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第3話 撲殺END
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「こんにちは! 先輩?」
翌日、僕を刺殺した相手が昼休みの教室に現れた。
美山だ。昨日僕を包丁でメッタ刺しにし、殺した。
だが、僕は死ぬことが出来ず今日もこうして学校に来ている。
「……どうしたの」
「どうって、お昼食べに来たんですよ。いいじゃないですか嫌われ者同士」
美山が教室に入って来てからクラスの連中の顔は引きつっている。
確かに、僕も彼女も歓迎はされていない。
「とりあえず、中庭に移動しよう」
流石にここで食事をするのは気分が悪い。僕は美山はと共に人気のない中庭へ向かった。
「今日は、殺さないんだね虫」
花壇に腰掛け、小さな弁当箱を突く彼女を見て言う。
こう見ると、本当に可愛らしい年相応の女子だ。
「ええ、だって先輩がいますし。それに、昨日は……」
そう、今は僕が殺されれば美山の欲望は満たされる。
けど、美山は目を伏せ、呆れた様な表情だった。
「……見ましたよね私の顔。あれが私なんです、私の……本性」
昨日の記憶が蘇る。
僕に馬乗りになり、血塗れの包丁を一心不乱に振り下ろす美山。
その顔は、確かに笑っていた。
「……うん」
「私、本当に異常なんだって昨日で実感しました。ほぼ初対面の人を包丁で刺し殺して、その……あんなに興奮してて。私は昨日で……正真正銘の人殺しになった。けど、その事実を内心喜んでいるんです。ようやく、この手で人を殺せたんだって」
昨日の彼女は、確かに狂っていた。
人を刺しながら笑みを浮かべられるなんて、普通の神経じゃできない。
「……」
「気持ち悪いですよね、異常ですよね。自分でもそう思います……やっぱり、私の中には両親の、悪人の血が流れてるんだって」
美山は片腕を押さえつけながら、消え入りそうな声で呟く。
自身の異常性こそが、両親との繋がりを明確に示している。否定したくても、その欲望が否定させてくれない。
そんな自身の異常性を嫌いながらも、求めてしまう。
彼女は……そんな現実にずっと苦しんでいたのかもしれない。
「……異常でも、悪じゃない」
「え?」
美山が茫然とした表情で僕を見る。
「確かに君は異常だ。けれど、君にとってその異常が幸福なんだよ。異常であっても、それは悪じゃない」
「けど……」
自分でも言っていることが滅茶苦茶だと分かる。自身の幸福のために他人を殺すことが許されるはずがない。
幸福とは、他人に被害を与えない限度内で実現すべきものなのだから。
「君はまだ、僕以外には殺していない。正確には僕もまだ殺されちゃいない。僕が殺されているうちは君は悪なんかじゃない。ただ、命のない人形相手に殺しの練習をしているのと同じだよ、だって僕は死んでいないんだから」
彼女はまだ誰の心も傷付けてはいない。
昨日の僕は身体は傷付けられたが、心を傷付けられたわけでもなく、死んでもいない。
仮に僕が死んでも、悲しむ家族も友人もいない。
そして、僕自身も僕が死んだことに悲しみを感じない。いや、むしろ喜ぶ。
だから……
「だから、あの……変に気負わないで」
僕は何を言っているんだ。
こんなの相手が僕だから成り立つ話で、それ以外なら殺人未遂。十分に悪だ。
けど、それでも、僕は彼女を否定したくなかった。
「……っふ、なんか必死過ぎて先輩も気持ち悪いですよ」
僕の顔を見て美山は吹き出した。
「けど、ありがとう……」
その時の美山の表情は、溶けてしまいそうなくらいに柔和なものだった。
昼休みはそれで終わった。
午後の授業を終え、僕は帰路につく。
今日は放課後、美山が顔を出すことは無かった。
「……」
河川敷の橋下を歩きながら考え事をする。
