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ギタイ

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 鋼。
 鉄なのか、銀なのか、それとも他の金属なのかは分からないが、ココアが右腕を斬り飛ばしたとき、そう断定していた。
 感じた感触としては人体よりも金属、それもボルトやネジなどで合体していないタイプ。

「(以前、王国で誤って斬り飛ばした金属、それに近いですね)
 兄様、あのアイストークの身体、メタル、メタルメタル。金属で出来てます」
「だろうな、今、腕が戻る際に雷光が走ってる」

 アイストークの頭、金色の金庫が光り輝く。
 それと共にアイストークの右腕があった場所、そこに雷光が走る。雷光が走ると共に、地面に落ちていた右腕がバラバラの小さな鉄片に分解。そして元あった場所に戻るのが当然といった様子で、彼の身体に右腕として再構築していく。
 ただ完全に元通りといった事は出来ないらしく、右腕にあった白銀の金庫はそのまま地面に転がっていた。

「頭は金庫、腕と肩にもそれぞれ金庫。
 人間離れした容姿、とは思っていたが、まさか本当に人間じゃないとは」
《一度もワレは、自身をそんな存在だと言った覚えはありませんよ?
 ……その金庫、お気に入りだったんですよ。この場合は人間的なら、復讐すべきところ、でしょう?》

 アイストークの左肩の金庫が光り輝き、それと同時に先程よりも大きな闇の龍が生まれていた。
 先程の意趣返し、といった所だろうか。

「リピート、リピトリピト。同じ、です。その前にその左肩の金庫を‐‐‐‐」

 と、その前にアイストークの右腕が小さな鉄片に分解される。分解された鉄片は空中を漂い、規則的に誘導されてココアの足にべっとりと定着する。

《‐‐‐‐邪魔だから、そっちの彼女には大人しくしてもらいましょうか。
 と言う訳なので、しばらくはそっと、邪魔させていただきましょう》

 ぱちんっ、とアイストークが指を鳴らして、そしてココアの足が鉄によって固まっていた。
 そして右腕を失くしてた状態となったアイストークは歩いて、コビーの方に寄って来る。その最中に近くの窓や道路などがはがれて、アイストークの新たな腕が作られていた。

《油断、ではない。ただ単に腕を斬り落とされてしまったのは、それが別に致命傷にならないから》
「致命傷になってるじゃないか、普通に金庫と言う重要戦力を失ってるじゃないですか」
《‐‐‐‐な、なんのこと、だか。として闇の龍! やっちゃって!》

 どことなく、焦った様子のアイストーク。
 そして闇の龍が放たれ‐‐‐‐


「……きゃっ!?」


 と、その闇の龍は交流館の中からいきなり現れた、植物の塊によって防がれていた。
 闇の龍は植物によって焼き焦がされ、中から1人の女性が現れる。艶のある黒髪、着崩した和服、そして右足に埋め込まれた銀色の金庫‐‐‐‐彼女は「あっつーいっっっっっっっ!」とそんな声をあげていた。

「ちょいと! いきなり何をしはるんや、アイストークはん! 死んだらどないしはるんや」
《えっ!? そうなる?! それはこっちのセリフだったりするよ、ダージリン!? こっちは見せ場を作ろうと必死なのに!?》

 きゃんきゃん! わんわん!
 金庫頭と和服姿の姐さん姫ががやがやと話し出す中、コビーはダージリンという名前を聞いて頭を回転させる。

「ダージリンか。そうか、テトラポットの姫君」
「ちっ、アルブレンド・コビー。あの化け物の弟ですか」
「‐‐‐‐そう! あんなくだらない自尊心と誇りしか持っていないような、テトラポット国の継承権第5位!
 世界をしろしめ、あのくだらない国をきちんとした未来に導く女よっ!」

 伝統と格式を大事にする庭園国テトラポット、それは要するに自尊心と誇りが過剰に増長した国。国としての主な産業はサービス、いわゆる観光業。
 綺麗な山、美しい湖畔、豊かな恵み。
 払ってでも見たくなるくらいの風景を数多く持つその国は、他国から見れば"豊かな自然に囲まれた国"なのだろうけれども、住んでる民からして見ればそうではない。

