終に至る幸福

柘榴

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第2話 刺殺END

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「先輩? 早く帰りましょ?」
 翌日の放課後、教室まで美山が顔を出しに来た。
 悪い意味で有名なだけあって、皆顔を引きつらせていた。
「どうしたんです、部活なんかしてないですよね? ましてやバイトなんか」
「う、うん」
「じゃあ早く」
 美山は僕の首根っこを掴み、教室の外へと連れ出す。
「えっと、一体どこへ」
「どこって! 先輩を殺すための場所ですよ!」
 美山の発言に、廊下にいた数人が振り向いた。
 僕と美山は逃げるように学校を後にした。

「あの、ここ……」
「私の家です。あ、今は1人暮らし何で気遣わないでもいいですよー」
 美山に着いて行ってたどり着いたのは、彼女の部屋だった。
「……」
「案外フツーとか思いました?」
 予想外だった。ピンクの内装に可愛らしい家具や小物。
 てっきり殺した虫とか動物の標本だらけの部屋だとばかり……。
「いや……」
「もしかして先輩、緊張してるんですか?」
「ぶっ……」
 美山の言葉に僕は変な声が出てしまう。
 意識しないようにはしていたが、ここは女子の部屋だ。
「うわ、もしかして女子の部屋入るの初めてとか?」
「か、関係ないだろ。それより、今日は」
「はい、先輩を殺すために呼び出しました」
 美山の表情が突如変わった。まるでスイッチが切り替わったみたいに。
 冷たい表情のまま、ベッドに腰かける。
「……うん」
「じゃあ、早速いいですかね」
 美山はベッドの脇から、年季の入ってそうな包丁を取り出す。
 刃も研がれていなそうで、色も黒っぽく変色している部分がある。
「うわぁ!」
 僕はあまりにも唐突過ぎて腰を抜かしてしまう。
 自殺と他殺じゃ、こんなにも恐怖の鮮度が違うのか。
「ちょっと、今更何ビビってんですか。私が悪者みたいじゃないですか」
「いや、人の殺されそうになるのって初めてだから……つい」
「……まぁ、強引にはしないですけど。やめたくなったらやめればいいし」
 そう言うと美山は包丁を部屋の隅へ投げ捨て、ベッドに寝転んでしまう。
 まずい、怒らせてしまったか。
「い、いや大丈夫。僕だって……覚悟はできてる」
 僕は腑抜けた身体に気合を入れ直し、勢いよく立ち上がる。
 そして、それを予測していたかのように美山はベッドから飛び起きる。
「そんじゃ、遠慮なく~」
 美山は投げ捨てた包丁を拾い上げ、僕の腹に容赦なく刺し込む。
「ぐぅ……っ!」
 痛みと勢いで僕はバランスを崩し、仰向けに倒れ込む。
 その上から美山が馬乗りになり、包丁を頭上まで振り上げる。
 美山は満面の笑みだった。今、この瞬間の殺戮を楽しんでいる。
「がっ……あ……うっ……!」
 何度も何度も、僕の身体に刃が突き刺され、掻き乱される。
 血で美山の顔も、部屋中が真っ赤になっていた。
「動かないでくださいよ! これ切れ味悪くて大変なんだから!」
「っあ……」
 とうとう心臓の位置に刃が押し込まれた。
 切れ味が悪いせいか、余計に痛みを感じやすい。
 もはや美山が力づくで包丁を僕の肉に押し込んでいるような状況だった。
「痛い? 痛いですか先輩?!」
 美山は息を切らせながら、興奮気味に聞く。
「い……だ……ィ」
「これが死ぬってことですよ!? 死ねそうですか?!」
 それでも美山の手は止まらない。
 血が飛び散り、肉が抉られ、骨が削がれる。
「……っ」
「あっははははは……」
 美山の笑い声が遠くなっていく。
 ここで……僕は、死……

「うわああああああっ!」
 目が覚めた。ここは、あの世だろうか。
「すっご! 本当に死んでなかった!」
 目の前には血で濡れた美山。
 彼女がいるということは……そうか。
「……結局、死ねなかった」
「確かに殺した感覚っていうか……先輩の存在を完全に支配したって感じはしたんだけど……」
 美山は自分の両手を見ながら不思議そうに呟く。
 けれど、不満そうではない。むしろ……
「何度殺しても死なないなんて、先輩最高です!」
 美山が僕の胸に飛び込んでくる。
 甘い香りと、血の匂いが混濁して僕の中に入ってくる。
「けど、結局自殺とか他殺が傷の治癒には関係ないみたいなんだ」
 他人に殺されても死ぬことはできなかった。
 結局、傷を癒す事には自殺か、他殺かは関係なかったことになる。
「なにがいけないんでしょうね? ま、私的にはそんな簡単に死なれても困りますけど。痛みが足りないとか、絶望が足りないとか、残虐さが足りないとか……」
「そうだとしたら、笑えないよ」
 物騒なことを言う美山に困惑する。彼女なら本当にやるだろう。
 さっきの光景を見れば、疑う余地もない。
 死にたいけれど、痛い思いはなるべくしたくない。今日改めて身を持って感じた。
「けど、私は最期までキッチリ付き合いますよ? 先輩!」
 美山は僕に抱きつきながら、耳元で囁く。
「次回も楽しみにしておいてくださいね? いつか殺してあげますから」
「……次が最期であってほしいな」
 どうせ死ぬのなら、彼女に殺されるのも悪くないと少しだけ思った。
 
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