ここは人通りも少なく、考え事にはぴったりだ。美山に出会うまでは、この帰り道に自殺の方法を考えるのが僕の日課だった。だが、今日は違う。
「っはぁ……」
美山の頬を染めたあの表情、まるで絵画のようだった。
あの異常性さえなければ、美山も普通の女の子として生きていけたのだろうか。
「……可愛いのにな」
僕は無意識に呟いていた。
「誰がです?」
その瞬間、後ろから声がした。
独り言を聞かれていたのかと僕は勢いよく後ろを振り返る。
そこには、美山が立っていた。
けれど、そう判別できた時には既に僕の額に大きな衝撃が振り下ろされていた。
「がぁっ……」
額に鈍い痛みと、生温い感触。
視界が赤く染まりながらも、僕は目を凝らして目の前の美山を見る。
「み、みや……」
そこには、歪な金属バットを担いで立っている美山がいた。
そのバットの先端には、僕の血がべったりと付着していた。
「どうも、いきなりでごめんなさいね。けど、先輩を殺すためには必要な事なんですよ」
「ど、っどういう……あ!」
僕が口を開きかけると、美山が僕の顔面に対しフルスイングをしてきた。
顔面に勢いよく鉄が叩きこまれ、僕は数メートル吹き飛ぶ。
そして、すぐさま美山が馬乗りになってくる。
「ちょっと、顔ガードしちゃダメですよ! 潔く殴られないと死ねませんよ?」
美山は馬乗りの体制で何度も何度も金属バットを振り下ろしてくる。
ゴスッ、ゴスッと鉄と骨がぶつかる音だけが響く。
「はっ……が……!」
「はっ……はは! 先輩前歯折れちゃってますよ! あははおかしい!」
気づくと口からも夥しい量の血が流れていた。
どうやら前歯が根元ごと折れたらしい。
「っ……」
それでも美山の暴行は止まらない。歯、鼻、顔の至る所の骨が砕けていく痛覚に僕は支配された。
「先輩、死ねるまでまだまだですよ。頑張ってくださーい」
美山の声も遠ざかって来た。
痛い……痛い、痛い。けれど、死ぬってこういう事なんだ。
死ぬことは、相応の犠牲を払うことなんだ。
僕は痛みの中、血を吐きながら悟った。
「ああ、でも気絶してた方が……楽かもしれないですね」
そう言って美山が僕の脳天に渾身の一芸を叩き込む。
「っが……ぁ」
視界が反転する。
僕は文字通り頭をカチ割られ、殺された。
「……う」
「あ、起きましたね。やっぱ今日も駄目かぁ」
目が覚める。
目の前には、僕の血と脳漿を全身に浴びた美山が体育座りしていた。
「その……なんでいきなり」
割れた頭は塞がっていた。けれど、痛覚は続いていた。
頭を押さえながら、美山に問う。
「ああ、奇襲は謝りますごめんなさい。けど、ちゃんと意味があっての奇襲なんですよ」
美山は口を尖らせながら言う。
「先輩は今までこれから死ぬぞーって意気込んで死のうとしたり、殺されるからいつも死ねないんじゃないかなーって思いまして。だから奇襲で本当は背後から一撃で仕留めるつもりだったんですけど……腕力が足りませんでしたね」
なるほど、無意識のうちに殺されることが出来れば、本当に死ねたのかもしれない。
だが、今回は殺されるまでに時間がかかり過ぎた。僕は無意識だが「死」について意識していたに違いない。
「……そっか」
「怒らないんですね。先輩に相談も無しに、独断で殺そうとしたのに」
美山は相変わらず拗ねている。
今回はかなりの自信があったんだろう。
「だって、美山さんなりに考えての行動だろ? 僕を思っての」
「べ、別に先輩を思ってってわけじゃ」
美山は顔を赤くし、視線を背ける。
昼休みの表情と、一瞬だけ重なった。
その表情は、確かに人間の少女らしい表情だった。
「君の欲望を満たすだけだったとしてもいいさ。美山さんなりに、色々考えてることが分かったしね」
「……本当、変な先輩ですね。あなたは」
美山はそっぽを向きながらハンカチを投げてくる。
