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第5話 悲劇Ⅰ
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その夜、診療所を閉めた後に公民館で私たち夫婦の歓迎会が開かれた。
大規模なものでは無かったが、村人の多くが参加し、大いに盛り上がった。
「へぇ、その若さで外科医ですか……しかもこんな美人が」
「いやぁ、この村には若い女がほとんどいませんしね。それに、以前の奇病の件から出生率も激減しましたし、お二人には子づくりにも励んでもらわんと!」
「この村で子を成せるのは真理亜様だけだと思っていたが、秋乃さんにも頑張ってもらいたいねぇ」
会話の内容はほとんど出生やら妊娠やらばかりだった。この十年、子供も真理亜様が産んだ五名以外にこの村で出生は無い。だからこそ、真理亜様に次いで子供を産む能力を持つ私にそのような話を持ち込んでくるのだ。
「はは……まぁ、子供は多ければ賑やかになりますし、頑張ってみます……」
村人たちに迫られ、私は苦笑いを浮かべながらそう答えるしかなかった。
「いつかは、秋乃さんも『儀式』に……」
「……もう、皆様お行儀が悪いわ。秋乃様とお話ししたいのは分かりますが、あまり迫っては秋乃様もお困りになってしまうでしょう」
村人と私の間に、凛とした声で横やりを入れてきたのは……あの美しい少女、真理亜だった。
「ま、真理亜様……ッ」
村人たちは真理亜の存在に認識すると同時に頭を深々と下げる。
しかし、肝心の真理亜は村人たちに目もくれず、その視線は私に注がれていた。
「こんばんは、秋乃様。催しは楽しんでいただけているでしょうか? 村人たちは随分と楽しんでいるようですが……」
「もちろんです、真理亜様……それより……」
しかし、私の意識はそんなことに向いてはいなかった。何故なら、目の前にいる深紅の着物に身を包んだ真理亜は、車椅子に乗り、その背後には社務所の男が控えていたからである。
「ああ、お気になさらないで。生まれつき足が少し不自由でして、外に出るときはいつもこうなんです。だから普段はあまり表には出られないのだけど、今日は特別な日ですもの」
真理亜は気にする様子もなく、笑ってみせる。
「そうですか、すいません。立ち入ったことを聞いてしまって」
「それより、お隣よろしいでしょうか。私も秋乃様とお話がしたいのです」
そう言って真理亜は車椅子からゆっくりと立ち上がり、私の隣へ座した。
真理亜の足は不自由ではあったが、完全に動かせないわけではないようで、長年の訓練で多少の歩行や正座などは可能なようだった。
私の目から見ても、手足の一部麻痺のような症状はあるものの、そこまで重い障害では無いように思えた。
「そうですか、奇病の事を調べていらしたのですね」
そして、隣に座った秋乃と会話を交わすにつれ、自然に話題はこの村で発生した奇病のものへと向かっていった。
「はい……けれど、診療所では御池先生の文献どころか、患者のカルテ一枚すら見つからなくて……真理亜様、神社の方にそう言った類のものは保存されていないのでしょうか」
「聞いたことがありませんね。祖父は仕事の事は一切口外しない厳格な方でしたから……まぁ、探せば見つからないことも無いかもしれませんが……」
「是非、お力をお借りできないでしょうか……」
私は真理亜に対し、頭を下げて願う。
残されているとすれば、御池家。そして、その真相を知るとすれば村の最高権力者である真理亜。彼女の協力を得られれば、真相解明に大きく近づくことができるはずだった。
「いいえ……」
しかし、真理亜から発せられた言葉は私の予測に反したものだった。
「秋乃様、はっきり申し上げますね。もうこれ以上、奇病の事を調べ回るのは遠慮して頂けませんか?」
「それは、何故でしょうか……」
常に笑顔を絶やさなかった表情が一瞬だけ、歪んだ気がした。
「あの奇病の被害者は今でも村人の中にはいます。あなたの身近な方なら文也様のお母様・裕子様がその一人。彼女たちが負った心の傷がどれだけ深いか、同じ女性の秋乃様ならお分かりいただけるでしょう。今、秋乃様が奇病の事を掘り返せば、癒えかけの傷を再び抉る事となってしまう」
女性としての生殖機能を失う……それは、女としての幸福を失うに等しい。愛する人との子も産めず、我が子を抱くことも叶わない。これがどれだけ残酷な事か、私にだって理解できる。
私が今、お腹の子を失うなんてことがあれば……自信を保っていられる自身が無い。
「……けれど、明確な原因も奇病の実態も何もはっきりしていないのですよ。それに、またこの村で奇病が発生する可能性だって……」
「それはありません。だって、私が巫女の祈りで邪気を払いましたから」
真理亜は再び笑顔を取り戻し、そう答える。
自身の神聖を疑う様子など一切ない、無垢な笑顔だった。
「そうではなく……医学的な観点から」
