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第10話 金子 修の忘却Ⅱ
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―【幸福の忘却】終了から3か月後。
僕は真昼からカーテンを閉め切って部屋に籠り、作業に没頭していた。
「……やぁ、久しぶり……。お取込み中……だったかな……窓、開けて良い?」
エルが壁をすり抜け、部屋に入ってきた。
鼻をつまみ、表情を曇らせている。
「天使か、何の用だ」
「いや、唯一の生存者の様子を伺いにね。幸福を忘却し、奪われた人間がどうなるのか気になって」
僕は作業の手を止めず、エルの声を聞き流す。
「唯一? 生存者ならもう1人いるだろう」
「いや、現時点での生存者は君1人だ。牧島はゲーム終了後すぐに舌を噛み切って自殺した」
牧島は両足を切断はされたが、なんとか生きたままゲームを終えた。
こちらに帰って来てからの様子は知らなかったが……
「死人を悪く言いたくないけど、彼女は奪われてそこで終わりだった。奪われ空っぽの状態から、何も生み出せなかった」
エルはため息交じりに言う。
牧島は全てを奪われた後、生じた空白を補うことを放棄した。
生じた心の空白に耐えられず、自ら命を絶った。
「今回のゲームは大きな収穫だった。なんせ人間の可能性を感じさせられたからね。空っぽから何かを生み出すことができる生き物は、この世で神と天使と人間だけだと」
エルは聖母のような表情で、僕の頭を優しく撫でる。
「そして君は見事に空っぽから生み出すことに成功した……新たな幸福を」
「お前にも、幸福の忘却と言うゲームにも感謝している。だって、俺に気付かせてくれたんだからな……新しい、僕自身の幸福を」
そう言って、僕は持っていた鉈をまな板の上に固定された生きたままの猫に振り下ろす。
短い鳴き声と共に赤黒い液体が僕の顔へ飛び散る。
僕が幸福の忘却で真名を失うのと引き換えに知ったことが1つある。
それは、他人から奪う快感だ。
「ゲーム後、真名が消えて学校中の連中が泣き喚き、嘆いている姿を見て僕は心底興奮した。こいつらの心から、この手で確かに真名を奪ったんだと。僕がこいつらから幸福を奪い、不幸を与えたのだと」
僕は鉈を放り投げ、まな板の上に転がっている猫の首を持つ。
ああ、この感覚だ。今確実に生命をこの猫から奪った。この、僕が。
「僕をいじめていた連中の気持ちも今なら分かるよ、力で他人から奪う快楽に……逆らえるわけがない」
奪われ続けた僕だからこそ、奪うことの尊さが身に染みる。
奪われ続けたのなら、奪い返し続ければいい。
「っふ、やはり人間は面白いね。君たちの世界をもう少し見てみたくなった。君たち人間が、空っぽから何かを生み出し続ける限りは……ね」
エルはそれだけを言い残し、閃光と共に部屋から消えた。
【幸福の忘却】……灰色だった僕の世界に色を与えてくれて、ありがとう。
僕は真昼からカーテンを閉め切って部屋に籠り、作業に没頭していた。
「……やぁ、久しぶり……。お取込み中……だったかな……窓、開けて良い?」
エルが壁をすり抜け、部屋に入ってきた。
鼻をつまみ、表情を曇らせている。
「天使か、何の用だ」
「いや、唯一の生存者の様子を伺いにね。幸福を忘却し、奪われた人間がどうなるのか気になって」
僕は作業の手を止めず、エルの声を聞き流す。
「唯一? 生存者ならもう1人いるだろう」
「いや、現時点での生存者は君1人だ。牧島はゲーム終了後すぐに舌を噛み切って自殺した」
牧島は両足を切断はされたが、なんとか生きたままゲームを終えた。
こちらに帰って来てからの様子は知らなかったが……
「死人を悪く言いたくないけど、彼女は奪われてそこで終わりだった。奪われ空っぽの状態から、何も生み出せなかった」
エルはため息交じりに言う。
牧島は全てを奪われた後、生じた空白を補うことを放棄した。
生じた心の空白に耐えられず、自ら命を絶った。
「今回のゲームは大きな収穫だった。なんせ人間の可能性を感じさせられたからね。空っぽから何かを生み出すことができる生き物は、この世で神と天使と人間だけだと」
エルは聖母のような表情で、僕の頭を優しく撫でる。
「そして君は見事に空っぽから生み出すことに成功した……新たな幸福を」
「お前にも、幸福の忘却と言うゲームにも感謝している。だって、俺に気付かせてくれたんだからな……新しい、僕自身の幸福を」
そう言って、僕は持っていた鉈をまな板の上に固定された生きたままの猫に振り下ろす。
短い鳴き声と共に赤黒い液体が僕の顔へ飛び散る。
僕が幸福の忘却で真名を失うのと引き換えに知ったことが1つある。
それは、他人から奪う快感だ。
「ゲーム後、真名が消えて学校中の連中が泣き喚き、嘆いている姿を見て僕は心底興奮した。こいつらの心から、この手で確かに真名を奪ったんだと。僕がこいつらから幸福を奪い、不幸を与えたのだと」
僕は鉈を放り投げ、まな板の上に転がっている猫の首を持つ。
ああ、この感覚だ。今確実に生命をこの猫から奪った。この、僕が。
「僕をいじめていた連中の気持ちも今なら分かるよ、力で他人から奪う快楽に……逆らえるわけがない」
奪われ続けた僕だからこそ、奪うことの尊さが身に染みる。
奪われ続けたのなら、奪い返し続ければいい。
「っふ、やはり人間は面白いね。君たちの世界をもう少し見てみたくなった。君たち人間が、空っぽから何かを生み出し続ける限りは……ね」
エルはそれだけを言い残し、閃光と共に部屋から消えた。
【幸福の忘却】……灰色だった僕の世界に色を与えてくれて、ありがとう。
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