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第216話 鑑定士ダニエルの密命(中)
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外出着に着替えると、鏡の前に立つ。白に近いロマンスグレーの髪に油をつけてオールバックにすると、口元を丸く囲んだ髭に専用の櫛を通して整える。最後に耳に装飾品をつけて完成じゃ。
「うむ、立派な老紳士の出来上がりじゃな。さて、参ろうかの、エステルさん」
質素ながらも華やかな印象のドレスに身を包んだ美女が微笑みながら儂に傅く。肩のあたりで切り揃えられた胡桃色の髪は艶やかな光沢を浮かばせていた。
「エステルさんは今日も本当にお美しい。騎士団に所属させておくのが本当に惜しいのぉ」
二人の護衛のうちの一人、騎士エステルさんはニコリと微笑んだ。
儂についた護衛は男女が一名ずつの計二名。パッと見一般男性に見える青年のダン君と、この美しき護衛騎士エステルさんじゃ。今回は隠密任務のため、あまり護衛らしい護衛を連れ歩くのはよくないと判断されたわけじゃ。
エステルさんは出掛ける時のパートナー兼護衛として常に儂の隣に立つ。役得じゃのぉ。
今回は儂とエステルさん、そしてダン君の三人で対象のもとへ向かう。ブライアンはあくまで儂の付き人で、儂の世話をするのが仕事じゃ。今回の任務には同行しない。部屋で待機じゃ。
ラック君も同行はしているが儂のそばにはおらん。どうやら彼は隠密系のスキルに長けた職業持ちのようじゃ。今回の任務に選ばれたのもそれが理由じゃろう。さすがは諜報部。
「おや、ダニー様、お出かけでございますか」
「うむ。部屋には付き人が残っておる故、鍵は預けんが問題ないじゃろ?」
「ええ、もちろんでございます。いってらっしゃいませ」
受付に挨拶をして宿を出た。部屋の中では本名を名乗っておるが、この街では儂の名前はダニーということになっておる。王城専属鑑定士ダニエル・カーターの名はそれなりに有名じゃ。冒険者ギルドに知られても面倒じゃからの。デヴィ商会へもこの名前で仕事を請け負った。もちろん、スキルレベル5の『鑑定』が使えることは秘密にしてある。隠密任務じゃからの。
……だったらデヴィ商会へ行くこと自体が問題じゃと? うっさいわい。暇だったんじゃ!
宿に用意されている馬車を借りて、ラック君から聞いた場所、街の中央市場へ向かった。
「ふむ、王都ほどではないがここも賑わっておるの」
馬車を降りて市場の中に入ると、なかなかに繁盛しておった。王国の端の街とは思えぬ賑わいに少々驚かされる。
「ダニー様、どうされますか? 対象のもとへ向かいましょうか?」
エステルさんに問われ儂は少し考え込んだ。
「……ヒビキ少年は今どこにいるのかの?」
「食料品店で食材を購入しているようです」
「うひっ!?」
耳につけた飾りから低い声が届き、儂としたことが随分と素っ頓狂な声を上げてしまった。
今のはラック君の声じゃ。
これは王城から支給された、離れている者に声を届けることができる魔法道具じゃ。といっても、この飾りにできるのは声を聞くことだけじゃし、ごく狭い範囲でしか使えない。
ラック君は対象を監視しながらどこかで儂の声を聞いて、魔法道具を使って儂の疑問に答えてくれたのじゃ。おそらく『聞き耳』のような遠くの声を聞き取るスキルを所持しているのじゃろう。
一応言っておくが儂、誰かれ構わず鑑定したりしない主義じゃ。モラルは大事じゃよ、モラルは。
だがこの任務は別じゃ。それはそれ、これはこれである。何事も臨機応変なのじゃ。
まあ、それはともかく……。
「ヒビキ少年は食料品店を回っておるそうじゃ。儂らの身なりでそこへ赴くのはちと不自然じゃの。どこか近くのカフェにでも入って、しばらく様子を見るかのぉ。ラック君、逐次報告を頼むわい」
「了解しました」
うーむ、耳元で囁くような男の声がするというのは……ちときついのぉ。
というわけで、儂らは食料品店から一番近いカフェに足を運んだ。とびきり高級でもなければとびきり貧相でもない。品の良い冒険者であればたまには入りそうな内装の店じゃ。
カフェでゆっくりしながらラック君の端的な報告が随時入ってくる。
「食料品店を出て次は雑貨屋へ向かいました」
「雑貨屋の次は古着屋へ向かうようです」
「今度は薬屋、隣の化粧品店にも入るようです」
短い時間でいろいろな店を回るのぉ。報告によれば、随分と買い込んでいるようじゃ。
少年に同行しているのは全部で六人。