そのハンカチで血を拭いながら、僕は美山に聞こえないような声で言う。
「お互い、異常同士ってことで」
翌日、僕を刺殺した相手が昼休みの教室に現れた。
美山だ。昨日僕を包丁でメッタ刺しにし、殺した。
だが、僕は死ぬことが出来ず今日もこうして学校に来ている。
「……どうしたの」
「どうって、お昼食べに来たんですよ。いいじゃないですか嫌われ者同士」
美山が教室に入って来てからクラスの連中の顔は引きつっている。
確かに、僕も彼女も歓迎はされていない。
「とりあえず、中庭に移動しよう」
流石にここで食事をするのは気分が悪い。僕は美山はと共に人気のない中庭へ向かった。
「今日は、殺さないんだね虫」
花壇に腰掛け、小さな弁当箱を突く彼女を見て言う。
こう見ると、本当に可愛らしい年相応の女子だ。
「ええ、だって先輩がいますし。それに、昨日は……」
そう、今は僕が殺されれば美山の欲望は満たされる。
けど、美山は目を伏せ、呆れた様な表情だった。
「……見ましたよね私の顔。あれが私なんです、私の……本性」
昨日の記憶が蘇る。
僕に馬乗りになり、血塗れの包丁を一心不乱に振り下ろす美山。
その顔は、確かに笑っていた。
「……うん」
「私、本当に異常なんだって昨日で実感しました。ほぼ初対面の人を包丁で刺し殺して、その……あんなに興奮してて。私は昨日で……正真正銘の人殺しになった。けど、その事実を内心喜んでいるんです。ようやく、この手で人を殺せたんだって」
昨日の彼女は、確かに狂っていた。
人を刺しながら笑みを浮かべられるなんて、普通の神経じゃできない。
「……」
「気持ち悪いですよね、異常ですよね。自分でもそう思います……やっぱり、私の中には両親の、悪人の血が流れてるんだって」
美山は片腕を押さえつけながら、消え入りそうな声で呟く。
自身の異常性こそが、両親との繋がりを明確に示している。否定したくても、その欲望が否定させてくれない。
そんな自身の異常性を嫌いながらも、求めてしまう。
彼女は……そんな現実にずっと苦しんでいたのかもしれない。
「……異常でも、悪じゃない」
「え?」
美山が茫然とした表情で僕を見る。
「確かに君は異常だ。けれど、君にとってその異常が幸福なんだよ。異常であっても、それは悪じゃない」
「けど……」
自分でも言っていることが滅茶苦茶だと分かる。自身の幸福のために他人を殺すことが許されるはずがない。
幸福とは、他人に被害を与えない限度内で実現すべきものなのだから。
「君はまだ、僕以外には殺していない。正確には僕もまだ殺されちゃいない。僕が殺されているうちは君は悪なんかじゃない。ただ、命のない人形相手に殺しの練習をしているのと同じだよ、だって僕は死んでいないんだから」
彼女はまだ誰の心も傷付けてはいない。
昨日の僕は身体は傷付けられたが、心を傷付けられたわけでもなく、死んでもいない。
仮に僕が死んでも、悲しむ家族も友人もいない。
そして、僕自身も僕が死んだことに悲しみを感じない。いや、むしろ喜ぶ。
だから……
「だから、あの……変に気負わないで」
僕は何を言っているんだ。
こんなの相手が僕だから成り立つ話で、それ以外なら殺人未遂。十分に悪だ。
けど、それでも、僕は彼女を否定したくなかった。
「……っふ、なんか必死過ぎて先輩も気持ち悪いですよ」
僕の顔を見て美山は吹き出した。
「けど、ありがとう……」
その時の美山の表情は、溶けてしまいそうなくらいに柔和なものだった。
昼休みはそれで終わった。
午後の授業を終え、僕は帰路につく。
今日は放課後、美山が顔を出すことは無かった。
「……」
河川敷の橋下を歩きながら考え事をする。
ここは人通りも少なく、考え事にはぴったりだ。美山に出会うまでは、この帰り道に自殺の方法を考えるのが僕の日課だった。だが、今日は違う。
「っはぁ……」
美山の頬を染めたあの表情、まるで絵画のようだった。
