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第9話 金子 修の忘却Ⅰ
しおりを挟む「ほう、随分と強気だね。残りの50ポイントを全て君が稼ぐと?」
エルは半笑いで僕に尋ねる。
「ああ」
「分かっているとは思うけど、さっきの赤城さんが30ポイント。それを超えるとなると……君にとっては相当な代償を払うことになる」
胎児とはいえに人の命で30ポイント。つまり、俺も何かしらの命かそれ以上の幸福を忘却しなければ50ポイントは稼げない。
「分かっている。僕にはそれだけの覚悟も……幸福もある」
僕は覚悟を決め、エルを睨み付ける。
「悪いけれど、君にそんな大きな幸福が支払えるとは思えないね。たったの数日間だが、君の生活を観察させてもらったからね」
「ああ、お前の数日間の観察じゃ僕の幸福なんて理解できるはずがない。僕の幸福は……そんな安っぽいものじゃない」
僕は日ごろから幸福なんか感じたことは無い。けれど、1つだけ……いや、1つしか思いつかない。
僕を支える、唯一の幸福。
「ほお、さぞ素晴らしい幸福なんだろうね、それは」
エルはニヤリと笑みを浮かべる。
「待って修ちゃん! 修ちゃんのその幸福が何かは分からないけど……修ちゃんだけ背負うことない、やっぱり私が!」
真名が前に進もうとする僕の前に立ち、訴えかける。
「気付いたんだ、こんなゲームのおかげで。僕は……自分1人じゃ生きることもできない腰抜けだ。天使に幸福を与えられ、そして……お前に助けられ続けてきた」
僕は真名の肩に手を置き、目を見ながら語りかける。
「……えっ」
「人間なんて弱くて脆い。与えられ、助けられなきゃ生きてもいけない。俺は、ずっと自分1人で生きてきたつもりだった、けど……違った。俺が生きてられたのは……真名、お前のおかげだ」
僕の突然の言葉に、真名が目を見開いたまま固まっていた。
当たり前だ、真名に感謝を伝えるなんてこれが初めてだ。
「物心ついたころからお前は俺を支えてくれた。今までは気付かなかったけれど、今やっと気付いた。もう遅いかもしれないが……お前に恩返しがしたい」
「そんな……そんなの、修ちゃんらしくないっ……こんな時にいきなり、ずるいよ……」
真名が見開いた目から大粒の涙を流す。
「お前には今の幸福を捨ててほしくない、幸せのままでいてほしい。だから……」
「修ちゃん……っ」
真名が僕に抱きついてくる。僕の胸の中で、子供みたいに泣いている。
「では、金子 修。君の忘却する幸福を教えてくれないか?」
エルが僕に向けて指を指す。
僕はゆっくりと真名を引き離し、宣言した。
「僕、金子 修は……物心ついた頃からの幼馴染、清水 真名をここで忘却する」
僕の言葉にで、部屋の時間が止まったようだった。
しばらくの間、沈黙に包まれる。
「えっ……なに、何言ってるの? 修ちゃん……?」
「では、金子 修。君にとって清水 真名はどの程度の幸福だい?」
取り乱す真名を無視し、エルが尋ねる。
「真名は……真名は、俺にとって不可欠な存在だ。物心ついた時には隣にいて……こいつは年上だからって本当の姉のように世話を焼いてくれたよ。僕が嫌われ、蔑まれ、何度も痛めつけられても……真名だけは僕の隣にいてくれた。僕にとって真名は……いなくてはいけない存在だった」
僕は呆然と立ち尽くす真名の手を握りながら、役者の様に話す。
エルはその言葉をを黙って聴いていた。
「俺は弱い。人間の中でも特に弱い。真名がいなきゃ学校で昼飯すら食えない、真名がいなきゃ宿題も進められない、真名がいなきゃ……ここまで生きて来られなかった」
弁当を踏み潰されれば真名から分けてもらった。
ノートと教科書を捨てられれば、真名に問題を解いてもらうしかなかった。
真名は俺にとって、紛れもない幸福だった。
「だったら、どうして……どうしてよ!」
真名が戸惑いと怒りの混じった表情で僕を睨み付けてくる。
……そんなもの、決まっているだろ。
「大切な存在だからこそ、忘却する価値があるんだろう? このゲームでは多くの幸福量を稼がなきゃ生き残れない」
「でも……それなら、あたしじゃなくたって、修ちゃんのお母さんとか……いるじゃん! 修ちゃん、お母さんと仲悪いし……だったら!」
「あいつを忘却したら、誰が僕の飯を作る? 生活費を稼ぐ?」
僕は真名に詰め寄る。確かに生き残るためだけなら真名以外の選択もあるかもしれない。
だが、生存と僕の……復讐を同時に果たすためには……お前じゃなきゃダメなんだ。
「助けて、修ちゃんっ……あたし、あたしまだ……っ生きっ……生きて、したいことがいっぱいあるの。あ、あたしがご飯も作るしお金も稼ぐ……だから、あたしじゃなくて……あたしを選ばないで!」
真名は涙でぐしゃぐしゃになりながら僕の足に縋りついてくる。
この時、真名の泣き声など届いていなかった。ただ、真名ですら、死が迫れば取り乱すのだと僕は考えていた。
「真名、お前が死ねば誰が悲しむ? 嘆く?」
「……お母さんっ、お父さんっ……みんな」
「そう、学校中の連中みんなだ。みんなが大好きな生徒会長が消えたら、みんなどんな顔で泣くんだろうな?」
真名は誰からも好かれ、信頼されている。みんなが平等に持つ幸福なのだ。
「それを、見たいんだよ。奪われたあいつらの顔を」
僕は容赦なく縋りつく真名を蹴り飛ばす。
「僕は学校中の連中から、清水 真名と言う幸福を奪ってやる。あいつらが僕から奪い続けてきたように……今度は僕が、あいつらから幸福を奪う番だ」
だからこそ、真名を忘却する。
あの学校中の連中から、真名という皆の幸福を無残に毟り取って、握り潰してやる。
それが、僕による復讐……【幸福の忘却】だ。
「天使、やれ」
エルに指示を出すと、すぐに真名の身体が宙に浮いて天秤の上まで運ばれた。
そして、天秤が僕側へ大きく傾いた。
「いやぁぁぁぁぁっ! 死にたくない! 修ちゃん……修、ちゃ」
天秤の上で真名が泣き叫んでいたが、気にならなかった。
僕にとって今の真名は、生存と復讐のための道具に過ぎなかった。
「……幸福の忘却、完了だ」
エルがそう宣言した瞬間、真名の身体は一瞬で破裂し、醜い肉片となって部屋中に飛び散った。
こうして僕は、真名と言う幸福を多くの人間から忘却させ、奪った。
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