「‐‐‐‐美しい景色? 綺麗な水? 自然の恵み? そんな言葉で飾り立ててはるが、要するに風景くらいしかないってことや。
 他人に媚びひんといけない生き方なんて、うちには無理や! やから協力したんやで、なのになんでやっ! うちが完全に有利なんやろ、アイストーク?!」
《えっ?! そうなる?! 中の事は中の人に任せてるんですけど、それなのになんでこちらに文句が来るの!?
 アイストークさん、びっくりなんですけど?!》

 わいわいがやがやとのたまうダージリン姫だが、要するに彼女はあれだ。コビーとは逆なのだ。

 現状があまりにも裕福すぎて、未来に対して希望を持っていないアルブレンド国のコビー。
 それに対して現状がいつか終わることを知ってるからこそ、未来ではなく現在を変えようとしているテトラポット国のダージリン。
 ダージリン姫は自身の国がいつか終わりが来ると思ったからこそ、今この瞬間に戦いを決意した。そういうこと、みたいである。

「‐‐‐‐だって、うちの相手は化け物やで! ほんまもんの、化け物やでっ?!」
《化け物ってなんですか、ほんとうに》

 と、アイストークがツッコミを入れる中‐‐‐‐交流館の中から、ゆっくりと、外に出てきたダージリン姫を追って件の化け物がこちらへと向かってきていた。

「いや、だわ。ダージリン姫を追ってるつもりだったんですけれども、それなのにも関わらず、金庫さんも居るだなんてびっくりです」

 交流館の中から現れたのは、コビーの姉ことアルブレンド・ラムネール姫。
 彼女は魔女帽子を深々と被り、着ている白のワンピースにはところどころ土埃がついていた。そしてその手には、"何本も重ね組み合わさった黒い髪の毛"が握られていた。

《えっ? そうなる? 髪の毛を武器にするとか、噂以上の化け物なんですけど》
「‐‐‐ちっ! アイストークはんは役に立たんやん! こうなったら、うち1人でなんとかするしかあらへんやん! これは本来、予備案やったやつやで!」

 ばんっ、と右足で地面を叩くと共に、金庫を淡く光り輝かせる。
 光り輝く金庫に呼応するように、地中から巨大な植物の"根"が現れる。根はタコを思わせるような感じに、うねうねと動いていた。

「‐‐‐‐うちん国の化け物、一度芽吹くだけで周囲の風景を変えてしまうほどの植物! 風景くらいしか取り柄があらへんうちん国でも、植物の種類は豊富やからな!
 一度芽が出てしまうと、10年はそれに対処せんとあらへんこの悪魔の植物の威力、試しなはれ! こん化け物がっ!」

 またしても、ダージリン姫の金庫が淡く光り輝いていた。すると足を伝い、その光は突如現れた巨大な化け物たる植物へと一緒に伝わっていた。
 光を得た植物がうねりと共に動き回り、ダージリン姫の指示と共に指示通りに動いていた。

《そうだよね、頑張ってくれよ。ダージリン姫ちゃん。
 【根の生えた友達】は洗脳するための植物を扱うだけにあらず! 植物ならなんでも操作可能なその力で、見事にやっといてくださいよ!》
「おっけー、やで! アイストークはん! そっちもちゃんと仕事、果たしといてな!」

 どうやらあちらは戦うのに肯定的な連中のようである。
 コビーが戦いを覚悟している中にて、化け物呼ばわりされているアルブレンド・ラムネール姫はと言うと、ココアを助け出していた。道に落ちている石を武器にして。

「久しぶり、コビーちゃん。本当は世間話でも嗜んでおきたいんだけれども、それよりもまずはあの化け物をなんとかしないといけないわね。
 ココアちゃん、あなたはまだ子供なんだから、交流館の奥に行ってくれる? 中で頼りになるお兄ちゃんとお姉ちゃんが待ってるから」
「イエス、イエスイエス。分かりましたです」

 足を止めていた鋼を壊されて動けるようになったココアは、敬愛すべき姉であるラムネール姫の指示通りに、交流館の館の中に入っていった。
 姉の言いつけ通り、頼りになる他国の王子や王女に助けを求める事であろう。

