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第4 焼死END
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「こんにちは、美山さん」
「せ、先輩!?」
僕は翌日の昼休み、美山さんの教室に出向いた。
案の定、彼女は1人自分の席で弁当を食していた。
「ちょっ……何で」
「いや……お昼、一緒にどうかと思って」
僕の言葉に美山は大きなため息をつき、僕の手を強引に掴む。
「分かりましたから……中庭!」
そうして僕は美山に引っ張られ教室を後にした。
「いきなり、どうしたんですか……」
教室から持参した弁当を花壇の上で広げ直し、美山が言う。
「いや、いつも美山さんに来させるのもどうかと思ってさ。まずかったかな?」
「別に……まぁ、いいですけど……」
なんだろう、今日は美山の様子がおかしい。
いつものような不敵さというか、生意気さが足りない。
気のせいか、少し顔が赤い気もする。
「……」
僕は違和感を覚えながらも、自分の弁当に手を付ける。
「……どうしたんです? それ」
すると美山が僕の弁当を見て呟く。
その視線の先には、まる焦げになった卵焼きがあった。
「ああ、ちょっと……ね」
「先輩、料理苦手ですか?」
「いや、そうでもないけど……ちょっと今日は」
そう言って腕を動かした瞬間、箸を地面に落としてしまう。
僕の手は、絶え間なく痙攣していた。
「……怪我は治ってるんだ。けど、皮膚の下の肉はやっぱり痛みだったり傷を覚えているのかな、少なからず違和感は残ってるみたい」
昨日からだ、怪我は治っているが傷付けられた痕を身体は忘れていなかった。
痺れというか、自分の腕が自分の物じゃないような感覚。
こんなことは初めてだ。
「……へぇ」
「まぁ、筋肉痛? みたいなもんかな。気にすることの程じゃないよ」
「……謝りませんからね。先輩が、頼んできたことなんですから」
美山はムスッとした表情で膨れる。
彼女は悪くない。僕が依頼して殺人を実行してもらっているだけなのだから。
「いや、美山さんを責めてるわけじゃ無いよ。ただこういう身体の不調があると、僕も人間なんだって思い出せる気がして、むしろ嬉しいくらい」
これは進歩なのかもしれない。
この治らない違和感は、僕が少しでも不死から遠ざかっている証なのではないだろうか。
少しずつ死へと近付いているのではないだろうか。
「……それは、良かったです」
それでも美山の表情は浮かないままだった。
放課後、帰りは今日も美山と帰った。
途中、あの河川敷の橋下の付近になると美山が口を開いた。
「先輩、1番残酷な死に方って何だと思います?」
「さぁ……あんま考えたくないけど」
「色んな意見がありますけど、私は焼死だと思うんですよ」
美山は淡々と話す。その冷静さが余計に不気味に感じられた。
「苦痛って点もそうですけど、なにより自分の身体が炎に包まれて、皮膚が溶け骨が焦げる様を見届けながら死に至るって、ものすごく残酷だと思うんです」
「まぁ……確かに」
聞いたことがあるが、焼死は想像を絶する苦痛を伴うらしい。
炎に絶え間なく自身の身体を絶命するまで焼き続けられるのだ、想像しただけで血の気が引く。
だから、僕もなるべくならこの手の死に方は選ぼうとは思わなかった。
「それじゃ、今日の深夜に河川敷の橋下集合ですね」
美山は簡単に、さらっと恐ろしいことを言う。
いくら死なないといえ、そんな簡単に殺され方を決められるのも困る。
「あの……焼死じゃなきゃ駄目かな」
「自分の死の瞬間を、自身の目で見届けることが今回のテーマです。もしかしたら、今日で死ねるかもしれませんよ?」
美山はにっこりとして僕の方を振り返った。
深夜、人気の全くない橋下に僕と美山は待ち合わせる。
「お、来ましたね」
美山は大きなポリタンクを持って登場した。中身については大体察しがついた。
「じゃあ、早速始めましょうか」
「……うん」