一人目は大柄な狼の獣人。この国で獣人を見るのは珍しい。何気にエルフやドワーフなどよりも数の少ない種族じゃからのぉ。
二人目は金髪のエルフ。元々エルフは美人ぞろいじゃが、そのなかでもさらに美人らしい。
三人目は白いローブの少女。少年と手を繋いで楽しそうに店を回っておるそうじゃ。
四人目は魔族の少女。どうやら獣人とこの少女が荷物持ちを担当しているらしい。巨大な背負い袋を楽々と背負っているそうじゃ。『運搬』か『荷運び』のスキルでもあるのじゃろう。
五人目? と六人目? は白ネコと白ウサギじゃ。ネコはローブの少女の肩に、ウサギは正確にはホーンラビットらしい。首輪がついているからおそらく従魔じゃろう。獣人の頭に乗っているそうじゃ。
「これは、もしかして旅の準備をしているのでしょうか?」
ラック君の報告を聞いたダン君が呟いた。確かに、旅の準備っぽい買い方じゃ。
「旅の準備ですか。聞いた内容からするとそう感じますが、昨夜帰ってきたばかりだというのに、昨日の今日でもう次の冒険ですか?」
エステルさんが首を傾げた。もしかしてすぐにダンジョンに戻るつもりなのじゃろうか。だとしたら鑑定を急いだ方がいいのぉ。ダンジョンに戻られても追いかけられんし。
カフェに入って何時間経ったことか。せかせかと動き回るせいでこちらから動く隙が意外と上手く作れずにいた。そして、その時がやってきた。
「彼らが動きました……休みたいと言っています。どうやらそちらのカフェに向かうようです」
「ほっ、ほ、ほ、ほ。それは僥倖。助かったわい」
二人にそのことを伝え、それとなく入口に注意を払ってもらう。
「そろそろ着きます。ダニエル様、よろしくお願いします」
「うむ、任せておきなさい」
カフェの扉が鈴の音を鳴らして開いた。
入ってきたのは報告の通り、狼の獣人、金髪のエルフ、白いローブの少女、魔族の少女と白ネコ、白ウサギ。そして、黒髪黒目のしょうね……少年?
「……のぉ、エステルさんや。お前さんの目から見てあれは、少年かの?」
相手に気づかれないようにエステルさんがヒビキ少年と思われる者を見て、怪訝そうな顔をした。
「私には少年というより、その……少女に見えます」
カフェの扉を開けたのは黒髪黒目の……儂の目には少女に見えた。
身長は五尺強といったところか。長い髪を後頭で縛り、服装は男物を着ているようだが、その姿は男装しようとして結局可愛いだけに終わってしまった美少女にしか見えなかった。
ダン君にも意見を聞こうと目をやった儂は――年頃の青年が恋に落ちる瞬間を目の当たりにしたのであった……あちゃぁ。
一応あれは『少年』と目されているんじゃが、こいつ、大丈夫かのぉ?
********************
次回は、7月29日(日) 17:10 更新予定です。
「うむ、立派な老紳士の出来上がりじゃな。さて、参ろうかの、エステルさん」
質素ながらも華やかな印象のドレスに身を包んだ美女が微笑みながら儂に傅く。肩のあたりで切り揃えられた胡桃色の髪は艶やかな光沢を浮かばせていた。
「エステルさんは今日も本当にお美しい。騎士団に所属させておくのが本当に惜しいのぉ」
二人の護衛のうちの一人、騎士エステルさんはニコリと微笑んだ。
儂についた護衛は男女が一名ずつの計二名。パッと見一般男性に見える青年のダン君と、この美しき護衛騎士エステルさんじゃ。今回は隠密任務のため、あまり護衛らしい護衛を連れ歩くのはよくないと判断されたわけじゃ。
エステルさんは出掛ける時のパートナー兼護衛として常に儂の隣に立つ。役得じゃのぉ。
今回は儂とエステルさん、そしてダン君の三人で対象のもとへ向かう。ブライアンはあくまで儂の付き人で、儂の世話をするのが仕事じゃ。今回の任務には同行しない。部屋で待機じゃ。
ラック君も同行はしているが儂のそばにはおらん。どうやら彼は隠密系のスキルに長けた職業持ちのようじゃ。今回の任務に選ばれたのもそれが理由じゃろう。さすがは諜報部。
「おや、ダニー様、お出かけでございますか」
「うむ。部屋には付き人が残っておる故、鍵は預けんが問題ないじゃろ?」
「ええ、もちろんでございます。いってらっしゃいませ」
受付に挨拶をして宿を出た。部屋の中では本名を名乗っておるが、この街では儂の名前はダニーということになっておる。王城専属鑑定士ダニエル・カーターの名はそれなりに有名じゃ。冒険者ギルドに知られても面倒じゃからの。デヴィ商会へもこの名前で仕事を請け負った。もちろん、スキルレベル5の『鑑定』が使えることは秘密にしてある。隠密任務じゃからの。
……だったらデヴィ商会へ行くこと自体が問題じゃと? うっさいわい。暇だったんじゃ!
