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第2話 電脳の地獄Ⅱ
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地獄は朝まで続いた。何度も嘔吐し、意識を失った。
そして、日が昇るころには自宅の前に車椅子ごと捨てられていた。
「じゃーね、藤ヶ谷さん。また今度学校で頼むわ……誰かにチクったりしたら、分かるよね? お前の家族もお前と同じ身体にしてやるよ」
去り際、桐ケ谷が吐き捨てた言葉。
「お前たちは……悪魔だ……っ」
私はこの後、両親に発見され無事に保護された。
けれど、桐ケ谷たちの事は一切口にしなかった。それは恐怖と言うこともあったが、それ以上に自分のされたことを両親に口にしたくなかった。
そうして私は学校に行くことをしなくなり、電脳世界へ引きこもることになった。
嫌な事も辛いことも無い、電脳世界に。
ここでは私の身体も自由に動く。沢山の人に必要とされる。
私が電脳世界に依存するのも、当たり前のことだと言ってもいいだろう。
「……姫、姫ってば」
「あ、うん? どうしたの夢人君」
DDのマイルーム、私はよく一緒にクエストを手伝ってくれる「夢人」と今後の予定について考えていた。
私の隣では、夢人が心配そうに私を見つめていた。
アバターだが、その端正な顔立ちは女性なら誰もが心揺さぶられるだろう。
「ログアウト不能の間、何して時間潰すかって話。クエストにも行けないし」
「うーん、ここでお茶してれば3時間何てすぐだよ。それに夢人君と一緒なら、何も怖くない」
無法地帯とはいえ、この世界で犯罪を犯す理由が無い。
人を殺しても現実で誰かが死ぬわけでもなく、金を奪おうとしてもこの世界の通貨は全てデータ管理、奪いようがない。
そもそも自分たちのマイルームから出なければ、何の心配も無かった。
「ひ、姫さ……」
すると夢人は神妙な顔で呟く。
「実は、話があるんだ」
「ん?」
普段余裕のある夢人が、こんな神妙な顔をするのは初めてだった。
「……実は、これはチャンスなんだ。この世界を乗っ取る」
「へ? 乗っ取る?」
私は素っ頓狂な声を上げた。
この世界を乗っ取る? それこそ中二病か何かの延長線だ。
「そう、運営部があらゆる機能を失っている時、システムに侵入して不正操作を行う。そうすれば、この世界の全てを好きなようにコントロールできるはずなんだ」
「けど、そんなハッキングみたいなこと」
「普通じゃ無理。けど、今はセキュリティもほとんど機能していないはずなんだ。だから、あとはちょっとした特殊なツールと知識があれば……」
すると夢人は指を鳴らし、ゲーム内のメニュー案内を表示させた。
その中には、見慣れないツールの名前があった。
それは、俗にいうチートを実現させる不正ツール。
それは本来なら利用規約に反しており、運営にバレれば即アカウントBANされるような代物だ。
「それって、不正じゃ」
「ああ、普段これを起動させてシステムをハッキングさせようとすればすぐに運営部に察知されてアカウントBANだ。けど、今は違う。これさえ使えばこの世界のシステムを弄り放題」
夢人は指を鳴らし、不正ツールを起動させる。
「でも、そんなことしたら」
「バレはしないさ、運営部は機能を停止してるんだから。仮に侵入の跡が残っても、後からじゃ個人までは割り出せない。それにたかが電脳世界の話だよ? 現実で罰せられる事も無いさ」
確かにその通りだ。あくまでここは妄想の世界。ここで何をしようが現実で問われる罪などたかが知れている。
そもそも運営が機能を停止している時点でバレる心配もほとんどないし……
成功すればこの世界での仮想通貨、アイテム、経験値も弄り放題。そのステータスを利用すればこの世界でも絶対的存在、現実世界でもアカウント売買などで儲けられる。
「どう? 俺と一緒にこの世界を……支配しないか?」
リスクを考えても断る理由は無かった。
「……夢人君と、一緒なら」
私は夢人の手を優しく握る。
細くて、冷たい手。けれど、頼もしい。
「僕は、姫とずっと一緒にいたいと思ってる……その、現実の世界でも」
夢人の言葉に私は唾を飲んだ。
現実……私にとっては思い出したくもない、悪夢。
「この世界で現実の話を持ち込むのはタブーだってことは分かってる。けど……僕は姫の全部を知りたい。全部を……愛したいんだ」
夢人とは長い付き合いだった。
稼働初期からずっとクエストを共にし、互いをトップユーザーへと高め合った。
だから電脳世界であっても、夢人は私にとって特別な存在だった。
「でも……私なんか、現実じゃ姫なんかじゃないよ。引きこもりの……ロクでなしだよ」
「僕もさ、僕もこっちじゃ英雄だなんて名乗ってるけど、リアルじゃただのオタク。全然立派な人間なんかじゃないんだ」
だから……現実の私を教えても、彼なら理解してくれると思った。
彼なら現実の私を理解し、受け入れてくれるのではないかと。
「……お互いさま、なのかな」
「僕は、現実の姫も受け入れたい。だから、現実の僕も受け入れてほしいんだ」
「……うん」
そう言って夢人は、指を鳴らす。
すると、履歴書のようなプロフィールがその場に浮かんだ。
「……これが、現実の僕だよ」
私はその画面に釘付けとなった。
「え……」
言葉を失った。
経歴、生年月日などではない。それよりもっと、重要な情報だ。
「……き、むら?」
「僕の本名は木村 隆。都内の中学生で……今はその、あまり学校に行ってない。けど、姫も学校に行ってないんだよね? だから、似たもの同士なんだよ僕たち」
私の頭に、過去の記憶が思い浮かぶ。