「……私の事が、信用できませんか?」
真理亜の低い声が私に突き付けられる。
表情は笑顔で塗り固められていたが、その声には温度は無かった。
「それは……」
「お、もうこんな時間や! おい男共はそろそろ支度せぇ。日付が変わる頃には神社に集合やぞ、遅れるな!」
私が言葉に詰まっていると、村人の一人が時計を指して立ち上がって叫んだ。
時刻は既に二十三時。気付かないうちに随分と時間が経過していたようだ。
「……秋乃様、私もこれで失礼致しますね」
真理亜も思い出したような表情で車椅子にゆっくりと戻って行く。
「……で何か神社であるんですか? もう遅いのに」
「ちょっとした『儀式』ですよ。この村では、定期的にこういうものがあるのです。秋乃様は、他の女性陣と同じようにこちらの後片付けをお願いし致しますね」
詳細を知りたがる私をからかうように、秋乃は笑みを浮かべたまま結局教えてはくれなかった。
「はぁ……それは構いませんが」
「片づけが終わったら、来られてはどうでしょう? きっと秋乃様もお気に召すはずです」
真理亜は妖しげな笑みを浮かべた。この笑みの理由を、この時の私は想像する事すらできなかった。
「ええ、一度診療所に戻ってから、余裕があれば……今日はそちらに泊まるつもりなのでその準備を」
夫とはまだ和解できていない。あの険悪な空気のまま夫と同じ部屋で眠ることなどできそうになかったので、今夜は診療所に泊まろうと考えたのだ。
それに……泊まるついでにもう一度、診療所内を調べ回ることも可能だ。
深追いするなと言われたばかりで、恐らく真理亜には私の考えは筒抜けだったのだと思う。一瞬、真理亜の表情に曇りが生じたが、またその表情は笑みに染まった。
「まぁ……いいでしょう。お待ちしていますよ? 秋乃様」
そう言い残し、真理亜は私の元から去って行った。
それから歓迎会の後片付けが始まったのだが、それが案外長くかかってしまい、全てが完了するまでかなりの時間がかかってしまった。
「もう二時……流石に終わっているかしら」
時計を見ると午前二時を回っていた。儀式が何時までかは聞いていなかったが、もう終わっている可能性の方が高い。
けれど、公民館から神社までは大した距離でもないし、私は診療所に帰る前に神社へ寄ってみることにした。
神社付近に差し掛かると、神社からまだ明かりが漏れ出しているのが見えた。微かに人の声も聞こえる。まだ儀式とやらは終わっていないらしい。
だが、こんな長時間にわたる儀式とは一体なんなのだろう、と私は不思議に思いながらも、神社の本殿を目指した。
大規模なものでは無かったが、村人の多くが参加し、大いに盛り上がった。
「へぇ、その若さで外科医ですか……しかもこんな美人が」
「いやぁ、この村には若い女がほとんどいませんしね。それに、以前の奇病の件から出生率も激減しましたし、お二人には子づくりにも励んでもらわんと!」
「この村で子を成せるのは真理亜様だけだと思っていたが、秋乃さんにも頑張ってもらいたいねぇ」
会話の内容はほとんど出生やら妊娠やらばかりだった。この十年、子供も真理亜様が産んだ五名以外にこの村で出生は無い。だからこそ、真理亜様に次いで子供を産む能力を持つ私にそのような話を持ち込んでくるのだ。
「はは……まぁ、子供は多ければ賑やかになりますし、頑張ってみます……」
村人たちに迫られ、私は苦笑いを浮かべながらそう答えるしかなかった。
「いつかは、秋乃さんも『儀式』に……」
「……もう、皆様お行儀が悪いわ。秋乃様とお話ししたいのは分かりますが、あまり迫っては秋乃様もお困りになってしまうでしょう」
村人と私の間に、凛とした声で横やりを入れてきたのは……あの美しい少女、真理亜だった。
「ま、真理亜様……ッ」
村人たちは真理亜の存在に認識すると同時に頭を深々と下げる。
しかし、肝心の真理亜は村人たちに目もくれず、その視線は私に注がれていた。
「こんばんは、秋乃様。催しは楽しんでいただけているでしょうか? 村人たちは随分と楽しんでいるようですが……」
「もちろんです、真理亜様……それより……」
しかし、私の意識はそんなことに向いてはいなかった。何故なら、目の前にいる深紅の着物に身を包んだ真理亜は、車椅子に乗り、その背後には社務所の男が控えていたからである。
「ああ、お気になさらないで。生まれつき足が少し不自由でして、外に出るときはいつもこうなんです。だから普段はあまり表には出られないのだけど、今日は特別な日ですもの」
真理亜は気にする様子もなく、笑ってみせる。
「そうですか、すいません。立ち入ったことを聞いてしまって」
「それより、お隣よろしいでしょうか。私も秋乃様とお話がしたいのです」
そう言って真理亜は車椅子からゆっくりと立ち上がり、私の隣へ座した。
真理亜の足は不自由ではあったが、完全に動かせないわけではないようで、長年の訓練で多少の歩行や正座などは可能なようだった。