「‐‐‐‐と言う訳で、お姉ちゃんと一緒にあの化け物を倒しましょうか。
 お姉ちゃんはあっちの植物さんの方をやっておくから、コビーちゃんはあっちの金庫の方をお願いね」

 まるで子供におつかいを頼むお母さんのテンションにて、ラムネール姫はコビーにそう頼んでいた。
 それに対してコビーは姉の言葉を了承して、金庫の方‐‐‐‐アイストークの方に向かっていた。

「了解です、ラムネール姉さん」

 もう魔法の杖は必要ないだろう、コビーはそう判断して魔法の杖を置く。

「‐‐‐‐さぁ、姉さん。姉弟揃っての共同戦線、やってみます?」
「えぇ、姉さん。久しぶりにコビーちゃんの成長を確認したいわ」



 ‐‐‐‐ふざけるなっ! どうして私が化け物の相手をせねばならないっ!

 ラムネール姫という化け物にお相手を命じられた、ダージリン姫はと言うと、盛大にそんな事を思っていた。



 アルブレンド・ラムネール姫。
 彼女を天才だと思っていたが、どうやらその認識は間違い。彼女は端的に言って、化け物である。

 首脳会談会場にて、ダージリン姫の優位性は確約されてるようなものだった。なにせ魔法が使えず、武器はチェックした担当官を洗脳した自分以外は持ち込めないという状況。
 それにアイストークが自分に渡した魔道具、【根の生えた友達】は植物を操る魔道具。表にはもしもの時のためのとっておきを埋めてあったが、それ以前に彼女の両腕には剣のように固くなる枝葉を持つ"棘剣木しけんぼく"なる植物の種を植えこんでいた。
 実際、棘剣木は十分にその役目を果たしてくれた。自分を心配したパルフェ姫の胸を、その鋭く尖った葉で一気に突き刺せたのだから。

 全ては順調、ダージリン姫の役目は残った3人の洗脳にあった。
 コールフィールド国のイケイケ王子、アイアンフォース国の天才工場長、アルブレンド国の天才姫。
 ブックブック国のパルフェ姫を洗脳できなかったことは痛いが、それでも3か国の主要人物に対して洗脳の種を植え付けられるのだ。ブックブック国も今回はダメだったが、今後チャンスはあるだろう。

「さぁ、うちらに忠義を誓ってもらいまひょか? なぁ、同盟、いや、元同盟の皆様?
 まっ、うちの種を喰えばその身で味わえば、そないな事も言っていられんようになるやろうが」

「てめぇ!?」
「国家に対して、同盟関係である我らにこんなことをして、どうなると思ってるのだ!」

 ……どうも、モナカルト王子とルカツドン工場長。男2人は状況を正しく理解していないようである。
 どうなるかのだと言えば、そんな事はダージリン姫も良く思っている。

 こんなことをしでかしたら、ダージリン姫に祖国テトラポット国からの救援はないだろう。
 むしろ率先して自分の身を差し出して事態の解決を願うかもしれない、だがしかしそういう事態にはならない。既にかの国にいる上層部の連中は既に洗脳の種を植えてある。
 種は既に芽生えて、洗脳はおおかた完了している。

「思ってるからの行動や! こちらはもう行動は完了してるんやで! 後は覚悟だけや!
 うちの国には未来はあらへん……ラムネール姫のありがたぁいアドバイスでも、うちらの国の危機的な、誇りと自尊心の塊は解きほぐせんかった」

 ダージリン姫がそう思った理由として、こうして共和国に同盟のために来るようになって、初めて国外の世界に触れたから。
 見慣れぬ景色、聞きなれない言葉‐‐‐‐それより印象的だったのは、"お菓子"だった。

 『お菓子』とそれだけでこんな事になったのかと呆れてるのかも知れないけれども、ダージリン姫にとってはそれだけで十分に凄い事なのだから。
 ロールケーキ、バームクーヘン、紅茶、炭酸……すべてがダージリン姫の国のテトラポット国にはない文化。
 かの国でお菓子と言えば、まんじゅう。おはぎ。それからだいふく……派手じゃないのだ!
 サービスで、他国に媚びることで生きている国が、これではいけないだろう。
 