「何か乗り気じゃないですね、まぁ苦痛は今までで1番かもしれないです。だから、本当に耐えられなかったときは、その川に飛び込めるようにわざわざ……」
美山は目の前に流れる川を指差す。
規模としては大きな川で、流れもそれなりにある。
「……美山さん、気を遣ってくれたんだ」
「ちっ、違います。先輩があんまりうるさくしたら、通報されるかもしれないし……」
美山は少し慌てて否定する。
なんだろう、出会った頃より随分と人間味が感じられるようになってきた。
「じゃあ、始めようか」
僕の声に、美山の表情は一瞬で冷たいものに変わる。
僕は美山からポリタンクを受け取り、その中の液体を頭から思い切り浴びる。
ガソリンの刺激的な臭いが鼻腔に突き刺さる。
「あ、ちょっと待って。これで口縛ってください」
美山から長めのタオルを何枚か受け取る。
ああ、これで口を塞げという事か。誘拐された人質がよくされている様に。
「これで多少は騒音が防げますかね。あと、舌を噛み切る心配もありません、先輩には自分の身体が炭になるまで見届けてもらうんですから」
相変わらずさらっと恐ろしいことを言う。
やはり僕は安らかに殺されることはできないようだ。
「……」
だが、それでも構わない。完全に死ねるのなら……
「では……お願いします」
美山から安物のライターを受け取る。
そして、ガソリン塗れの身体に火を放つ。
「ぐぅぅぅぅっ!」
ガソリンに濡れた僕の体は一瞬にして炎上した。
「うわっ……」
あまりの火の勢いに美山はすぐに後退する。
「ぅううううううううううううう……っ」
当然だが熱い。痛い。苦しい。
口にタオルが食い込んでいるのと、火の勢いが強いせいで呼吸もままならない。
まさに生き地獄だった。
「んぐぅぅぅぅぅぅぅぅ! んんんんんんん! ぐぅううううううううう!」
酸素を求め、顎が外れるくらいに口を開くが全く呼吸はできない。
それに合わせて全身を焼かれる苦痛。皮膚と肉が焦げた臭いが周囲にまき散らされる。
「んんんんんんんんんっ! ぅううううううううううう……っ」
立っていられずに砂利の上に倒れ込む。
僕の身体は無意識に身体を地面に擦り付け、火を消そうとしていた。
死にたいとは言いつつも、僕の身体は生きようとしている。
それでも一切火は弱まらず、僕の全身を焦がしている。
「ぅうううううぅぅうう!」
僕は獣のような咆哮を上げて地面に頭を打ちつけていた。
「……先輩! もう川に飛び込んでください! もう……」
僕のあまりの苦しみ様にあの美山が顔を真っ青にしていた。
目の前で人間が焼かれる光景、音、臭いは美山の想定以上のものだったのだろう。
僕を刺殺し、撲殺して笑っていた彼女が……今は顔を真っ青にして立ち尽くしている。
「やっぱり他の死に方を探しましょうよ! こんな……こんなになってまで」
美山は意を決したのか、赤黒い肉塊になりつつある僕の方へ近づいてくる。
「んんぅぅうううううう!」
来るな、と叫んだつもりだった。
けれど、その声は彼女には届かなかった。
「きゃっ……ああああああ!」
彼女の長い黒髪に火花が飛び、そこから火が生まれる。
炎が視界にまで及んできた。そしてそのまま眼球も溶けてしまったのか、僕は最後に川に飛び込む美山を見届け、絶命した。
「……美山」
「……また、殺せなかったみたいですね」
目が覚めると、そこにはびしょ濡れになった美山が体育座りしていた。
「……火傷は」
「こんなの、大したことないですよ。先輩のに比べたら」
美山の髪の毛先の方は焦げ、燃え尽きてしまっていた。
幸い頭に到達する前に鎮火できたわけだが、彼女を巻き込んでしまった事への罪悪感で僕の心はいっぱいになっていた。
彼女は……不死身じゃない。
「僕は……結局」
「まる焦げの炭になるまでずっと苦しんでました。最後の最後まで……苦しんで」
けれど、僕は死ぬことができなかった。
まる焦げになった身体も、今は元通り。全身にまだ違和感はあるものの、やはり僕は死ねなかったことになる。
「……私、ナメてました。人が死ぬってことを。あんな……」
美山は自分の膝に顔を埋めながら言う。
この間まで、殺人を楽しんでいた彼女が……
