……。
「もしかして、お姉さん?」
「これはヒビキの思い出ではないわ。あなたが知る必要のないことよ」
背後から夢で出会うお姉さんの声がした。目元を覆う闇が温かい。両手で目隠しされている?
お姉さんがいるってことは、ここは夢の中ということか。
背後から、お姉さんの大きなため息が聞こえた。
「もう、こんなやり方でテラダイナスに入るなんて、想定外もいいところだわ」
……テラダイナスに? えーと……あ、そうだった!
地底都市テラダイナスを目指してダンジョンを攻略していた俺達は、途中でドワーフのガレリオさんとゴブリンのワイザさんに遭遇した。
魔物に襲われそうになっていた彼らを助けようとした時、彼らは『理法の札』という不思議な札を使ってテラダイナスへ転移帰還したんだ……俺達を巻き込んで。
そうしたら侵入者扱いされ、全身鎧の人達に囲まれて、確かガーベルとかいう隊長っぽい人に『理法の札』を使われて意識がなくなって……だから今、俺は夢の中にいるのか。
「本来ならダンジョンを攻略してダンジョンマスターに会うはずだったのに、予定が狂っちゃったわね。おかげでテラダイナスに入った瞬間から『境界線』が不安定になっちゃったわ」
「境界線?」
俺が問い掛けてもお姉さんは答えてはくれなかった。
「ヒビキ、何度も言うけど『コトワリコトノハ』は絶対に人前で使ってはダメよ」
「……もちろん気を付けているけど、どうして?」
「いい? これはフリじゃないんだからね。手順を踏まずにテラダイナスに入ったせいで『境界線』が揺らいでいる今、ここの住人に『コトワリコトノハ』を知られるのは致命傷になりかねないわ」
やはり回答はもらえなかった。重要そうなことはほとんど教えてくれない。
「お姉さん、もう少し分かりやすく説明してほしいんだけど……」
「ごめんね、こっちにも事情があって詳しくは話せないの。でも、絶対に守って。テラダイナスにはあの子が、パティがいるから……知られたらきっと『境界線』が崩壊してしまう」
……境界線とやらが崩壊するとどうなるんだ? それにパティって誰のことだろう。
「お姉さ――あれ?」
気が付けば暗闇は消え、薄暗いながらも視界が開けていた。石造りの壁が見える。
それに背中が冷たい……いつの間にか夢から覚めたようだ。多分石の床に寝転がっているのだろう。どこだか分からないけど、とりあえず起き上がって――えっ!?
「うわあああっ!」
「ぎゃああああっ! な、なんじゃあああああ!?」
「グギギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
手足が何かに引っかかり、思わず転んでしまった。突然のことに驚いて声を上げてしまった俺だが、なぜかすぐ近くからも悲鳴が聞こえた。
それはガレリオさんとワイザさんだった。体を震わせて寄り添う二人から、怯えを含んだ視線が突き刺さる。
「あの、さっきは大声を出してごめんなさ――あれ?」
そこでようやく気が付いた。俺の両手には手錠が、両足には枷がはめられていることに……。
「何これ!?」
「ふ、ふん! 不法入国者を牢に閉じ込めるだけなわけがないじゃろうて。自由に動かれてはたまらんからの!」
「突然テラダイナスに来ちゃったことは謝るけど、こっちだって訳が分からないのに。俺達の話も聞かずに、いきなりここまで拘束するなんて酷いよ! ――て、二人も?」
よく見れば、ガレリオさん達にも手錠と足枷が。二人はテラダイナスの住人だよね?
「お前らのせいではないか! 儂らは関係ないのにいいいいいいいいい!」
「グゲグゲグエエエエエエエエエエエエエエ!」
子供のようにおいおいと泣き出す二人……いや、俺にどうしろと?
仕方なく周囲の様子を確認してみる。石の壁が三面に、残り一面は鉄格子。うん、牢屋だね。
部屋の中にいるのは俺とガレリオさんとワイザさんと……あれ?
「あの、俺の仲間はどこに……?」
「ひぐっ……んがぁ……男女は牢が、別じゃわい。それと……んげ……でっかい狼男の奴は……ひぐっ……牢に入れる前に気が付きおって……んぎっ……お前さんが兵士の肩に担がれているのを見て暴れたもんじゃから……別の場所に連れていかれおったわい。ぐおおおおおおんっ!」
「えええええええええっ!?」
そんな! と、とにかくクロードの、いや、みんなの居場所を把握しなくちゃ!
『世界地図』発動!
…………。
…………。
…………あれ? 『世界地図』発動! ……………………反応が、ない?
「スキルが、使えない……?」
そういえば、騎士達から逃げる時もなぜかスキルが機能しなかった。そのせいで逃げられずに捕まってしまったんだ。でも、どうして?
「んがぁ? お前さん、スキルを使おうとしとるのか? 阿呆じゃの。テラダイナスでは、地上のスキルや魔法は使えんぞい」
ギョッとしてガレリオさんを見た。何ですかその爆弾発言は!?
「嘘ではないぞい。テラダイナスからは地上の神々の干渉の全てが排除されとる。ここではお前さんらが頼ってきたスキルも魔法も、職業もレベルも何の意味もない。どれも使えんからの」
確かに、俺達は邪神から逃れることも含めて、神々の干渉を拒むテラダイナスを目指していたけど、まさかスキルや魔法まで使えなくなるなんて……。
いや、でも、ダンジョンで鑑定した時、ガレリオさんは――。
「ガレリオさん、レベル25の建築士ですよね?」
俺が尋ねると、ガレリオさんの震えは止まり、キッと厳しい目つきで俺を睨んだ。
「なんじゃお前さん、鑑定士か? 勝手に人のステータスを覗くとは感心せんの」
「う、ごめんなさい。でも、確かにガレリオさんは建築士でしたよね?」
「ふんっ! 儂だってこの世界の人間であることに変わりはないからの! 残念だがテラダイナスを出れば自動的に神々の宛がった職業がつくし、スキルも与えられる。じゃが、テラダイナスではあらゆる未来の可能性を持った一人の人間に戻れるんじゃ」
「グギャア? グゲグゲグエゲエエ?」
「『テラダイナスでも建築士でしょ?』じゃと? い、いいんじゃい! 儂は好きで家を建てとるんじゃから!」
なんてこった。つまりここでは、俺が地上で培ってきたあらゆる力が使えないということだ。
確かに、言われてみればスキルだけでなく、いつもより力が入らない気がする。
レベルも機能していないということは、おそらく地球にいた頃の身体能力……つまり、レベル1程度の膂力しか発揮できないということか。
元々できるとは思えないけど、自力でこの拘束の破壊は無理そうだ。
クロードがあっさり奴らに捕まった理由も分かったよ。レベルが意味をなさないなら、人数で押し切られればいくらクロードでも勝ち目がない。
見たところ、身に着けていた防具以外は武器も荷物も没収されてしまったみたいだ。
一体どうすれば……そういえば、スキルが使えないということは……サポちゃんは!?
サポちゃん! ………………返事が、ない。
…………。
…………。
…………やっぱり、サポちゃんも――。
『サポちゃんより報告。お呼びですか、ヒビキ様。サポちゃんより以上』
よかった! サポちゃんは残っていてくれたんだね!
『サポちゃんより報告。返答が遅れてしまい、申し訳ございません。ヒビキ様のステータスの把握に少々時間が掛かってしまいました。現在、一部のスキルを除いてあらゆるステータスが機能を停止している状態です。サポちゃんより以上』
「……一部を除き? 使えるスキルがあるの?」
『サポちゃんより報告。回答は是。固有スキル「識者の眼(オリジン)」、技能スキル「宝箱」「複製転写」、そして独立スキル「コトワリコトノハ」が使用可能です。サポちゃんより以上』
サポちゃんが残れたのは『宝箱』が機能しているからか。でも、ガレリオさんはスキルも魔法も一切使えないと言っていたのに、どうして一部が使えるんだろう?
