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第212話 あのヒトが来た!

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 視界が切り替わるとそこは土壁の一室だった。この壁には見覚えがある。

「隠し部屋はダンジョン第一階層にあるって話だったけど……」

「確かに上層の壁と同じ造りみたいだな」

 俺の呟きに大樹が同意した。部屋の広さはせいぜい十畳くらい。壁も床も天井も、全てが土造りだ。地面にはテラダイナスと同じ理法陣が描かれている。
 目の前には古ぼけた金属製の扉がひとつ。女性が一人で開けるにはきつそうな重厚感があった。

「ここから出ればいいのか?」

「待て。外に誰か、もしかすると魔物がいるかもしれねえだろ。もっと慎重になれ」

 扉に手を掛けたラクリシアさんをバルス兄貴が止めた。慎重になるのも大事だけどここは第一階層だ。ダンジョン攻略をしたみんななら、今さら上層の魔物くらい問題ないと思うけど……。
 不思議そうに首を傾げる俺に、兄貴が苦笑いを浮かべる。

「ヒビキ、ダンジョンは何階層だろうとダンジョンだ。上層だからって安全とは限らない。実際、お前だって酷い目にあったじゃねえか。ダンジョンにいる間は警戒を怠っちゃダメなんだ」

「うぅ、そう言われると……そうだね」

 イヴェルの策略だったとはいえ、実際に俺が危険な目に遭ったことは事実だ。つまりダンジョンだけでなく、何か別の理由で命を落とす可能性も十分考えられるということ。
 元Sランク冒険者としての経験からバルス兄貴はそれをよく理解していた。クロードの方をちらりと覗く。彼もまた真剣な表情で深く頷いた……こういうところ、見習わないとな。

「分かった。じゃあ、まずは俺が部屋の外を確かめるね。『世界地図』発動」

【技能スキル『世界地図レベル3』を行使します】

 おお、ちゃんとスキルが使える。本当にここはもうテラダイナスじゃないんだな。
 頭の中に地図が表示された。『宝箱』から第一階層の地図を取り出して照らし合わせる。

「えーと、今俺達がいるのは……この通路だね」

「ということは……一時間もあればダンジョンから出られそうですね」

 クロードの見立てにバルス兄貴も頷く。そして顔を上げた。

「ヒビキ、通路に魔物や人間はいるか?」

「第一階層内に冒険者は何人かいるけど、この通路は無人だね。魔物も見当たらない」

「それじゃあ隊列についてだが……先頭は俺がする。大樹、キョウコと続いてアマネとジュエルだ。その後ろにヒビキとエマリア、ユーリ、リリアンと続いてコウイチ、ラクリシアの順だな。殿はクロードがやってくれ」

 冒険者の経験で言えばこの中で一番なのは間違いなくバルス兄貴だ。おそらく今回のダンジョン攻略でもバルス兄貴がリーダーをしていたんだろう。
 テラダイナスでは仲の悪かったクロードと候兄ちゃんも、これに関しては反対しなかった。

「ヴェネはリリアンちゃんと一緒にいるにゃ」

 楽しげに語るヴェネくんは、リリアンのフードの中から手(前足)を上げる。

「……シア、すまないが今回は遠慮してくれ」

 クロードは頭上に座るシアに呼びかけた。クロードの額は最早シアの定位置になりつつある。

「キュキュウ……」

 寂しげに鳴いたが、シアは亜麻音の肩に向かって跳んだ。シアってこっちの言葉を理解しているっぽい。以前俺とエマリアさんで狩ったクリスタルホーンラビットと比べると随分賢い気がする。

「シア、なんだったら俺の肩でも……」

「あんたも前衛でしょうが」

 ため息とともに、亜麻音が呆れた視線を大樹に向けた。シアも首を振って拒絶する。
 大樹はガクリと肩を落とすと、怨嗟の籠った声を上げるのだった。

「くそぉ……ハーレム勇者めぇ」

「なんでそうなるのだ」

 クロードもまたガクリと肩を落とした。いや、確かにシアは雌だけれども……。

「おーい、遊んでないでそろそろ出るぞ。ヒビキ、今も外は大丈夫か?」

「うん。問題ないよ、バルス兄貴」

 そして扉が開けられた。みんなが隊列を組んでぞろぞろと外へ出ていく。ちらりと見える扉の向こうは隠し部屋と同じ土の壁だ。やはりここはダンジョンの中で間違いないらしい。

「さ、私達も行きましょう、ヒビキ」

 エマリアさんに呼ばれ、俺も扉へ向けて歩き始めた。
 俺達はちょうど隊列の真ん中に位置する。何かあれば両端をフォローしろということだ。『宝箱』から俺の武器『グローイングボウ』を取り出して装備する。『世界地図』による警戒も忘れない。



 だが、扉を潜り抜ける最初の一歩を踏み込んだ瞬間――周囲の光景が一変した。



「……え?」


 それは、どこまでも真っ白な空間。床は白く、壁も天井も見当たらないが全てが白い。


「さっきまで隠し部屋にいたはず。ここって……夢で姉さんと会った場所と、同じ……?」

 まさか、ここは夢の中? てことは今俺、寝てるの!? 一応頬をつねってみる……普通に痛い。












「イッツ ア お兄さんターーーーーーーーイム!」



 困惑する俺の背後から、空気をぶち壊すような男性の声が響いた。
 ……それは、俺がよく知っている人の声だった。思わず振り返る。

 目の前には黄金の玉座。そこには一人の青年が腰掛けていた。金の瞳に金の髪。手足は黄金の装飾で飾り立てられ、だらしなく着崩した白い布からは鍛えられて張りつめた小麦色の肌が無防備に晒されている。
 青年は玉座のひじ掛けに体を傾け、こちらに手を振りながらヘラヘラと笑みを浮かべていた。


 端的に言って……大変チャラそうな人だった。でも、この人は――。


「……主神様?」

「やっほー、久しぶりー。ようやく上に来てくれたから話ができるよ。お兄さんは嬉しいよ~」

 こんな状況だというのに、空気を読まないが如くチャラい態度の主神様。姿を見たのはこれが初めてだが、どこまでもイメージ通りの人(神)である。




 というか、神域で療養中のはずの主神様がどうして? それに聖獣達の力で、神域から俺を見つけることはできないはず……何がどうなってるんだ?


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