この数日間の3回の殺人で、彼女は確実に変化している。
そして……僕自身も。
「せ、先輩!?」
僕は翌日の昼休み、美山さんの教室に出向いた。
案の定、彼女は1人自分の席で弁当を食していた。
「ちょっ……何で」
「いや……お昼、一緒にどうかと思って」
僕の言葉に美山は大きなため息をつき、僕の手を強引に掴む。
「分かりましたから……中庭!」
そうして僕は美山に引っ張られ教室を後にした。
「いきなり、どうしたんですか……」
教室から持参した弁当を花壇の上で広げ直し、美山が言う。
「いや、いつも美山さんに来させるのもどうかと思ってさ。まずかったかな?」
「別に……まぁ、いいですけど……」
なんだろう、今日は美山の様子がおかしい。
いつものような不敵さというか、生意気さが足りない。
気のせいか、少し顔が赤い気もする。
「……」
僕は違和感を覚えながらも、自分の弁当に手を付ける。
「……どうしたんです? それ」
すると美山が僕の弁当を見て呟く。
その視線の先には、まる焦げになった卵焼きがあった。
「ああ、ちょっと……ね」
「先輩、料理苦手ですか?」
「いや、そうでもないけど……ちょっと今日は」
そう言って腕を動かした瞬間、箸を地面に落としてしまう。
僕の手は、絶え間なく痙攣していた。
「……怪我は治ってるんだ。けど、皮膚の下の肉はやっぱり痛みだったり傷を覚えているのかな、少なからず違和感は残ってるみたい」
昨日からだ、怪我は治っているが傷付けられた痕を身体は忘れていなかった。
痺れというか、自分の腕が自分の物じゃないような感覚。
こんなことは初めてだ。
「……へぇ」
「まぁ、筋肉痛? みたいなもんかな。気にすることの程じゃないよ」
「……謝りませんからね。先輩が、頼んできたことなんですから」
美山はムスッとした表情で膨れる。
彼女は悪くない。僕が依頼して殺人を実行してもらっているだけなのだから。
「いや、美山さんを責めてるわけじゃ無いよ。ただこういう身体の不調があると、僕も人間なんだって思い出せる気がして、むしろ嬉しいくらい」
これは進歩なのかもしれない。
この治らない違和感は、僕が少しでも不死から遠ざかっている証なのではないだろうか。
少しずつ死へと近付いているのではないだろうか。
「……それは、良かったです」
それでも美山の表情は浮かないままだった。
放課後、帰りは今日も美山と帰った。
途中、あの河川敷の橋下の付近になると美山が口を開いた。
「先輩、1番残酷な死に方って何だと思います?」
「さぁ……あんま考えたくないけど」
「色んな意見がありますけど、私は焼死だと思うんですよ」
美山は淡々と話す。その冷静さが余計に不気味に感じられた。
「苦痛って点もそうですけど、なにより自分の身体が炎に包まれて、皮膚が溶け骨が焦げる様を見届けながら死に至るって、ものすごく残酷だと思うんです」
「まぁ……確かに」
聞いたことがあるが、焼死は想像を絶する苦痛を伴うらしい。
炎に絶え間なく自身の身体を絶命するまで焼き続けられるのだ、想像しただけで血の気が引く。
だから、僕もなるべくならこの手の死に方は選ぼうとは思わなかった。
「それじゃ、今日の深夜に河川敷の橋下集合ですね」
美山は簡単に、さらっと恐ろしいことを言う。
いくら死なないといえ、そんな簡単に殺され方を決められるのも困る。
「あの……焼死じゃなきゃ駄目かな」
「自分の死の瞬間を、自身の目で見届けることが今回のテーマです。もしかしたら、今日で死ねるかもしれませんよ?」
美山はにっこりとして僕の方を振り返った。
深夜、人気の全くない橋下に僕と美山は待ち合わせる。
「お、来ましたね」
美山は大きなポリタンクを持って登場した。中身については大体察しがついた。
「じゃあ、早速始めましょうか」
「……うん」
「何か乗り気じゃないですね、まぁ苦痛は今までで1番かもしれないです。だから、本当に耐えられなかったときは、その川に飛び込めるようにわざわざ……」
美山は目の前に流れる川を指差す。
規模としては大きな川で、流れもそれなりにある。