「いや、今は気にしている場合じゃない。少しでも使えるスキルがあることを喜ばないと……」
「さっきからブツブツと何を言っとるんじゃい」
うわ、サポちゃんとの遣り取りが口に出ていたみたいだ。メッチャ不審そうな顔で見られてる。
「えーと……あ、スキルも魔法も使えないから驚いちゃって」
「ふんっ! ここで魔法めいたものを使いたかったら、理法の札を使う以外にないわい」
「理法の札? そういえばあれって、一体何なんですか?」
転移したり、俺達を気絶させたりと用途が広すぎないかな。
「我らに残された数少ない神の奇跡じゃぞ!? よそ者に教えるわけないじゃろ!」
「……神の奇跡?」
「ゲギャ、ゲギャアアアア!」
「な、なんじゃい、ワイザ! わっぷ! なんで儂の口を塞ごうとするんじゃい!」
……ガレリオさんが俺達と一緒に幽閉された理由がなんとなく分かった気がする。物凄く口が軽いことに、多分本人は気づいていないんだろうなぁ。
それにしても、神々の干渉を拒絶しているテラダイナスに神の力があるってどういうことだ?
情報が少なすぎて全然分からないや。
うーん、でもどうしよう。手持ちのスキルにここを脱出できるようなものはないし、みんなの居場所を特定するスキルもない。しばらく様子を見た方がいいのかな……?
「みんな、無事かなぁ……」
「ふんっ! 女はどうか知らんが、獣人の方がどうじゃろうな!」
口をついて出た俺の呟きに、ガレリオさんが返した言葉は不穏なものだった。
「どういうことですか!?」
「言ってやれ、ワイザ!」
「グ、グゲ……ギャギャギャギャ、ギャギャッ! グゲゲゲゲ……」
「いや、何て言ってるか分からないんですけど……」
「なんじゃお前さん、ワイザの言葉が分からんのか? これだから地上の人間は。あの獣人は第五聖殿騎士隊長のガーベルが直接連れて行ったんじゃ。あの男は昔から、地上の人間嫌いで有名じゃからの。あの獣人、今頃どんな目に遭っておるか分かったもんじゃないわい」
「なっ!? 何をされるっていうんですか!」
「儂に言われても知らんわい!」
まさかクロードが危ないのか!?
クロードだけじゃない。ユーリ達は? まさか俺以外のみんなが酷い目に遭っているなんていうんじゃないだろうな……様子見なんてしていられない。どうにか、どうにかしなくちゃ!
牢屋の中で慌てていると、外から足音が聞こえた。現れたのは革鎧を着た兵士だった。
「騒がしいぞ! 静かにしていろ、ガレリオ!」
「儂は関係ないぞい!? 頼むからここから出してくれ!」
「お前の声は無駄にでかいんだ、口を閉じろ! お前達の容疑は反逆罪に相当する重罪だとガーベル様から聞いている。無実が証明されるまで出ることは叶わん!」
「ぐうううう! だから無実だと言っておるではないか!」
「グギャグギャグギャアッ!」
必死で抗議する二人だったが、兵士は特に気にする様子もなく牢番の詰所へ戻ろうとする。
「待って! クロード、俺の仲間はどこにいるんですか!?」
兵士は足を止め、首だけを回して俺を睨みつけた。
「侵入者に情報を教えるわけがないだろう。ダンジョン攻略者でもないのにどうやって紛れ込んだか知らんが、徹底的に取り調べてやる。ガーベル隊長は尋問をすると言っていたからな。あの獣人のように痛い目を見たくなければ、正直に答えることだな」
「クロードに何をしたんだ!」
「黙れ! こっちは面倒な牢番を一人でやってるんだ。黙ってそこでおとなしくしていろ!」
兵士は俺の質問に答えることなく、そのまま立ち去った。腰に掛けられた何本もの鍵の音だけがジャラジャラと通路に響く。
「ガレリオさん、クロードが連れていかれてどれくらい経ってるんですか?」
「ぐううう、儂らは無関係なのに……一時間ほどじゃい」
一時間も経っているのにまだ戻ってきていないのか……本当に『尋問』をしているのか?