宿に用意されている馬車を借りて、ラック君から聞いた場所、街の中央市場へ向かった。
「ふむ、王都ほどではないがここも賑わっておるの」
馬車を降りて市場の中に入ると、なかなかに繁盛しておった。王国の端の街とは思えぬ賑わいに少々驚かされる。
「ダニー様、どうされますか? 対象のもとへ向かいましょうか?」
エステルさんに問われ儂は少し考え込んだ。
「……ヒビキ少年は今どこにいるのかの?」
「食料品店で食材を購入しているようです」
「うひっ!?」
耳につけた飾りから低い声が届き、儂としたことが随分と素っ頓狂な声を上げてしまった。
今のはラック君の声じゃ。
これは王城から支給された、離れている者に声を届けることができる魔法道具じゃ。といっても、この飾りにできるのは声を聞くことだけじゃし、ごく狭い範囲でしか使えない。
ラック君は対象を監視しながらどこかで儂の声を聞いて、魔法道具を使って儂の疑問に答えてくれたのじゃ。おそらく『聞き耳』のような遠くの声を聞き取るスキルを所持しているのじゃろう。
一応言っておくが儂、誰かれ構わず鑑定したりしない主義じゃ。モラルは大事じゃよ、モラルは。
だがこの任務は別じゃ。それはそれ、これはこれである。何事も臨機応変なのじゃ。
まあ、それはともかく……。
「ヒビキ少年は食料品店を回っておるそうじゃ。儂らの身なりでそこへ赴くのはちと不自然じゃの。どこか近くのカフェにでも入って、しばらく様子を見るかのぉ。ラック君、逐次報告を頼むわい」
「了解しました」
うーむ、耳元で囁くような男の声がするというのは……ちときついのぉ。
というわけで、儂らは食料品店から一番近いカフェに足を運んだ。とびきり高級でもなければとびきり貧相でもない。品の良い冒険者であればたまには入りそうな内装の店じゃ。
カフェでゆっくりしながらラック君の端的な報告が随時入ってくる。
「食料品店を出て次は雑貨屋へ向かいました」
「雑貨屋の次は古着屋へ向かうようです」
「今度は薬屋、隣の化粧品店にも入るようです」
短い時間でいろいろな店を回るのぉ。報告によれば、随分と買い込んでいるようじゃ。
少年に同行しているのは全部で六人。
一人目は大柄な狼の獣人。この国で獣人を見るのは珍しい。何気にエルフやドワーフなどよりも数の少ない種族じゃからのぉ。
二人目は金髪のエルフ。元々エルフは美人ぞろいじゃが、そのなかでもさらに美人らしい。
三人目は白いローブの少女。少年と手を繋いで楽しそうに店を回っておるそうじゃ。
四人目は魔族の少女。どうやら獣人とこの少女が荷物持ちを担当しているらしい。巨大な背負い袋を楽々と背負っているそうじゃ。『運搬』か『荷運び』のスキルでもあるのじゃろう。
五人目? と六人目? は白ネコと白ウサギじゃ。ネコはローブの少女の肩に、ウサギは正確にはホーンラビットらしい。首輪がついているからおそらく従魔じゃろう。獣人の頭に乗っているそうじゃ。
「これは、もしかして旅の準備をしているのでしょうか?」
ラック君の報告を聞いたダン君が呟いた。確かに、旅の準備っぽい買い方じゃ。
「旅の準備ですか。聞いた内容からするとそう感じますが、昨夜帰ってきたばかりだというのに、昨日の今日でもう次の冒険ですか?」
エステルさんが首を傾げた。もしかしてすぐにダンジョンに戻るつもりなのじゃろうか。だとしたら鑑定を急いだ方がいいのぉ。ダンジョンに戻られても追いかけられんし。
カフェに入って何時間経ったことか。せかせかと動き回るせいでこちらから動く隙が意外と上手く作れずにいた。そして、その時がやってきた。
「彼らが動きました……休みたいと言っています。どうやらそちらのカフェに向かうようです」
「ほっ、ほ、ほ、ほ。それは僥倖。助かったわい」
二人にそのことを伝え、それとなく入口に注意を払ってもらう。
「そろそろ着きます。ダニエル様、よろしくお願いします」
「うむ、任せておきなさい」
カフェの扉が鈴の音を鳴らして開いた。
入ってきたのは報告の通り、狼の獣人、金髪のエルフ、白いローブの少女、魔族の少女と白ネコ、白ウサギ。そして、黒髪黒目のしょうね……少年?
「……のぉ、エステルさんや。お前さんの目から見てあれは、少年かの?」
相手に気づかれないようにエステルさんがヒビキ少年と思われる者を見て、怪訝そうな顔をした。
「私には少年というより、その……少女に見えます」
カフェの扉を開けたのは黒髪黒目の……儂の目には少女に見えた。
身長は五尺強といったところか。長い髪を後頭で縛り、服装は男物を着ているようだが、その姿は男装しようとして結局可愛いだけに終わってしまった美少女にしか見えなかった。
ダン君にも意見を聞こうと目をやった儂は――年頃の青年が恋に落ちる瞬間を目の当たりにしたのであった……あちゃぁ。
一応あれは『少年』と目されているんじゃが、こいつ、大丈夫かのぉ?
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