 自分の国に希望を見いだせない、だからこそダージリン姫はアイストークの話に乗ったのだ。
 世界をしろしめる、もうそれだけしか方法がないと知ったからだ。

「まぁ、そないな話はどうでも良いやろ。
 ‐‐‐‐さぁ、あなた達に植物の種を撃ち込んでやりまひょ!」

 そう言って種を準備しておいたら、いきなりラムネール姫が攻めてきたのだ。
 手に髪の毛10本くらいを束ねたモノを持って攻めてくるだなんて、正気の沙汰ではない。ほんとぉに、正気の沙汰ではない。

「……もっと賢い思ってましたけど、そんな事あらへんようやったみたいやな!
 あんたの才能、洗脳で貰い受けるわ!」

 そうして種を、魔法の撃たれる速度よりも速い種をダージリン姫は放った。
 それを彼女は、"髪の毛で受け流した"。

「「「‐‐‐‐は?」」」

 気づいた時には既にモナカルト王子とルカツドン工場長と同じく、ダージリン姫も呆けていた。
 そして気付いた時にはそのまま部屋に押し倒されていた。

「あ、あり得へんやろ!? おなごの髪の毛で、なんでうちの種が防げるんや!?」
「いや、だわ。防げるでしょ。だって、私の髪の毛、なのよ?」

 狂人だ、そしてそれが実行できるという化け物だ。
 一旦撤退しよう、そう思ってアイストークが居るだろう外に出てきたのだが‐‐‐‐



《じゃ、ダージリン姫ちゃん。後はよろしく! ワレはこっちの王子と戦ってるから!》
「いや、ちょっ!」

 ‐‐‐どうしてこうなった?!
 アイストークは出て行って、自分は外でラムネール姫と戦う。
 状況は変わっていない、と言うかさらに悪くなってる気がするダージリン姫。

 国滅ぼしの異名を持つ植物も発動させたから、こっちが有利だと思っていたはずなのに。
 彼女が地面から石を持ったのを見て、完全に敗北を確信してしまっている自分がそこには居た。

「さっ、ダージリンちゃん。おしおき、だね?」
「言うてくれるな、ほんまに! うちは全てを捨ててきたんや!」

 足に金庫を埋め込む際に、普通ではいられない覚悟をした。
 両親を洗脳した際に、家族を捨てた。
 友人を洗脳した際に、幸せを捨てた。
 国の中枢部を洗脳した際に、国を捨てた。

 捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、捨てて‐‐‐‐

 全てを捨てて、彼女は自分が幸せになれないという決断をしたのだ。
 後悔がないと言えば嘘にはなる、しかしそれでも自分が、国が本当に生き残るためにはそれしか方法がないのだ。
 こんなバカげた方法でしか、救える選択が存在しないのだから。

「守る者がある強さ? それがあるのは知ってるで!
 けれどもうちは捨てて、身軽になることで強さを得たんや! 覚悟をして、命を落として、逆賊と呼ばれる覚悟をして来たんや!」

 アイストークが人間でない事は、初めてあった時から感じていた。
 恐らく、あれは義体ギタイ。本体は別にあって、操っているに違いない。魔道具という便利な道具がある以上、そういう事も可能に違いないだろう。

「遠くから、義体を操ってるような輩と違うんや! この身を捧げて、事を為す覚悟があるんや!
 ----それやからあんたのような化け物であろうとも、逃げはせぇへん!
 いくで、うちのとっておきの植物よ!」

 ダージリン姫の指示のもと、植物が動いていた。
 そして操られた植物が動いて、ラムネール姫と当たる前に‐‐‐‐


 ‐‐‐‐ダージリン姫は、ラムネール姫の手に持つ石によって意識を失う。
 ラムネールが意識を失いきる前、ラムネール姫の声が聞こえた気がしていた。

「ギタイ、ね。それならこっちも既に使っているよ。
 化け物染みた強さを人間並みに落とす、擬態ギタイってとっても難しい」
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