鬼畜の城-昭和残酷惨劇録-

柘榴

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第9話 名義

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 しばらくして池田が居間に戻ってきました。するとその瞬間、私の前に履歴書、印鑑やら何かの契約に使うようなものを一式、がちゃがちゃと机に乱雑にぶちまけ始めたのです。
「おう、和も『役目』終えた事やしな。お前にも明日から働いてもらうで。明日にでも鷲尾さんと一緒に金貸しのとこ行けや。この履歴書持ってな」 
 目の前の履歴書に目を落とすと、それは和についての情報がびっしり書き込まれていました。
 更に後ろの方には、和が知的障害を負ってから疎遠となっている和の両親の所在、勤め先までもが細かく記されていました。
「は……お金ですか? それに、これ和さんの履歴書と印鑑じゃ……」
「会社の資金に決まってるやろ。それに鷲尾さんが選んだとこや、本人やなくても形式が整っとれば問題あらへん。それにまず、あいつがおったってまともに意思疎通も契約もできひんやろ!」
 そう言って池田は笑っていました。
 この時、私はようやく事の重大さに気付きました。
 和と全く同じ履歴書を、私も書かされているということに。
 あの履歴書は、自身や家族の情報を脅しに私たちをこの『城』から逃さないための人質でもあり、都合の良い使い捨ての名義でもあったのです。

 そして翌日、不安と恐怖を抱えながらも私は、鷲尾と共に午前中のうちから金貸しの元へ向かい、和の名義で数十万のお金を借りました。
 その金貸しもやくざの鷲尾には強く逆らえなかったようで、半ば強引な取り立てに近い様なものでした。
 元々お金は返す気が無いでしょうし、取り立てと言ってもおかしくはありませんが。
最終的には履歴書に記された和の両親の元へ借金の報せが行くはずです。金貸しも、やくざの鷲尾からより、こちらからお金を回収する方を選ぶでしょう。

 そう、これが池田のやり口なのです。
会社経営など表向きの顔で、それを餌に利用できそうな若者を仲間に引き入れる。和さんのような障害者を雇い、里親になった理由も、戦後から徐々に開始された『公的扶助』を和の名義で不当に得る事が目的でした。
 借金の名義も、和のような意思表示ができず、家族とも疎遠になった『孤独な弱者』の方が後腐れが無くて使いやすかったんだと思います。
 つまり公的扶助を受けるための名義、金を借りるための名義……これが池田の言う、和の『役目』だったのです。役所の審査は本人である必要があるため、それさえ終えてしまえば和の存在意義など池田にとっては全くなくなるのです。

 
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