鬼畜の城-昭和残酷惨劇録-

柘榴

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第14話 半端者

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 それから数日後、事務所にご機嫌の鷲尾が訪ねてきました。どうやら帰ってきてからの咲の評判が随分と良いらしく、元々約束していた報酬の倍近くの金額を持ってきたのです。
「鷲尾さんにはほんま頭上がりませんなぁ。こんなに貰ってええんやろか」 
 池田は机に積まれた金を念入りに数えながら、媚びた様な声で言いました。
「おう、ほんま助かったわ。あれから咲のやつえらい人気になってのぉ。なんでも客の要望に応える質の良い人形やって評判やで。うちの店にはえらい悪趣味な客も多いのにそれにも嫌な顔せず対応しとるんやから、嬢ちゃんのお蔭やで」
 鷲尾の経営する娼館はどうやら悪趣味な客や異常性癖者の客を多く抱えているという話だったが、そんな人間たちの相手も咲は文句も言わずにこなしているというのです。
「……咲は、人形じゃない」
 これは喜ばしい事なのだろうか私には分かりませんでした。いつかの幸せを夢見て、妹の様に幼い少女が娼婦の世界へ更に深く足を踏み入れ始めていることが。
 けれど、残酷だが咲に今できることはそれしかありません。学も無く、男に身を売る以外の世界を知らない咲には、そうするしかなかったのです。
 いつか、咲が幸せになるためだと私はただ、黙っている事しかしませんでした。卑怯で、卑劣な姉です。

 それから半月ほどでしょうか、咲は娼館で死にました。
咲の客の一人に、自身の嘔吐物を女に飲ませる事でしか興奮できない異常性癖の男がいたようで、その客の相手をしている最中……咲は男の嘔吐物を喉に詰まらせ、数分間悶えたそうです。そして咲は、その苦しみに耐えきれず自らの舌を噛み切り自殺したのです。
幼い少女が、見ず知らずの男の嘔吐物に溺れ、最後は苦しみから逃れるために舌を噛み切って自殺。これ以上に残酷で惨めな死に方があるでしょうか。私には想像ができません。
「最近は咲目当ての客も多かったんやけどなぁ……まぁ、うちは『何でもあり』がウリやし、そもそも違法娼館で起こった事件なんて表沙汰にもできひん」
 鷲尾がそう咲の死を事務所に伝えに来たとき、私の心から熱が逃げていくのが分かりました。悲しいというより、何か喪失していくような感覚の方が大きかったと思います。
「咲は、あの子は……自分にできることを極めようとしたんです。それが、娼婦と言う生き方を極め、自らの武器にする覚悟だったんです。その先の幸せを夢見て……必死に耐えていた」
 この中で、咲の死を感情として受け入れている人間は私だけでした。池田も鷲尾も、商売道具の一つが壊れた、という程度の認識でしかなかったのだと思います。
 この世界で、途中で壊れてしまう程度の半端者の粗悪品は……その程度の価値なのだと改めて知る事となりました。

「ちゅうことで、一仕事頼むで。この餓鬼の死体は表には出せへんからな。とりあえず体ん中のゲロ洗浄して、綺麗に臓器抜いたらまた連絡くれや。ほな」
 そして鷲尾は自身の所有する高級車から、咲の遺体を事務所に運んできました。
 私の知っている咲とは違い、随分と痩せて顔色も悪かった覚えがあります。それに、至る所が傷や痣だらけで……あれからロクな扱いは受けていなかったのでしょう。
 私は悲しみと言うより、同情の感情の方が大きかったと思います。咲は弱かった、だからこんな惨めに死んだ。彼女の力無さに私は哀れみを感じていました。
 
 弱く、覚悟の足りなかった彼女は、『極み』への道中で力尽きた。ただそれだけの事だったのです。

「へっへ……餓鬼とはいえ、女の解体何ていつ振りやろなぁ。こりゃ楽しみやでぇ」
 咲の死体を目の当たりにし、池田は下衆な笑みを溢していました。
「臓器は傷付けたらあかんで、それ以外なら……好きにせぇよ」
 そして、鷲尾はそれだけを言い残し、事務所を去っていきました。
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