「……美山さん、気を遣ってくれたんだ」
「ちっ、違います。先輩があんまりうるさくしたら、通報されるかもしれないし……」
美山は少し慌てて否定する。
なんだろう、出会った頃より随分と人間味が感じられるようになってきた。
「じゃあ、始めようか」
僕の声に、美山の表情は一瞬で冷たいものに変わる。
僕は美山からポリタンクを受け取り、その中の液体を頭から思い切り浴びる。
ガソリンの刺激的な臭いが鼻腔に突き刺さる。
「あ、ちょっと待って。これで口縛ってください」
美山から長めのタオルを何枚か受け取る。
ああ、これで口を塞げという事か。誘拐された人質がよくされている様に。
「これで多少は騒音が防げますかね。あと、舌を噛み切る心配もありません、先輩には自分の身体が炭になるまで見届けてもらうんですから」
相変わらずさらっと恐ろしいことを言う。
やはり僕は安らかに殺されることはできないようだ。
「……」
だが、それでも構わない。完全に死ねるのなら……
「では……お願いします」
美山から安物のライターを受け取る。
そして、ガソリン塗れの身体に火を放つ。
「ぐぅぅぅぅっ!」
ガソリンに濡れた僕の体は一瞬にして炎上した。
「うわっ……」
あまりの火の勢いに美山はすぐに後退する。
「ぅううううううううううううう……っ」
当然だが熱い。痛い。苦しい。
口にタオルが食い込んでいるのと、火の勢いが強いせいで呼吸もままならない。
まさに生き地獄だった。
「んぐぅぅぅぅぅぅぅぅ! んんんんんんん! ぐぅううううううううう!」
酸素を求め、顎が外れるくらいに口を開くが全く呼吸はできない。
それに合わせて全身を焼かれる苦痛。皮膚と肉が焦げた臭いが周囲にまき散らされる。
「んんんんんんんんんっ! ぅううううううううううう……っ」
立っていられずに砂利の上に倒れ込む。
僕の身体は無意識に身体を地面に擦り付け、火を消そうとしていた。
死にたいとは言いつつも、僕の身体は生きようとしている。
それでも一切火は弱まらず、僕の全身を焦がしている。
「ぅうううううぅぅうう!」
僕は獣のような咆哮を上げて地面に頭を打ちつけていた。
「……先輩! もう川に飛び込んでください! もう……」
僕のあまりの苦しみ様にあの美山が顔を真っ青にしていた。
目の前で人間が焼かれる光景、音、臭いは美山の想定以上のものだったのだろう。
僕を刺殺し、撲殺して笑っていた彼女が……今は顔を真っ青にして立ち尽くしている。
「やっぱり他の死に方を探しましょうよ! こんな……こんなになってまで」
美山は意を決したのか、赤黒い肉塊になりつつある僕の方へ近づいてくる。
「んんぅぅうううううう!」
来るな、と叫んだつもりだった。
けれど、その声は彼女には届かなかった。
「きゃっ……ああああああ!」
彼女の長い黒髪に火花が飛び、そこから火が生まれる。
炎が視界にまで及んできた。そしてそのまま眼球も溶けてしまったのか、僕は最後に川に飛び込む美山を見届け、絶命した。
「……美山」
「……また、殺せなかったみたいですね」
目が覚めると、そこにはびしょ濡れになった美山が体育座りしていた。
「……火傷は」
「こんなの、大したことないですよ。先輩のに比べたら」
美山の髪の毛先の方は焦げ、燃え尽きてしまっていた。
幸い頭に到達する前に鎮火できたわけだが、彼女を巻き込んでしまった事への罪悪感で僕の心はいっぱいになっていた。
彼女は……不死身じゃない。
「僕は……結局」
「まる焦げの炭になるまでずっと苦しんでました。最後の最後まで……苦しんで」
けれど、僕は死ぬことができなかった。
まる焦げになった身体も、今は元通り。全身にまだ違和感はあるものの、やはり僕は死ねなかったことになる。
「……私、ナメてました。人が死ぬってことを。あんな……」
美山は自分の膝に顔を埋めながら言う。
この間まで、殺人を楽しんでいた彼女が……
この数日間の3回の殺人で、彼女は確実に変化している。
そして……僕自身も。
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