私の目から見ても、手足の一部麻痺のような症状はあるものの、そこまで重い障害では無いように思えた。
「そうですか、奇病の事を調べていらしたのですね」
そして、隣に座った秋乃と会話を交わすにつれ、自然に話題はこの村で発生した奇病のものへと向かっていった。
「はい……けれど、診療所では御池先生の文献どころか、患者のカルテ一枚すら見つからなくて……真理亜様、神社の方にそう言った類のものは保存されていないのでしょうか」
「聞いたことがありませんね。祖父は仕事の事は一切口外しない厳格な方でしたから……まぁ、探せば見つからないことも無いかもしれませんが……」
「是非、お力をお借りできないでしょうか……」
私は真理亜に対し、頭を下げて願う。
残されているとすれば、御池家。そして、その真相を知るとすれば村の最高権力者である真理亜。彼女の協力を得られれば、真相解明に大きく近づくことができるはずだった。
「いいえ……」
しかし、真理亜から発せられた言葉は私の予測に反したものだった。
「秋乃様、はっきり申し上げますね。もうこれ以上、奇病の事を調べ回るのは遠慮して頂けませんか?」
「それは、何故でしょうか……」
常に笑顔を絶やさなかった表情が一瞬だけ、歪んだ気がした。
「あの奇病の被害者は今でも村人の中にはいます。あなたの身近な方なら文也様のお母様・裕子様がその一人。彼女たちが負った心の傷がどれだけ深いか、同じ女性の秋乃様ならお分かりいただけるでしょう。今、秋乃様が奇病の事を掘り返せば、癒えかけの傷を再び抉る事となってしまう」
女性としての生殖機能を失う……それは、女としての幸福を失うに等しい。愛する人との子も産めず、我が子を抱くことも叶わない。これがどれだけ残酷な事か、私にだって理解できる。
私が今、お腹の子を失うなんてことがあれば……自信を保っていられる自身が無い。
「……けれど、明確な原因も奇病の実態も何もはっきりしていないのですよ。それに、またこの村で奇病が発生する可能性だって……」
「それはありません。だって、私が巫女の祈りで邪気を払いましたから」
真理亜は再び笑顔を取り戻し、そう答える。
自身の神聖を疑う様子など一切ない、無垢な笑顔だった。
「そうではなく……医学的な観点から」
「……私の事が、信用できませんか?」
真理亜の低い声が私に突き付けられる。
表情は笑顔で塗り固められていたが、その声には温度は無かった。
「それは……」
「お、もうこんな時間や! おい男共はそろそろ支度せぇ。日付が変わる頃には神社に集合やぞ、遅れるな!」
私が言葉に詰まっていると、村人の一人が時計を指して立ち上がって叫んだ。
時刻は既に二十三時。気付かないうちに随分と時間が経過していたようだ。
「……秋乃様、私もこれで失礼致しますね」
真理亜も思い出したような表情で車椅子にゆっくりと戻って行く。
「……で何か神社であるんですか? もう遅いのに」
「ちょっとした『儀式』ですよ。この村では、定期的にこういうものがあるのです。秋乃様は、他の女性陣と同じようにこちらの後片付けをお願いし致しますね」
詳細を知りたがる私をからかうように、秋乃は笑みを浮かべたまま結局教えてはくれなかった。
「はぁ……それは構いませんが」
「片づけが終わったら、来られてはどうでしょう? きっと秋乃様もお気に召すはずです」
真理亜は妖しげな笑みを浮かべた。この笑みの理由を、この時の私は想像する事すらできなかった。
「ええ、一度診療所に戻ってから、余裕があれば……今日はそちらに泊まるつもりなのでその準備を」
夫とはまだ和解できていない。あの険悪な空気のまま夫と同じ部屋で眠ることなどできそうになかったので、今夜は診療所に泊まろうと考えたのだ。
それに……泊まるついでにもう一度、診療所内を調べ回ることも可能だ。
深追いするなと言われたばかりで、恐らく真理亜には私の考えは筒抜けだったのだと思う。一瞬、真理亜の表情に曇りが生じたが、またその表情は笑みに染まった。
「まぁ……いいでしょう。お待ちしていますよ? 秋乃様」
そう言い残し、真理亜は私の元から去って行った。
それから歓迎会の後片付けが始まったのだが、それが案外長くかかってしまい、全てが完了するまでかなりの時間がかかってしまった。
「もう二時……流石に終わっているかしら」
時計を見ると午前二時を回っていた。儀式が何時までかは聞いていなかったが、もう終わっている可能性の方が高い。
けれど、公民館から神社までは大した距離でもないし、私は診療所に帰る前に神社へ寄ってみることにした。
神社付近に差し掛かると、神社からまだ明かりが漏れ出しているのが見えた。微かに人の声も聞こえる。まだ儀式とやらは終わっていないらしい。
だが、こんな長時間にわたる儀式とは一体なんなのだろう、と私は不思議に思いながらも、神社の本殿を目指した。
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