木村……木村……
ああ、そうだ。あの時……
桐ケ谷の連れていた、小太りの男の名。
そして、日が昇るころには自宅の前に車椅子ごと捨てられていた。
「じゃーね、藤ヶ谷さん。また今度学校で頼むわ……誰かにチクったりしたら、分かるよね? お前の家族もお前と同じ身体にしてやるよ」
去り際、桐ケ谷が吐き捨てた言葉。
「お前たちは……悪魔だ……っ」
私はこの後、両親に発見され無事に保護された。
けれど、桐ケ谷たちの事は一切口にしなかった。それは恐怖と言うこともあったが、それ以上に自分のされたことを両親に口にしたくなかった。
そうして私は学校に行くことをしなくなり、電脳世界へ引きこもることになった。
嫌な事も辛いことも無い、電脳世界に。
ここでは私の身体も自由に動く。沢山の人に必要とされる。
私が電脳世界に依存するのも、当たり前のことだと言ってもいいだろう。
「……姫、姫ってば」
「あ、うん? どうしたの夢人君」
DDのマイルーム、私はよく一緒にクエストを手伝ってくれる「夢人」と今後の予定について考えていた。
私の隣では、夢人が心配そうに私を見つめていた。
アバターだが、その端正な顔立ちは女性なら誰もが心揺さぶられるだろう。
「ログアウト不能の間、何して時間潰すかって話。クエストにも行けないし」
「うーん、ここでお茶してれば3時間何てすぐだよ。それに夢人君と一緒なら、何も怖くない」
無法地帯とはいえ、この世界で犯罪を犯す理由が無い。
人を殺しても現実で誰かが死ぬわけでもなく、金を奪おうとしてもこの世界の通貨は全てデータ管理、奪いようがない。
そもそも自分たちのマイルームから出なければ、何の心配も無かった。
「ひ、姫さ……」
すると夢人は神妙な顔で呟く。
「実は、話があるんだ」
「ん?」
普段余裕のある夢人が、こんな神妙な顔をするのは初めてだった。
「……実は、これはチャンスなんだ。この世界を乗っ取る」
「へ? 乗っ取る?」
私は素っ頓狂な声を上げた。
この世界を乗っ取る? それこそ中二病か何かの延長線だ。
「そう、運営部があらゆる機能を失っている時、システムに侵入して不正操作を行う。そうすれば、この世界の全てを好きなようにコントロールできるはずなんだ」
「けど、そんなハッキングみたいなこと」
「普通じゃ無理。けど、今はセキュリティもほとんど機能していないはずなんだ。だから、あとはちょっとした特殊なツールと知識があれば……」
すると夢人は指を鳴らし、ゲーム内のメニュー案内を表示させた。
その中には、見慣れないツールの名前があった。
それは、俗にいうチートを実現させる不正ツール。
それは本来なら利用規約に反しており、運営にバレれば即アカウントBANされるような代物だ。
「それって、不正じゃ」
「ああ、普段これを起動させてシステムをハッキングさせようとすればすぐに運営部に察知されてアカウントBANだ。けど、今は違う。これさえ使えばこの世界のシステムを弄り放題」
夢人は指を鳴らし、不正ツールを起動させる。
「でも、そんなことしたら」
「バレはしないさ、運営部は機能を停止してるんだから。仮に侵入の跡が残っても、後からじゃ個人までは割り出せない。それにたかが電脳世界の話だよ? 現実で罰せられる事も無いさ」
確かにその通りだ。あくまでここは妄想の世界。ここで何をしようが現実で問われる罪などたかが知れている。
そもそも運営が機能を停止している時点でバレる心配もほとんどないし……
成功すればこの世界での仮想通貨、アイテム、経験値も弄り放題。そのステータスを利用すればこの世界でも絶対的存在、現実世界でもアカウント売買などで儲けられる。
「どう? 俺と一緒にこの世界を……支配しないか?」
リスクを考えても断る理由は無かった。
「……夢人君と、一緒なら」
私は夢人の手を優しく握る。
細くて、冷たい手。けれど、頼もしい。
「僕は、姫とずっと一緒にいたいと思ってる……その、現実の世界でも」
夢人の言葉に私は唾を飲んだ。
現実……私にとっては思い出したくもない、悪夢。
「この世界で現実の話を持ち込むのはタブーだってことは分かってる。けど……僕は姫の全部を知りたい。全部を……愛したいんだ」
夢人とは長い付き合いだった。
稼働初期からずっとクエストを共にし、互いをトップユーザーへと高め合った。
だから電脳世界であっても、夢人は私にとって特別な存在だった。
「でも……私なんか、現実じゃ姫なんかじゃないよ。引きこもりの……ロクでなしだよ」
「僕もさ、僕もこっちじゃ英雄だなんて名乗ってるけど、リアルじゃただのオタク。全然立派な人間なんかじゃないんだ」
だから……現実の私を教えても、彼なら理解してくれると思った。
彼なら現実の私を理解し、受け入れてくれるのではないかと。
「……お互いさま、なのかな」
「僕は、現実の姫も受け入れたい。だから、現実の僕も受け入れてほしいんだ」
「……うん」
そう言って夢人は、指を鳴らす。
すると、履歴書のようなプロフィールがその場に浮かんだ。
「……これが、現実の僕だよ」
私はその画面に釘付けとなった。
「え……」
言葉を失った。
経歴、生年月日などではない。それよりもっと、重要な情報だ。
「……き、むら?」
「僕の本名は木村 隆。都内の中学生で……今はその、あまり学校に行ってない。けど、姫も学校に行ってないんだよね? だから、似たもの同士なんだよ僕たち」
私の頭に、過去の記憶が思い浮かぶ。
木村……木村……
ああ、そうだ。あの時……
桐ケ谷の連れていた、小太りの男の名。
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