9 / 20
第9話 名義
しおりを挟む
しばらくして池田が居間に戻ってきました。するとその瞬間、私の前に履歴書、印鑑やら何かの契約に使うようなものを一式、がちゃがちゃと机に乱雑にぶちまけ始めたのです。
「おう、和も『役目』終えた事やしな。お前にも明日から働いてもらうで。明日にでも鷲尾さんと一緒に金貸しのとこ行けや。この履歴書持ってな」
目の前の履歴書に目を落とすと、それは和についての情報がびっしり書き込まれていました。
更に後ろの方には、和が知的障害を負ってから疎遠となっている和の両親の所在、勤め先までもが細かく記されていました。
「は……お金ですか? それに、これ和さんの履歴書と印鑑じゃ……」
「会社の資金に決まってるやろ。それに鷲尾さんが選んだとこや、本人やなくても形式が整っとれば問題あらへん。それにまず、あいつがおったってまともに意思疎通も契約もできひんやろ!」
そう言って池田は笑っていました。
この時、私はようやく事の重大さに気付きました。
和と全く同じ履歴書を、私も書かされているということに。
あの履歴書は、自身や家族の情報を脅しに私たちをこの『城』から逃さないための人質でもあり、都合の良い使い捨ての名義でもあったのです。
そして翌日、不安と恐怖を抱えながらも私は、鷲尾と共に午前中のうちから金貸しの元へ向かい、和の名義で数十万のお金を借りました。
その金貸しもやくざの鷲尾には強く逆らえなかったようで、半ば強引な取り立てに近い様なものでした。
元々お金は返す気が無いでしょうし、取り立てと言ってもおかしくはありませんが。
最終的には履歴書に記された和の両親の元へ借金の報せが行くはずです。金貸しも、やくざの鷲尾からより、こちらからお金を回収する方を選ぶでしょう。
そう、これが池田のやり口なのです。
会社経営など表向きの顔で、それを餌に利用できそうな若者を仲間に引き入れる。和さんのような障害者を雇い、里親になった理由も、戦後から徐々に開始された『公的扶助』を和の名義で不当に得る事が目的でした。
借金の名義も、和のような意思表示ができず、家族とも疎遠になった『孤独な弱者』の方が後腐れが無くて使いやすかったんだと思います。
つまり公的扶助を受けるための名義、金を借りるための名義……これが池田の言う、和の『役目』だったのです。役所の審査は本人である必要があるため、それさえ終えてしまえば和の存在意義など池田にとっては全くなくなるのです。
「おう、和も『役目』終えた事やしな。お前にも明日から働いてもらうで。明日にでも鷲尾さんと一緒に金貸しのとこ行けや。この履歴書持ってな」
目の前の履歴書に目を落とすと、それは和についての情報がびっしり書き込まれていました。
更に後ろの方には、和が知的障害を負ってから疎遠となっている和の両親の所在、勤め先までもが細かく記されていました。
「は……お金ですか? それに、これ和さんの履歴書と印鑑じゃ……」
「会社の資金に決まってるやろ。それに鷲尾さんが選んだとこや、本人やなくても形式が整っとれば問題あらへん。それにまず、あいつがおったってまともに意思疎通も契約もできひんやろ!」
そう言って池田は笑っていました。
この時、私はようやく事の重大さに気付きました。
和と全く同じ履歴書を、私も書かされているということに。
あの履歴書は、自身や家族の情報を脅しに私たちをこの『城』から逃さないための人質でもあり、都合の良い使い捨ての名義でもあったのです。
そして翌日、不安と恐怖を抱えながらも私は、鷲尾と共に午前中のうちから金貸しの元へ向かい、和の名義で数十万のお金を借りました。
その金貸しもやくざの鷲尾には強く逆らえなかったようで、半ば強引な取り立てに近い様なものでした。
元々お金は返す気が無いでしょうし、取り立てと言ってもおかしくはありませんが。
最終的には履歴書に記された和の両親の元へ借金の報せが行くはずです。金貸しも、やくざの鷲尾からより、こちらからお金を回収する方を選ぶでしょう。
そう、これが池田のやり口なのです。
会社経営など表向きの顔で、それを餌に利用できそうな若者を仲間に引き入れる。和さんのような障害者を雇い、里親になった理由も、戦後から徐々に開始された『公的扶助』を和の名義で不当に得る事が目的でした。
借金の名義も、和のような意思表示ができず、家族とも疎遠になった『孤独な弱者』の方が後腐れが無くて使いやすかったんだと思います。
つまり公的扶助を受けるための名義、金を借りるための名義……これが池田の言う、和の『役目』だったのです。役所の審査は本人である必要があるため、それさえ終えてしまえば和の存在意義など池田にとっては全くなくなるのです。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
不思議と戦慄の短編集
羽柴田村麻呂
ホラー
「実話と創作が交錯する、不思議で戦慄の短編集」
これは現実か、それとも幻想か――私自身や友人の実体験をもとにした話から、想像力が生み出す奇譚まで、不可思議な物語を集めた短編集。日常のすぐそばにあるかもしれない“異界”を、あなたも覗いてみませんか?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
逢魔ヶ刻の迷い子3
naomikoryo
ホラー
——それは、閉ざされた異世界からのSOS。
夏休みのある夜、中学3年生になった陽介・隼人・大輝・美咲・紗奈・由香の6人は、受験勉強のために訪れた図書館で再び“恐怖”に巻き込まれる。
「図書館に大事な物を忘れたから取りに行ってくる。」
陽介の何気ないメッセージから始まった異変。
深夜の図書館に響く正体不明の足音、消えていくメッセージ、そして——
「ここから出られない」と助けを求める陽介の声。
彼は、次元の違う同じ場所にいる。
現実世界と並行して存在する“もう一つの図書館”。
六人は、陽介を救うためにその謎を解き明かしていくが、やがてこの場所が“異世界と繋がる境界”であることに気付く。
七不思議の夜を乗り越えた彼らが挑む、シリーズ第3作目。
恐怖と謎が交錯する、戦慄のホラー・ミステリー。
「境界が開かれた時、もう戻れない——。」
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
不労の家
千年砂漠
ホラー
高校を卒業したばかりの隆志は母を急な病で亡くした数日後、訳も分からず母に連れられて夜逃げして以来八年間全く会わなかった父も亡くし、父の実家の世久家を継ぐことになった。
世久家はかなりの資産家で、古くから続く名家だったが、当主には絶対守らなければならない奇妙なしきたりがあった。
それは「一生働かないこと」。
世久の家には富をもたらす神が住んでおり、その神との約束で代々の世久家の当主は働かずに暮らしていた。
初めは戸惑っていた隆志も裕福に暮らせる楽しさを覚え、昔一年だけこの土地に住んでいたときの同級生と遊び回っていたが、やがて恐ろしい出来事が隆志の周りで起こり始める。
経済的に豊かであっても、心まで満たされるとは限らない。
望んでもいないのに生まれたときから背負わされた宿命に、流されるか。抗うか。
彼の最後の選択を見て欲しい。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる