劇薬

柘榴

文字の大きさ
上 下
3 / 13

第3話 奇病Ⅰ

しおりを挟む
 お母様に教えてもらった通りの道を進むと神社は直ぐに見えてきた。
 着慣れない着物で少し歩きづらかったが、それでも十分程度の道のりだ。
 それより、これがお母様の言っていたこの村特有の風習か何かなのだろうか。どういう意図があるのかは分からないが、余所者の私が口を出すべきではないだろう。今は黙って従っておこうと思い、私は足を早めた。 

「ここで……いいのかしら、でも……神社よね、ここ」
 神社の鳥居の前で、私は立ち尽くす。神社に行けと言われ、来たのはいいのだが……。
 その『真理亜様』とやらはどこにいるのだろう。周りも暗いし、この動きづらい格好で動き回るのも得策ではないと思い、素直に社務所へ向かうことにした。
 
「あの……すいません」
「何でしょう」
 社務所にいた中年の男に話しかける。愛想のない強面の男だったが、私の着物姿を見て何かを察したようで、すぐに社務所の中に私を迎え入れる。
「火村 秋乃様ですね。裕子さんからお話は伺っております。どうぞこちらへ。真理亜様がお待ちです」
 そして、社務所の奥の廊下を通され、明かりのない神社の奥の方へひたすら歩かされた末、私は一つの扉に突き当たった。
 他に部屋なども見当たらなかったし、今までの廊下はこの部屋へたどり着くためだけに造られたのだと理解した。
 そして、この重厚な扉の先に……『真理亜様』が座しているのだと思うと、私は少しばかりの緊張を感じずにはいられなかった。

「失礼致します。本日、東京から起こしになられた火村 秋乃様がお見えになられました」
 そんな私を尻目に、社務所の男は縦横な扉に手を掛け、徐々に開いていく。
 扉の隙間から、怪しげな光が漏れ始める。その光に私は思わず目をくらませる。
『……おや、お客様ですか』
「はい、本日、東京から引っ越されてきた。亡くられた御池先生に代わって、ご夫婦で診療所を続けてくださる予定の……火村 秋乃様です」
 光と共に凛とした少女の声が響き渡る。真理亜と言う名から女性であることは想像していたが、まさかこんな幼い声の少女だとは思ってもいなかった。
 そして、扉が全て開いた時……部屋の中の少女・真理亜様が姿を現した。
「あら、あなたが秋乃様? 文也さんは随分と素敵な方をお嫁に貰ったのですね」
 現れたのは、人形のように可憐な少女。艶やかな黒髪に艶やかな着物に身を包んだ美しい少女が殺風景な和室に正座していた。
 年齢は十五歳程度だろうか、態度は毅然としているが、やはり雰囲気は幼い。
 そして、その腕には赤ん坊が抱かれていた。
「は、初めまして……火村 秋乃と申します」
 年下の少女相手に私は緊張を隠せなかった。職業柄、様々な人間と接してきたはずだがこうも人間離れした美しさと妖艶さを兼ね備えた人間を目の当たりにするのは初めてだった。
「初めまして。御池 真理亜と申します。秋乃様は東京でも有名なお医者様だったとお聞きしております。そんな方が、我が村の……祖父の診療所を引き継いでくださるなんて、心強いですわ」
 真理亜は深々と頭を下げる。それに釣られて私も頭を下げる。
「御池……というと御池先生のお孫様、だったのですか」
「あら、てっきり文也様からお聞きになっているかと」
 初耳だった。夫が知らないはずはないのだが、彼は肝心なことをいつも教えてくれない。
 それは別に隠しているわけではなく、つい言い忘れてしまうのだという。何度言っても改善する気配がないので、もう私も諦めていたが。
「うちの主人、肝心な事はいつも話さないものでして……」
「ふふ、文也さんらしいですね」
 やはり閉鎖的な集落、ほぼ全員の村人同士が顔見知りようだった。それは夫も例外ではなく、聞けば真理亜本人も幼いころ夫には遊んでもらったり、付き合いがあったようだった。
 夫の知らない部分をこの少女は知っていると思うと、少し嫉妬に近いような感情を私は大人気なく味わっていた。
「その……お子様がいらっしゃるのですか?」
「ええ、これは儀式で『子宝の儀』で授かった子で、今回で五人目かしら?」
「五人?! その若さで……」
「ええ、この村の文化ですから」

 それからしばらく、真理亜と当たり障りのない世間話をした。話の途中、社務所の男がお茶を淹れてくると席を立とうとしたが、長居するのも迷惑だと思い断った。
「これから旦那様と秋乃様、揃って診療所の方はよろしくお願いしますね」
 神社を後にしようとする私に、真理亜は笑顔で言った。

 その道中、私は真理亜に世間話ばかりで肝心な事を聞くことを忘れたことに気付いた。
 真理亜が一体、何故その名の通りキリストの聖母のように神格化されているのか。
 真理亜が一体、何者なのか。

 とりあえず私は実家へ戻り、火村家の親戚たちと歓迎会ということで夕食を取る事となった。
 最初は少し不安もあったが、親戚たちは私を余所者のような白い目で見るような様子もなく、終始和やかな雰囲気で歓迎会は終わった。

 食事の後片付けを終え、風呂に入る頃には疲れも溜まっていたのか私は直ぐに眠気に襲われた。新しい環境、生活……無意識のうちに緊張する場面もあったからか、普段よりは随分と早めに就寝することとなった。
 夫も私と同じように疲れが溜まっていたようで、私と同じように就寝の準備を始めていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

復讐するは鶴にあり

柘榴
ホラー
 昭和二十五年、終戦から五年が経過した頃、『鈴音村』では変死事件が立て続けに起こっていた。  一人目と二人目の被害者の少女二人は頭部を切断され、神社の井戸に晒されていた。  三人目の被害者は数千本にも及ぶ針を自ら飲み込み、それを喉に詰まらせて死んだ。  四人目の被害者は妊婦で、自ら腹を裂き、素手で我が子を腹から取り出した後、惨殺。最後は自らの臓物を腹から掻き出して死んだ。  五人目の被害者は自らの手足を三日三晩かけて食い尽くし、達磨の状態となって死んだ。  皆、鈴音村の中で死んだ。凄惨かつ異様な方法で。  閉鎖的な村で起こる連鎖的に起こる変死事件の真相とは。

幸福の忘却

柘榴
ホラー
 この世界には奪う側か、奪われる側のどちらかしかない。  そして、1人の天使が僕たち人間の幸福を奪いに来た。 『君たち下等生物(にんげん)は愚かだ。愚かだから忘れ続ける生き物だ。都合の悪いことを忘却し続け、目を背け続け……そして何も進化しない。愚かな下等生物に許された選択肢は……ここで首を落とされ、腹を裂かれて絶命する生命の放棄か、自らの有り余る幸福を捨て、自らを不幸に貶め……幸福を忘却すること』  あの日、僕たちの前に現れた白銀の少女が言い放った台詞だ。  その少女は天使のような美しい羽根を持ち、聖母の様に慈悲深い表情で、悪魔の様な事を言った。  【幸福の忘却】……全ての幸福を忘却し、奪われ、踏みねじられる。これほどまでに残酷で醜悪で……美しいゲームを他に僕は知らない。 す

心霊便利屋

皐月 秋也
ホラー
物語の主人公、黒衣晃(くろいあきら)ある事件をきっかけに親友である相良徹(さがらとおる)に誘われ半ば強引に設立した心霊便利屋。相良と共同代表として、超自然的な事件やそうではない事件の解決に奔走する。 ある日相良が連れてきた美しい依頼人。彼女の周りで頻発する恐ろしい事件の裏側にあるものとは?

ラ・プラスの島

輪島ライ
ホラー
恋愛シミュレーションゲーム「ラ・プラス」最新作の海外展開のためアメリカに向かっていたゲーム制作者は、飛行機事故により海上を漂流することになる。通りがかった漁船に救われ、漁民たちが住む島へと向かった彼が見たものとは…… ※この作品は「小説家になろう」「アルファポリス」「カクヨム」「エブリスタ」に投稿しています。

蜥蜴の尻尾切り

柘榴
ホラー
 中学3年生の夏、私はクラスメイトの男の子3人に犯された。  ただ3人の異常な性癖を満たすだけの玩具にされた私は、心も身体も壊れてしまった。  そして、望まない形で私は3人のうちの誰かの子を孕んだ。  しかし、私の妊娠が発覚すると3人はすぐに転校をして私の前から逃げ出した。 まるで、『蜥蜴の尻尾切り』のように……私とお腹の子を捨てて。  けれど、私は許さないよ。『蜥蜴の尻尾切り』なんて。  出来の悪いパパたちへの再教育(ふくしゅう)が始まる。

ぬい【完結】

染西 乱
ホラー
家の近くの霊園は近隣住民の中ではただのショートカットルートになっている。 当然私もその道には慣れたものだった。 ある日バイトの帰りに、ぬいぐるみの素体(ぬいを作るためののっぺらぼう状態)の落とし物を見つける 次にそれが現れた場所はバイト先のゲームセンターだった。

オーデション〜リリース前

のーまじん
ホラー
50代の池上は、殺虫剤の会社の研究員だった。 早期退職した彼は、昆虫の資料の整理をしながら、日雇いバイトで生計を立てていた。 ある日、派遣先で知り合った元同僚の秋吉に飲みに誘われる。 オーデション 2章 パラサイト  オーデションの主人公 池上は声優秋吉と共に収録のために信州の屋敷に向かう。  そこで、池上はイシスのスカラベを探せと言われるが思案する中、突然やってきた秋吉が100年前の不気味な詩について話し始める  

血だるま教室

川獺右端
ホラー
月寄鏡子は、すこしぼんやりとした女子中学生だ。 家族からは満月の晩に外に出ないように言いつけられている。 彼女の通う祥雲中学には一つの噂があった。 近くの米軍基地で仲間を皆殺しにしたジョンソンという兵士がいて、基地の壁に憎い相手の名前を書くと、彼の怨霊が現れて相手を殺してくれるという都市伝説だ。 鏡子のクラス、二年五組の葉子という少女が自殺した。 その後を追うようにクラスでは人死にが連鎖していく。 自殺で、交通事故で、火災で。 そして日曜日、事件の事を聞くと学校に集められた鏡子とクラスメートは校舎の三階に閉じ込められてしまう。 隣の教室には先生の死体と無数の刃物武器の山があり、黒板には『 35-32=3 3=門』という謎の言葉が書き残されていた。 追い詰められ、極限状態に陥った二年五組のクラスメートたちが武器を持ち、互いに殺し合いを始める。 何の力も持たない月寄鏡子は校舎から出られるのか。 そして事件の真相とは。

処理中です...