まさかテラダイナスがこんなところだったなんて。ここの人達は地上の人間を嫌っているみたいだ。でも不法入国うんぬんはともかく、このやり方にはさすがに納得できない。
身の安全を守るために訪れた土地が俺達の命を脅かす存在だったなんて、本気で笑えないぞ?
賢者に話を聞きたかったけど、テラダイナスが俺達に敵対する場所だというなら、いつまでもここにいるわけにはいかない。
「……みんなを助けに行かないと。でも、どうやって?」
目下の問題は三つ。手錠と足枷、牢屋、そして兵士だ。
みんなを探そうにも、まずはここから出ないことには始まらない。何かいい方法はないかな。
『サポちゃんより報告。提案が一件あります。サポちゃんより以上』
サポちゃんに何か良案が? ……え? そんな方法が!? 分かった、試してみるよ。
それから少し待ち、静かになった牢の中で、俺はスキルを発動させた。
「『宝箱』発動!」
手のひらの上に淡い光を纏った小型の宝箱が現れる。それを見たガレリオさんがギョッと驚く。
「な、なんじゃそれは!? 『簡易宝箱』なのか? お前さん、没収されずに持っておったのか? いや、だが、今いきなり現れたぞ。どうなっとるんじゃ!?」
ガレリオさんを無視して、『宝箱』を地面に置く。そして命じた。
「『宝箱』、大きくなれ」
普段『宝箱』は手のひらサイズで使用しているのだが、サポちゃんによると大きさは変更できるらしい。俺は本来の大きさに巨大化した宝箱の蓋を開けて、その中に両手を投じた。
「回収して、『宝箱』」
しばらく待って、箱から手を抜くとあら不思議――。
「な、ななな! お前さん、両手の手錠はどうしたんじゃっ!?」
俺の手から手錠はなくなり、両手が自由になった。上手くいったようで、ホッと息が零れる。
『宝箱』は基本的に何でも入るが、ひとつだけ例外がある――生物だ。
今回はそのルールを利用した。俺の腕ごと手錠を『宝箱』に入れて収納を命じれば、生物である俺の腕を残して手錠だけが回収されるという寸法だ。同じ要領で足枷も外してしまう。
「上手くいった。あとは――」
「な、なな、ななな……なんじゃそれはああああああああああああああ!」
「うるさいと言っているだろ、ガレリオ!」
「うん、これも予想通り」
ガレリオさんのことだから驚いて叫ぶと思ったんだ。案の定、兵士が文句を言いに来た。
鉄格子とガレリオさん達から極力離れ、口元もしっかり隠す。お姉さんの忠告は忘れない。
兵士が牢の前まで来たところで、誰にも聞こえないほどの小さな声でそっと囁く――。
「お前らいい加減にし――」
「『コトワリコトノハ』……兵士の心の理を拒絶し破壊せよ。眠れ」
【独立スキル『コトワリコトノハ』を行使します】
【独立スキル『コトワリコトノハ』が領域内にいる敵の心『理』状態を拒絶し破壊しました】
【敵は瞬間的な心理崩壊により意識を維持できません】
何の前触れもなく兵士が倒れ、ピクリとも動かなくなった。
「な、なんじゃっ!? 一体どうしたのじゃ!?」
「ギギッ!?」
ガレリオさんもワイザさんも、突然昏倒した兵士に驚きを隠せないようだ。
理法の札と『コトワリコトノハ』は、命令の仕方があまりにもそっくりだ。だからガーベルが俺達にしたように、『コトワリコトノハ』でも相手を気絶させられると思ったんだ。
上手くいってよかった……バレてない、よね?
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