あの異常性さえなければ、美山も普通の女の子として生きていけたのだろうか。
「……可愛いのにな」
僕は無意識に呟いていた。
「誰がです?」
その瞬間、後ろから声がした。
独り言を聞かれていたのかと僕は勢いよく後ろを振り返る。
そこには、美山が立っていた。
けれど、そう判別できた時には既に僕の額に大きな衝撃が振り下ろされていた。
「がぁっ……」
額に鈍い痛みと、生温い感触。
視界が赤く染まりながらも、僕は目を凝らして目の前の美山を見る。
「み、みや……」
そこには、歪な金属バットを担いで立っている美山がいた。
そのバットの先端には、僕の血がべったりと付着していた。
「どうも、いきなりでごめんなさいね。けど、先輩を殺すためには必要な事なんですよ」
「ど、っどういう……あ!」
僕が口を開きかけると、美山が僕の顔面に対しフルスイングをしてきた。
顔面に勢いよく鉄が叩きこまれ、僕は数メートル吹き飛ぶ。
そして、すぐさま美山が馬乗りになってくる。
「ちょっと、顔ガードしちゃダメですよ! 潔く殴られないと死ねませんよ?」
美山は馬乗りの体制で何度も何度も金属バットを振り下ろしてくる。
ゴスッ、ゴスッと鉄と骨がぶつかる音だけが響く。
「はっ……が……!」
「はっ……はは! 先輩前歯折れちゃってますよ! あははおかしい!」
気づくと口からも夥しい量の血が流れていた。
どうやら前歯が根元ごと折れたらしい。
「っ……」
それでも美山の暴行は止まらない。歯、鼻、顔の至る所の骨が砕けていく痛覚に僕は支配された。
「先輩、死ねるまでまだまだですよ。頑張ってくださーい」
美山の声も遠ざかって来た。
痛い……痛い、痛い。けれど、死ぬってこういう事なんだ。
死ぬことは、相応の犠牲を払うことなんだ。
僕は痛みの中、血を吐きながら悟った。
「ああ、でも気絶してた方が……楽かもしれないですね」
そう言って美山が僕の脳天に渾身の一芸を叩き込む。
「っが……ぁ」
視界が反転する。
僕は文字通り頭をカチ割られ、殺された。
「……う」
「あ、起きましたね。やっぱ今日も駄目かぁ」
目が覚める。
目の前には、僕の血と脳漿を全身に浴びた美山が体育座りしていた。
「その……なんでいきなり」
割れた頭は塞がっていた。けれど、痛覚は続いていた。
頭を押さえながら、美山に問う。
「ああ、奇襲は謝りますごめんなさい。けど、ちゃんと意味があっての奇襲なんですよ」
美山は口を尖らせながら言う。
「先輩は今までこれから死ぬぞーって意気込んで死のうとしたり、殺されるからいつも死ねないんじゃないかなーって思いまして。だから奇襲で本当は背後から一撃で仕留めるつもりだったんですけど……腕力が足りませんでしたね」
なるほど、無意識のうちに殺されることが出来れば、本当に死ねたのかもしれない。
だが、今回は殺されるまでに時間がかかり過ぎた。僕は無意識だが「死」について意識していたに違いない。
「……そっか」
「怒らないんですね。先輩に相談も無しに、独断で殺そうとしたのに」
美山は相変わらず拗ねている。
今回はかなりの自信があったんだろう。
「だって、美山さんなりに考えての行動だろ? 僕を思っての」
「べ、別に先輩を思ってってわけじゃ」
美山は顔を赤くし、視線を背ける。
昼休みの表情と、一瞬だけ重なった。
その表情は、確かに人間の少女らしい表情だった。
「君の欲望を満たすだけだったとしてもいいさ。美山さんなりに、色々考えてることが分かったしね」
「……本当、変な先輩ですね。あなたは」
美山はそっぽを向きながらハンカチを投げてくる。
そのハンカチで血を拭いながら、僕は美山に聞こえないような声で言う。
「お互い、異常同士ってことで」
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